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Requiem  作者: 秋本そら
幕間1
6/32

川の渡し守

(……おかしい)

 白いワンピースに身を包んだ女の人が、ある一点を見つめている。

 辺り一面に花が咲くその場所にあったのは、白い道。

 花畑と現世を繋ぐ、死者の歩く道。

 死者の記憶でできた、現世への道。

 本来ならば、死者の魂が現世に戻った時、この道は霧になり、死者の元へと戻るはずだった。

 しかし、もう現世に着いているはずなのに、道は依然としてそこにあった。

(現世の時間の進み方からして一日は経ってる……いつもなら、現世の夜にここを出たら、現世の朝になる頃には着いているのに……)

 ポケットから懐中時計を取り出し、少女は焦る。

 その時計は、唯一この世界で時間を示すもの。現世の時間を知るためだけの時計だった。

(やっぱり時間が経ち過ぎている……まさか)


 と、その時。

 パキパキ、ペキリ、と音がして、少女は顔を上げる。するとそこには、ヒビの入った、あの白い道があった。

(やっぱり……!)

 慌てて少女は白い道に駆け寄り、それにそっと手を当てる。

 冷たさと温かさが同居するこの道は、この道を渡っていった少女の全てを物語っている。

「——道よ、死者の記憶よ。主人あるじの元へと戻れ」

 その言葉が紡がれると同時に、道は一つの綺麗な真珠になる。しかし、どうしたことだろう。いつもならそのまま現世まで、記憶の持ち主のところまで飛んで行ってくれるのに、今回はなぜか、現世に行こうとしない。

「——お願い、現世に戻って。持ち主の……内川咲希さんの元へ、帰って」

 少女は懇願するように呟き、無理やりその真珠を現世に送り出そうとした。

 そしてその瞬間、失敗したのだと悟る。

 不意に真珠がパチンと割れて霧状になり、現世へと飛んで行った。それは、記憶の持ち主の元へは戻らず、記憶の持ち主の身の回りに散らばることを意味していた。

 つまり、記憶の持ち主——咲希は、自分で記憶を捜さなければならなくなった。もし、ちゃんと真珠が割れずに咲希の元へと行ってくれれば、自然と記憶は戻ったのに。


「……今までは、こんなことはなかったのに」

 少女は呟く。

 こうなった原因はなんとなく分かっていた。

 花畑や死の国のことを、人間が信じなくなってきたから。そのため、花畑や死の国の持っていた力が衰え始めているから。

 またそれと同じように、少女は不思議な力を使えたが、不思議な力のことを人間が信じなくなってきたから。そのため、不思議な力自体もどんどん弱くなってきたから。

 花畑にいれば、なおさらだ。自分の存在すら信じられていないようなものだから。


「花畑と死の国を繋ぐ川の渡し守を始めて、どのくらい経ったのかな」

 少女は、元々は現世で幸せに暮らしていた。生まれつき不思議な力を持った、(あやかし)と人の間に生まれた子として。

 しかし、彼女は中学校二年生になった時、病死した。そして、ここに来て、前代の川の渡し守から仕事を受け継いだ。


 川の渡し守。

 正確には、渡し守は渡し舟の船頭を指す言葉だ。

 しかし、この地では船頭と渡し守は別物として扱われていた。

 船頭は渡し舟の船頭を務める。渡し守の本来の意味での仕事を務めているようなものだ。

 一方、川の渡し守は川や花畑を見守るような仕事だ。生者が川を渡らないようにしたり、やってきた生者を現世に返したり。船に乗る魂の案内もする。そして、現世に心残りがある死者を一週間だけ現世に戻すのも、ある意味川の渡し守の仕事だ。

 川の渡し守の仕事は不思議な力を持つ者しか出来ない。よって、必然的に彼女は川の渡し守になることになったのだ。


 仕事を始めたその時はまだ、もっと力が使えた。でも、今はもう限界が見え始めてきている。自分も、この世界(花畑)も。


 せめて今、彼女ができることは。

「——内川咲希さんが、記憶を見つけ出して、無事に花畑に帰ってこれますように」

 咲希の幸運を祈ることだけだった。

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