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EP:10 少女とシュークリーム

 それから何日か、私は研究センターに通いつめた。

 鍵となる記憶を抽出できたことにより、私の記憶抽出は順調に進んだ。

 そして今日、私は調整が済んだジェミニとの対面を控えていた。

 

――ここまで長かったな。


 人格保管室に配属されてから、色々とあった。

 一時はここが折れそうになったこともあった。

 でも、新しい仲間が力を貸してくれたから、ここまで辿りつくことができた。

 だから、これからはみんなのために、私の力を振るう番だ。

 

「さあて、どんな子になってるかねぇ」


 同行してくれたシズカさんも、待機室にて今か今かと待ちわびていた。

 凱さんは今日は非番、クロムさん、楓の二人は別件で今日は来れないらしい。


「自分の双子が今になってできるなんて、ホントに変な感じですね」


「まぁ、すぐ慣れるわよ。といっても私は作られた側だけどね」


 そわそわしていた私をみて、シズカさんはかわいらしくウィンクしながら答えた。

 そうこうしているうちに、待合室の扉が開かれる。

 奥から担当の赤見さんを筆頭に白衣の一団が、小さな機材をカートに載せて現れた。


「お待たせ致しました、奥原様。こちらが貴方のジェミニです」


 カートに載せられていたのは小さな三次元プロジェクタと、機械的に再現された擬似脳、そして記憶保持のためのサーバーだ。

 事前に説明されたとおりなら、私はあの中のジェミニと始めて同化し、その後にあの機器は情報庁本部のサーバー群に統合される。

 だから今日こうやって持って来て貰ったのは、所謂お披露目だ。

 

「では奥原様、そこのデバイスで指紋認証を」


「あ、はい」


 赤見さんにうながされ、ガラス板のようなデバイスに手を添える。

 手のひらがゆっくりとスキャンされると、カート上の機器が慌しく動き出す。

 そして三次元プロジェクタが起動し、空中に立体映像が映し出される。

 

――え?


 そこに現れるのは瓜二つの私、のはずだった。

 

「えええええ!?」


 私とシズカさんは全く同じタイミングで驚愕の声を上げた。

 プロジェクタによって現れた姿は、確かに私に似てはいる。

 だがその容姿は、私の小学生の時の姿だった。

 

『始めまして! 私はリン、よろしくね!』


 目の前の少女は活発そうな容姿にあいまった、可愛らしい声で挨拶してきた。

 満面の笑みのあちらとは対照的に、私は動揺の色を隠せなかった。

 

「あ、あの赤見さん、これは一体……」


 同じく同様していたシズカさんが赤見さんに問いただすと、赤見さんはバツが悪そうに口を開く。

 

「記憶の抽出には成功したのですが、そのすべてを適用したジェミニとなりますと、やはり奥原様への電脳への負荷が高くなってしまいまして。そこで私どものほうでリミッターを設定し、記憶再現を途中で制限した結果、このようなことになりました」


 ようするに、私の安全のために、彼女は少女の姿をしているということだ。

 後から赤見さんが説明してくれたが、この状態でも並のジェミニの1.5倍のスペックがあるらしい。

 

「じゃあ、この子は要するに仮の状態の凜ってわけね」


 そう言ってシズカさんは何かを思いついた顔をした。

 

「じゃあ貴方、仮のリンで『カリン』って呼んでいいかしら」


 シズカさんは彼女のあだ名を考えていたようだ。

 ジェミニを扱う現場では主人格とジェミニを区別するために、ジェミニにあだ名をつけることも少なくないらしい。

 『カリン』という名前で呼ばれた私のジェミニは、少し考えたあと嬉しそうにはにかんだ。

 

「うん! いいよ! 今日から私のことは『カリン』って呼んでね!」


 自分の新しい名前に気に入った様子を見せた"リン"、改め"カリン"はピースサインを私に向けて微笑む。

 

「わかったわ、今日からよろしくね。カリン」






 シズカと凜が研究センターに向かっているころ、非番の俺は情報庁舎にいた。

 非番の日というのはどうにも落ちつかない。

 いつも弄ってるヴィンテージ車はシズカが借りて行ったし、スパーリングの相手もいない。

 俺、榑林凱は、車弄り以外ほぼ無趣味と言ってよかった。つまり俺は今、かなり暇な訳だ。かと言って、この時間から酒を煽る気にもなれない。

 仕方なく俺は、情報庁舎の地下深くにある楓のラボに足を運んでいた。

 楓の個人ラボと言っても、その規模は桁違いにデカい。一国の軍事工廠ばりの施設には、大小様々なマシンが忙しなく動いている。

 ここでは小さな携帯用デバイスの開発から双脚戦車の整備まで、全てが楓の管轄だ。

 逢坂楓。

 MITを主席で卒業し、双脚車両の技術で様々な特許を持つ、文字通りの天才。

 そして同時に30体のジェミニを使いこなすエスパーじみたジェミニ使いだ。

 ラボの中枢に辿り着くと、楓の姿がようやく見える。彼女は大量の端末を忙しなく操作しながら、ぶつぶつと何かを言っていた。


「K-3、脚部の整備はあなたに任せるわ。K-15、4番と7番のアブソーバーのデータの計算をお願い。K-4、プリンティング終了まであとどれくらいかおしえて」


 楓は忙しなく作業を続けていた。彼女は自分のジェミニ達を製造番号で呼ぶ他に、もう一つ癖がある。

 それは脳内通信で済ませばいい会話を、わざわざ口頭で行う事だ。ジェミニ達の声は絶え間なく彼女の脳内で響いていることだろうが、口頭での会話は彼女なりのポリシーだそうだ。


「K-11、面白い見解だわ、早速メインサーバーにデータを集めて、って」


 ここで彼女はようやく俺の存在に気づいたようだ。端末を操作する手を止め、こちらを向く。


「凱、来てたんなら声ぐらい掛けてよ」


「仕事の邪魔をしたくなくてな。ほら、差し入れ」


 そう言って洋菓子店の箱を机に置くと、楓が身を乗り出す。


「そ、それはまさか、ドゥ・アンジュの100個限定『天使のシュークリーム』じゃ……」


「シズカの奴から、これを持ってくと喜ぶと聞いてな」


 俺が言い終わるより早く、楓はシュークリームの箱に飛び付く。満面の笑みで箱を開けるその姿は、誕生日プレゼントを貰った子供のソレだ。


「さすがシズカ! 神! ホント愛してる」


「いや、買ったのは俺なんだが……」


 思わずツッコミを入れると、楓は意地悪そうに小さく舌を出す。


「ごめんごめん、ありがと凱。で、今日はなんの用?」


 俺への質問も早々に、楓は嬉しそうにシュー生地にかぶりつき、中から溢れる特製カスタードの甘味に恍惚とした表情になる。


「スパーをしようにもシズカもいないし、車持ってかれちまったから、まぁ暇つぶしだ」


 正直に答えると俺への興味を失ったのか、楓は一個目のシュークリームをペロリと平らげる。幸せそうに二個目を手に取りながら、彼女は何かを思い出したかのような表情になる。


「ちょうどいいや、イイモノがあるわよ」


 そう言って二個目を頬張りながら、手元の端末を操作すると、俺たちの近くに置かれていたコンテナがゆっくりと開く。

 大きな鋼鉄製の箱の中に鎮座していたものが、ライトの光に照らされる。

 金属製のパーツを所々覆う白いカウル、あちこちに走るチューブ、見るからに複雑な機械がそこかしこから顔を出している。

 完全に姿を現したソレは、四足歩行の鋼鉄の獣だった。


「なんだこりゃあ」


 素っ頓狂な声を上げる俺に対し、口にクリームを付けた楓は胸を張っていた。


「交通機動隊の特殊追跡班用に開発中の新型車両よ。名前は『VEV-06 ジャッカル』。高速走行用の二輪形態と、市街地強襲用の四足歩行形態のシームレスな変形が特徴で、三次元的な追跡が可能よ。こいつのテスト走行も兼ねて、ひとっ走りしてきたら?」


 楓が端末のキーを叩くと、鋼鉄の獣は器用に四肢を折りたたむと、一瞬のうちにフルカウル電動バイクへと姿を変えた。


「ほう」


 存外、こういうマシンは嫌いじゃない。

 俺はシートにまたがり、キーを回す。

 電動バイクながら楓のこだわりで、古き良きガソリン式バイクのサウンドが、ラボ内に響く。

 スロットルを回すと、四気筒エンジンを再現した音が甲高く鳴る。これが本物だったらよかったんだが。


「なかなか、面白そうな奴だな。電脳制御は?」


「勿論可能よ。ジェミニ制御にしたら、それこそ人馬一体の動きが出来るんだけどね」


 俺のジェミニはもういないから、その楽しみは出来なさそうだが、十分に楽しめそうな玩具に俺の心は沸いていた。


「一応言っとくけど、傷でも付けたらタダじゃおかないからね」


 そう言うと楓は、俺にヘルメットを投げる。受け取ったフルフェイスのヘルメットを被り、電脳とのリンクを確立させる。


「せいぜい気をつけるさ」


 俺はそれだけ言って、資材搬入用の通路に進路を向け、アクセルを全開にした。

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