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Requiem  作者: 秋本そら
Ⅵ Everything——全てを受け止めて
26/32

さよならの予感

「おはよう!」

 咲希が一年一組の教室に入れば、クラスメイトたちがちらほらと「おはよ」「おはよう」「朝から元気いいなー」と声をかけてくる。

「ねえ咲希、昨日駅前に鳩が沢山いて、もうほんとに怖かったんだよ……!」

「本当に佳苗は鳩が嫌いだねー」

「嫌いだよ! マジで鳩怖いんだって! 咲希に追い払ってもらいたいくらい」

「いや、流石に鳩も私には気付かないでしょ」

「えーっ、そんなことはないと思うけど」

「そう? じゃあ今度私が鳩に会った時に試してみるよ」

 何気ない挨拶や会話が、とても嬉しくて、楽しかった。

 後悔は残さない。咲希はそう決めていた。

 今日がクラスメイトと共に過ごせる最後の日だから。

 そう考えていた時、春菜が咲希の肩を叩く。

「……咲希、どうかした?」

「え? なんで、春菜?」

「なんとなく、だけど……」

「……実はね、クラスのみんなと一緒にいられるのは、今日で最後なんだ」

「えっ⁉︎」

「え、待って! それ本当⁉︎」

 春菜だけでなく、咲希の言葉を聞いた周りの人も反応する。

「本当は明日、いなくなるんだけど……みんなには、平日しか会えないから」

「だから今日が最後、ってことかぁ……」

 咲希はうなづいた。

 咲希がクラスメイトと一緒に過ごせるのは今日が最後だという話は、瞬く間にクラスに広まっていった。


 昼下がり。

 春菜は屋上には行かず、クラスメイトと昼休みの時間を過ごしていた。というのも……。


 クラスの女子だけで構成されたグループラインに、こんなメッセージが届いたのだ。

『昼休み、食堂でクラス女子会しない?』

 この学校には食堂があり、そこでは定食や丼物が売っている。また、近所のパン屋が出張販売をしており、値段も本店より安く、味も美味しいため、すぐに売り切れるほどの人気だった。

 その食堂で、お弁当を持っている人はお弁当を持って、持ってきていない人は食堂で何か買って、みんなでご飯を食べようというのだ。

 その企画に全員が賛成し、春菜も参加することにしたのだ。

 結果、十七人の女子が昼休み、一年一組から食堂へと走って行き、食堂の席を確保することとなった。春菜はその時、咲希を連れて行くのを忘れなかった。咲希はラインを見ることが出来ないため「え、何? どういうこと?」と戸惑っていたが、春菜が事情を説明すると、「何それ、楽しそう!」とすぐに機嫌をよくした。内心、咲希ってやっぱり単純だな、と思ったのは秘密にしておこう。


 食堂の一画を女子だけで占領し、お弁当を持ってきている人はお弁当を広げ(春菜はこちらに入っていた)、持ってきていない人はパンなり定食なり食べたいものを買ってきて、クラス女子会は始まった。

 しかし、始まってすぐに誰かが声をあげる。

「あれ? 咲希は何も食べないの?」

「お弁当持ってきてないし、お金も持ってないから……」

「えーっ! お腹空かないの?」

「空かないけど……なんか落ち着かないなぁ」

 春菜はその咲希の言葉を聞いて、すぐに席を立つ。

「じゃあちょっと待ってて!」

「あ、え、春菜⁈」

 咲希が止めようとするが、耳を傾けることはしない。ポケットの中に五百円玉がたまたま入っていた。列に並び、前の人がいなくなると春菜は言った。

「かぼちゃあんぱんください」

「はーい、それじゃあ百十円でーす」

 春菜が五百円玉をを出している間に、パン屋さんは慣れた手つきでトングを使い、袋にパンを入れる。五百円玉を見たパン屋さんは、電卓を叩いて計算し、春菜にお釣りを渡し、そのあとパンも渡す。

「えーと、三百九十円ね。ありがとう。次の人どうぞー」

 春菜はそのパンを咲希に渡した。

「はい、これ」

「ありがとう、春菜。なんかごめんね」

「大丈夫だよ。それに前、お財布忘れた時に咲希に飲み物奢ってもらったし」

「……それいつの話?」

「うーん、七月ぐらい?」

「大分前だね」

 途中でクラスの女子が話に割り込んできても、気にせずに春菜は話を続ける。

「でもちゃんと飲み物の値段は覚えてたよ? 百十円の紅茶だった」

「あ、だからかぼちゃあんぱんなの?」

「それもあるけど、咲希はこれ好きだから」

 それを聞いて、すぐに咲希は「そう!」と言った。

「さっすが春菜!ありがとう」

 咲希が嬉しそうに笑ってパンをかじるのを見て、春菜はパンを買ってきてよかった、と思ったのだった。


 一画に集まっているとはいえ、十七人もいれば席が近い人と遠い人が出来る。だから全員が席に着く時、なんとなく女子のグループごとのまとまりになっていた。

 一番奥の方にはいつもはしゃいでいるムードメーカーの子たち。その隣には少し大人しめな子たちのグループ。そして、咲希や春菜のいるグループというものにはあまり所属していない人たちの集まり。

 とは言っても一年一組の女子はそこまでグループのつながりが強いわけではなく、誰とでも仲良くできる人がほとんどだったため、グループの境目にいる人たちは簡単に別のグループの子たちの会話に割り込み、相手の方もそれを良しとしていた。そのため、会話は盛り上がる。

 内容はくだらないことばかりだ。今食べている定食が美味しいだとか、駅前にたくさんいた鳩が怖かっただとか、この間誰とどこに遊びに行ったとか。趣味の話、学校の噂話に部活のこと、家族に対する愚痴などなど。そういったくだらない話を、全員がその時楽しんでいた。

 そして、女子会は大成功に終わったのだった。


 そして、時間はあっという間に過ぎ、帰りのホームルームになった。担任の連絡の後、咲希はその場に立って語り出した。前もって担任に時間が欲しいと頼んでいたのだ。

「……えっと。多分みんな知ってると思うけど、今日でみんなと会えるのは、最後でした。

 今まで、本当に楽しかったし、ここから離れたくないんだけど……明日、私は逝かなきゃいけません。だから、今、言わせてください。

 ……今まで、楽しい時間をありがとう。幸せな時間をありがとう。そして……またいつか会える気がするから、あと、泣いて悲しいままお別れは嫌だから、笑ってお別れしたいです。

 ……みんな、ありがとう。またね」

 咲希が笑ってそう言った、その時。

「内川!」

 叫んだのはクラス代表の男子、龍平だ。

「俺らも内川にはいっつも助けられたし、内川と一緒に過ごせてよかった! せーのっ!」

「ありがとう!」

 クラス全員からの突然の感謝に、咲希は不意を突かれたような顔をして、そして、笑う。でも、熱くこみ上げる何かを抑えることは出来なかった。

「本当に、本当にありがとう……! みんなのこと、大好き」

 その言葉とともに、咲希の視界はぼやけた。

 嬉し涙が、咲希の頬を伝って落ちた。


 ちなみに、教室の端で、担任がその様子を見ながら咲希以上に泣いていたことに、誰も気付かなかった。


 そして、放課後。

「ねえ、咲希」

「ん?」

 今日は吹奏楽部は部活が休み。そのため、咲希は自分と同様に部活のない人や、帰宅部の人と一緒に教室で話していた。そして、春菜も部活が休みのため、その場に残っていた。

 教室にいる人のうち数人が、席に座る咲希の周りに集まって、一緒に話している。

「この花瓶にささってる花たちの名前、知ってる?」

「えー……知らない」

「ああ、その花ねー。うちも気になって調べたんだよ、ほら」

 帰宅部の女子がスマホの画面を見ながら花を指差す。

「これが百合。これはダリアで、これはかすみ草。これは、スターチスって言うんだって」

「それで、それぞれ花言葉を調べたんだけど……百合が「純粋」。でも白百合で一本だけだと「死者に贈る花」って意味もあるらしいんだよね」

 帰宅部の女子に続けて話したのは春菜。それに、春菜と同じ部活の男子が、

「白いダリアは感謝って意味らしいよ。かすみ草は……親切、だったかな」

 と続ける。そして帰宅部の女子が、

「スターチスは、途絶えぬ記憶と変わらぬ心だって」

 と言った。そしてその子はボソッと続けた。

「……きっとこの花を選んだ人は、咲希のことを考えて、大切に大切に飾ったんだろうな」

 春菜がうんうんとうなづき、男の子が「そうだろうなぁ」と呟いた。

「……本当に嬉しいなぁ。もう、なんか胸がいっぱいになっちゃう」

 ふふ、と笑った咲希は、席を立って「ちょっとトイレ」と言った。

 パタパタ……といなくなる咲希を見送り、咲希が見えなくなった時、男の子が突然言い出した。

「この花、神条がやったんじゃないの?」

「えっ⁈ なんで?」

「いや、こんだけ咲希のことを考えてるのって、春菜ぐらいしかいないでしょ」

 帰宅部の女子にも突っ込まれ、春菜はがくりと方を落とす。

「……なんでバレてんのさぁ……」

「いや普通に分かるって」

「うん、分かるよなぁ……。まあ、でも喜んでもらえてよかったな、神条」

 男子の言葉に、春菜は少しだけ気持ちを持ち直す。

「うん……喜んでもらえて、よかった」


 一方、トイレでは。

「もう、春菜ったら……最初は誰がやったか分かんなかったけど、しばらく考えてたら分かったよ? あの花、春菜でしょ?」

 咲希は、そこにはいない春菜に話しかけるように独り言を呟いていた。

 咲希も、花を飾ったのが春菜だということに、とっくに気付いていた。

「……まあ、でも秘密のつもりみたいだから、私も知らないふりしてたけどね。ありがとう、春菜。花畑や死の国には持っていけないと思うけど、でも、気持ちはちゃんと受け取ったから。ちゃんと持っていくからね?」

 咲希は、じわりと溢れる涙を拭う。

「昼休みの女子会も……帰りのホームルームの掛け声も……きっと最後だから、みんな……」

 昼休みの女子会は、咲希との最後の思い出を作りたいから。

 帰りのホームルームの掛け声は、咲希に想いを伝えたかったから。

 クラスメイトたちの思いは、充分すぎるほど咲希に伝わっていた。そして、そのことが余計に、咲希に別れを意識させた。おそらく、クラスメイトも別れを意識したがために起こした行動なのだろう。

「……みんな、ありがとう。その気持ち、ちゃんと受け取ったよ。死の国まで、持っていくよ」

 咲希の声は、クラスメイトの誰にも届くことはない。ただ、トイレの中で反響して、消える。


 咲希は涙を拭い、鏡の向こうの自分に笑ってみせた。

 そして、トイレを出て行った。

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