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EP:11 デンジャー・ハイウェイ

 思っていた以上に、俺はこのマシンのことを気に入っていた。

 楓から借りたこの電動バイク「ジャッカル」は、最新技術の塊だ。ゴム製ではなく、電磁石によって地面を滑るホイール。100%クリーンな燃料電池によって動くエレクトリックエンジン。ハンドル、アクセル、ブレーキ、すべてが電脳制御のシステム。

 V型2気筒のエンジンでガソリンを燃やし、ゴム製タイヤの摩擦力で地面を力強く疾走する。ソレをアナログに乗りこなすオールドバイクと正反対のシロモノだ。

 俺は正直オールド派なんだが、コイツは悪くない。

 まず電動バイクのクセに、コイツのパワーは半端じゃない。

 アクセル操作はマニュアルと電脳オートのどちらでもできるが、全開にすると一瞬で時速300キロまで加速、そのまま500キロオーバーまでぶっ飛ばすことが出来る。

 普通のバイクでこんなことしたら、あっという間にコントロールを失ってクラッシュだろう。だが電脳制御と磁力走行のお陰で、「ジャッカル」の名前に恥じぬ肉食獣のような俊敏な動きが可能になっている。

 そこに俺の動体視力があいまって、楓の言葉通り「人馬一体」となった気分だ。

 自由自在に動かせる暴力的なスピードを、俺は貪るように味わっていた。

 巨大な街を横切る首都高速道路を、何かに追われるように走り抜ける。

 クアッドコプター式の車両が普及されだしても、通常の四輪車両はまだ現役だ。

 巨大なトレーラーや乗用のミニバン、タクシーやバスをまるで風のように追い越していく。

 こんな暴走行為、一歩間違えたら大事故だ。

 まぁさすがに、この程度で事故起こして死んでたら、『人保』の戦闘エージェントなんて勤まらない。

 交通機動隊が飛んできてもおかしくないだろうが、そこは『人保』に与えられた特権がある。

 暴風を浴びる快感を一通り楽しんだ俺は、インターチェンジを降りて下町に向かう。

 確かこの近くには、馴染みのダイナーがあったはずだ。

 先ほどの爆走とは打って変わって、流水のようにゆっくりと大通りを走行する。

 少しするとネオンが光るダイナーが見える。

 バイクを駐車させキーを引き抜いた俺は、足早にダイナーに向かった。


「よお、凱」


 ダイナーの入り口の近くのテイクアウト売り場には、顔なじみの黒人がいた。

 エプロンを付けた黒人、ジェイクは店を掃除しながら俺に手を振ってくる。


「ずいぶんイカしたのに乗ってんなぁ、高給取りはちがうねぇ」


「うちらの装備の試作品さ。俺の所有物じゃないよ。チリバーガーとシェイクを」


 俺の注文を受け、ジェイクは気だるそうに「へいへい」と答える。

 すぐ近くでは、巨大な双脚建機の一団が、ビルの工事に勤しんでいる。

 都市区画の再開発の影響だろうか。俺とも馴染みが深いこの近辺も、少し見ないうちに随分と変わっちまった。


「ここら辺も、どんどんデカいビルが建ってるな」


「ああ、ジェミニのお陰でここらもご他聞に漏れず、再開発真っ盛りさ。賑やかなのはいいことだ」


 ジェイクは慣れた手つきでバンズの上にこんがり焼けたパティを乗せ、特製チリソースをたっぷりとかける。さらにトマトとバンズを乗せると、これまた目にもとまらぬ早業で包装紙に包んでいく。


「まぁその所為なのか、すぐ近くじゃ頻繁に反ジェミニ派のデモ集会がやってるよ。こないだなんざポリ公とデモ隊が、双車使っての取っ組み合いまであったもんさ。近くを通りかかって死にかけたぜ」


 機械にカップを設置し、シェイクの用意をしている間に、ジェイクが半ブロック先にある建物を指差す。二階が半壊し、建物全体を「KEEP OUT」と書かれたホログラムが覆っている。まさに双脚車両同士の喧嘩の壮絶さを物語る光景だ。


「てか、反ジェミニ派の奴らが双車使ってる時点で、矛盾してると思うがね。俺は」


 確かに、と俺は答える。

 双脚車両はジェミニによってもたらされた恩恵のひとつだ。デモ隊の殆どは、ジェミニによって職を奪われたと主張する奴らだが、それを使ってのデモ行為なんて本末転倒だ。

 そうこうしてるうちに、俺の御目当ての品の準備が整ったようだ。

 チリバーガーとシェイクを入れた紙袋が出てくる前に、俺はトレーに代金を置く。

 いまどきキャッシュで払う店なんざ、この街どころかこの国中探しても珍しい。

 ジェイクが差し出してきた紙袋とつり銭を受け取ると、俺はジェイクに顔を近づける。


「ところで、もうジェミニ用の違法薬物なんざ捌いてないだろうな」


 そういうとジェイクは冷や汗を流しながら、狼狽した声を漏らす。


「勘弁してくれよ、もう俺は売人から足を洗ったんだ。そういう付き合いの奴はもういねぇよ」


 軽くカマをかけただけだが、狼狽っぷりが逆に怪しい。

 まあいい。

 こいつがまだヤクを売り捌いてたとしても、俺がこいつをしょっ引くなんてことはしない。

 そんなのは所轄か麻取りの仕事だ。俺が首を突っ込む出番じゃない。


「パティのサイズ、これ以上小さくするとホントに客が来なくなるぞ。じゃあな」


 そういい残し、俺は店を去る。

 後ろでジェイクが悪態をついていたようだが、もう俺の耳には届いていなかった。

 『ジャッカル』にキーを刺し込み、収納スペースに紙袋を入れる。

 こんな煙たい場所じゃなくて、海辺で昼食を取るとしよう。

 そう思いながら俺はゆっくりとバイクを発進させた。


 


 ダイナーから少し離れたところの臨海公園に到着した俺は、近くの駐車場に「ジャッカル」を停める。

 バーガーとバニラシェイクが入った紙袋を取り出し、海面にほど近いベンチへと向かう。

 今日は平日だが、人の姿は少なくない。ランニングをしてるやつもいれば、ピクニックしてる家族連れもいる。

 ジェミニがいれば、嫌な仕事は全部押し付けて、真昼間から有意義に過ごすことが出来る。

 まぁそれが健全かって言われたら疑問だが、少し前まで過労死が社会問題になってた事を考えりゃ、これでいいのかもしれん。

 ランニングしてるやつの表情は晴れやかだし、ランチョンマットを広げてサンドイッチ片手に談笑する家族は、まさに幸せそのものだ。

 ベンチに腰掛け、紙袋からチリバーガーを取り出す。幸い、運転で潰れたりはしてなかった。

 包み紙から顔を出したチリバーガーを、俺は豪快に頬張る。

 チリソースの刺激的な辛さと玉ねぎの甘み、瑞々しいトマトの爽やかな酸味、そして暴力的なまでに溢れる肉汁。それら全てが香ばしいバンズに受け止められ、渾然一体となってこたえられないほどの美味を生み出す。

 嗚呼、ジャンクフード、最高。

 健康に悪い?

 前時代的?

 知ったことか。

 ツーリングの後に海辺で食うチリバーガーがないなら、死んだ方がマシだ。

 続けざまに口にチリバーガーを運ぶが、流石に辛味が口の中を占拠し、バンズが水分を奪って行く。

 たまらずシェイクを取り出して、ストローで音を立てて啜る。

 チリの辛さがシェイクの甘さで中和され、冷たい感覚が喉を伝う。

 一息つくと、俺は目の前の海を眺めていた。

 この臨海公園からでも、首都中枢の巨大ビル群を見ることが出来る。

 あの大震災からまだ少ししか経って無いのに、異常なまでの復興ぶりだ。

 そしてそれを象徴するのが、超高層ビルの中でも一際でかい、建設中の軌道エレベーターだ。


――まるでバベルの塔だな。


 チリバーガーをかじりながら、俺はそう思った。

 大昔、神の元まで辿り着けるほど高い塔を築こうとした人間たちは、神様の怒りを買って別々の言葉にされてしまった。

 驕り高ぶった者の末路を表す有名な神話だが、今まさに俺たち人類はまた同じことを繰り返そうとしている。


――そのうち、本当に神に辿り着く日が来るのだろうか。

――そしたら今度は、どんな罰を受けるのだろうか。


 ガラにもないことを考えてしまった。

 チリバーガーとシェイクの残りをそそくさと平らげゴミを紙袋にまとめると、それを近くのゴミ箱に放り投げる。

 計算されたように放物線を描いた紙袋は、そのままゴミ箱に吸い込まれていった。

 さて、あとはあの「ジャッカル」を楓に返す前に、夕飯の買い出しにでも行くか。

 そんなことをぼんやりと考えていると、俺はふと、ある異変に気付く。

 先ほどのゴミ箱、そのすぐ近くをぼんやり眺めていたのだが、本来何もないその場所にかすかな"揺らぎ"が見えたのだ。

 恐らく常人であれば見逃すほど、小さな"揺らぎ"。

 だが、俺にはわかった。

 何度か戦場で見たから、見覚えがあった。

 それが軍用光学迷彩特有のオゾンの揺らぎだということを。

 俺は即座に警戒する。ベンチから立ち上がり、腰の拳銃に手を回そうとした、その時だった。

 ゴミ箱の前をランニングウェアを着た若い女性が走り去ろうとしていたが、まるで糸が切れた人形のようにその場に崩れ落ちてしまった。

 

――スタンガンかっ!?


 光学迷彩を装備した何者かが、女性を電流で気絶させたということはすぐに分かった。

 素早く拳銃を引き抜き、ゴミ箱に向けて発砲する。

 甲高い音が公園に響き渡り、周囲の民衆が何事かとこちらに視線を向ける。

 俺は銃口を"揺らぎ"のある場所に向けた。


「そこを動くな! 公安だ! 今すぐ姿を現してその場に伏せろ!」


 銃声と俺の怒号に誘われるように、周囲から悲鳴が上がる。子供を連れて逃げる夫婦、腰を抜かしたランニング中の中年男性。彼らの視線が、俺の向けた銃口の先に注がれる。

 少しの静寂の後、揺らぎが大きくなる。

 まるで陽炎のようにうごめいた空気の中から現れたのは、2メートル以上の大きさの人型の物体だ。

 楓のラボのデータベースで見たことがある。あれはアメリカ軍で使用されていたパワードスーツの一種だ。俺がいつも使っているものより性能は落ちるが、拳銃しか武装していない俺にとってはそれなりに脅威だ。

 だが間接部は装甲が薄い。両足に二、三発打ち込めばおとなしくなるだろう。


「スーツを脱いで出てこい。じゃなきゃ問答無用で撃つぞ」


 半分脅し、半分本気だ。

 相手の出方を伺っていた俺に対し、敵は意外にもパワードスーツの胸部装甲のロックを解除した。

 まぁ大人しく投降してくれることにこしたことはない。

 そう思っていた俺は、次の瞬間目を疑った。

 パワードスーツは、無人だった。

 開かれた胸部装甲には本来収まっているはずの人間はおらず、空洞になっていた。

 まるで幽霊が取り付いた鎧のようだった。

 呆気にとられていた俺の一瞬の隙をついた無人パワードスーツは、気絶した女性をスーツの中に押し込んでしまった。

 そして脚部のローラーを使って滑るようにその場から逃走を図った。


「逃がすか!!」


 ローラーに向けて発砲するが、すべてかわされてしまう。

 このままでは逃げられる。

 そう思った俺は、「ジャッカル」の元へ急いだ。




 流れるように跨がり、エンジンを始動。

 アクセルを全開にし、逃走犯の後を追う。

 殺人的な加速のおかげで、相手との距離はかなり詰めることが出来た。

 逃走を続けるパワードスーツは、先程の光学迷彩を再度展開する様子もなく、道行く車両を掻い潜っている。

 最高速度ではこちらが有利だが、こう車の数が多いとなると三次元的な動きが可能なあちらに分がある。

 相手のローラーを破壊しようにも、もっと近づかなければ。

 そう考えているうちに、次第に距離が離されていく。


――クソッ、なんか手があれば……。


 焦っていた俺はふと、俺が乗っているこいつが、ただの電動バイクじゃないことを思い出した。


――試してみるか。


 意を決して、ハンドルについていた「mode change」スイッチを親指で押し込む。

 一瞬、車体が大きく揺れた。

 そして軽く宙に浮いた二輪車は、次の瞬間には四足歩行の獣の姿に変貌していた。

 先程までその大きな車体で、道行く車の間を無理矢理掻い潜っていたのが嘘のように、「ジャッカル」は俊敏な動きを見せる。

 二輪車には不可能な横飛び、何台もの車両を一気に抜き去る大跳躍。相手が不意な動きをしても、追従できる俊敏性。

 俺はますますコイツが気に入った。このまま楓に返すのが惜しいくらいだ。

 相手との距離は5メートルもない。

 今ならローラーを打ち抜くことも可能だ。

 自動運転に切り替えて拳銃を構える。不測の出来事に対応できるよう、電脳サポートも付けておく。

 パワードスーツの中の女性を傷つけるわけにはいかない。

 出来れば一発で正確に、足のローラーを打ち抜く。それを素早く二回。

 専用の装備がないにしても、出来ない事はない。

 ヘルメットの中の空気を深く吸い込み、拳銃を握る手に力を込める。

 完全に狙いを定めたその時、相手が右腕をこちらに向ける。パワードスーツの右腕部に仕込まれた機銃はしっかりと狙いを定めていた。


――クソッ!


 電脳から制御系に割り込みをかけ、緊急回避。ジャッカルは素早く右に跳ね、先程までいた場所には9mm弾の嵐が襲いかかっていた。

 相手の銃撃は続く。

 電脳操作でなんとか回避出来ているが、ジェミニがいない俺がこんなことを続けていたら、流石に脳が限界だ。

 敵の隙を縫って、素早く決めなければ。

 一瞬、銃撃が止んだ。

 ここぞとばかりに俺は距離を詰める。

 が、今度はこちらに左腕を向けてきた。

 そしてマニュピレータの代わりに装備されたロケット弾が真っ直ぐこちらを向いていた。

 咄嗟に緊急回避を行おうとしたが、俺のすぐ後ろには乗用車があった。俺が回避すればロケットは罪のない一般市民の車に直撃するだろう。

 噴煙を上げ、ロケットが発射される。

 まるで時間が引き延ばされたような思考の中で、俺は決断を下すしかなかった。

 直進するロケット、それに真正面からジャッカルを突っ込ませる。着弾まであと少しのところで、俺はジャッカルから飛び降りた。

 大きな爆発。

 爆風の勢いに吹き飛ばされた俺は、勢いよくガードレールに叩きつけられる。

 朦朧とする意識の中、敵がどんどん離れて行くのが見えた。


「クソッタレが……!」


 ガードレールにぶつけた腕を庇いながら立ち上がり、ゆっくりと炎が上がる道路の真ん中へと向かう。

 爆炎の中に吸い込まれたジャッカルは、道路の上で鉄屑の塊へと姿を変えていた。

 気づけば俺は今更到着した交通機動隊のパトカーに取り囲まれていた。今コイツらに事情を説明しても、あのパワードスーツを追いかけるのはもう無理だろう。

 誘拐犯も取り逃し、楓から借りたジャッカルもお釈迦にしてしまった。

 最高の休日が一変、最低の休日になっちまった。

 

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