表情
(ねえ、どうして死んじゃったのさ)
棺桶の前で、少年はひとり佇んでいる。
その棺桶の中にいるのは、少年の姉。大人は遺体が見れないようにと顔の部分ののぞき窓を締めていたが、少年は見てしまった。
思わず、直後にのぞき窓を閉めてしまう。
痛々しい、なんて言葉では済まなかった。
自分の姉なのに、おぞましいと思えてしまうような姿だった。大人が子供たちに遺体を見せようとしない理由を思い知らされたような、そんな気がした。
痛々しいを通り越した姿。きっと、死ぬ瞬間は痛いの一言では済まされないぐらいの痛みを感じていたのだろうと少年は思った。いや、もしかしたら痛いを通り過ぎて何も感じられなかったのかもしれない——。
少年にはどうしても理解出来ないことがあった。
どうして姉は……。
「さっくん、そこで何してるの?」
そこに現れたのは、少年よりも年下の少女。あどけなさがまだ少しだけ残っている。
「なんでもいいでしょ」
"さっくん"と呼ばれた少年は、むすっとして答えていた。
「……さみしいの?」
「……さみしいに決まってるだろ」
「……そーだよね。ひめもさみしいもん」
自身のことを"ひめ"と呼んだ少女は少年に歩み寄り、横に立った。少女はそっと覗き窓を開けて遺体を見ようとしたが、少年が慌てて止めたので、見ることは叶わなかった。
「……なんで見せてくれないの」
「……多分、ひめちゃんが見たら、大変な事になるぞ。見ないほうがいい」
「ええーっ……
ていうか見たの⁈ さっくんだけずるい!」
少女はふくれっ面になったが、少年は覗き窓を開けることをしなかった。
「……線路に落ちそうになった女の子を助けて、死んじゃったんだよね?」
少女の問いかけに、少年はうなづく。
「そうだよ」
しばらく、少女は考え込む。
「……なんで助けたんだろ。もしひめだったら、こわくて助けられないと思うんだけど」
「……分かんないよ、そんなこと」
「えっ? お姉ちゃんのことなのに?」
「……きょうだいでも、分かんないことはあんの。ひめちゃんは一人っ子だから分かんないだろうけど」
「そんな言い方しなくてもいいでしょっ! ……たしかにひめは一人っ子だけどさあ……」
「2人ともいらっしゃい。ご飯にしましょう」
「はーい」
2人のこどもを呼びに来た女の人は、疲れたような、老けた顔をしていた。それでも2人が駆け寄ってくると、笑顔を見せて2人と手を繋ぐ。
「おかあさん」
「おばちゃん」
ふと、少年と少女は同時に女の人を呼ぶ。
「なあに、2人とも」
「……なんでもない」
「……お腹すいたー!」
「……そうね。早く部屋に戻りましょうね。そしたら、美味しいご飯が待ってるわよ」
2人が本当に言いたかったことは、こんなことではない。
『おかあさんも、さみしい?』
『おばちゃんも、さみしい?』
でも、訊かなかった。
訊く必要など、なかった。
その人の目は腫れぼったくなっていて、重たい。
疲れ切ったような、光のない目。
ここ数日で、一気に老けたように見える顔。
口では笑っているけど、顔は、目は笑っていない。
少年は小学6年生。少女は小学3年生。
2人ともまだまだ幼いこどもではあるが、幼いなりに分かっている。
一番さみしいのは、なによりも大切な娘を失った、その人であろうということを。




