夢は正夢
「咲希ちゃん」
気がつくと咲希は、何もない白い空間にいた。
全てが白い空間に、咲希は顕子と二人きり。
「ここ……どこなんですか?」
「ここは、咲希ちゃんとうちの夢の中。実はね、咲希ちゃんだけに見せたいものがあるんだ」
顕子はそういうなり、指を一つ鳴らした。
パチン!
そこは、咲希の知らない世界になっていた。
白い空間には間違い無いのだが、たくさんの蝋燭が、無数に立っている。そして、その蝋燭があちこちで消え、同時にあちこちで明かりを灯し始める。
「これは……?」
「これは、命の蝋燭。一人一本の蝋燭があって、その人の決められた寿命の分だけの長さと太さがあるんだ。ほら、これがうちの蝋燭」
顕子の指差す先には、長くて少し太い立派な蝋燭があった。
「なんか、他の蝋燭よりも炎が大きい気が……」
「ああ、それは今うちが力を使ってるからね。陸斗から聞いたでしょ? 力を使うと寿命が削がれるって」
「!」
咲希は、目に見える形で顕子の寿命が他の人よりも早く削がれていくのを、見た。
「でもねえ、周りと比べて分かると思うけど、うちの寿命って割と長いらしいんだよね。だから、ちょっとぐらいなら無茶も出来ちゃうし」
たしかに言われてみれば、と咲希は周りの蝋燭と見比べる。顕子の蝋燭は他の蝋燭よりも太く長い。
「一人だけ長生きしてもつまらないもんね。他の人と同じぐらいの寿命で……あ、でも百歳ぐらいまでは生きたいかもなぁ」
顕子はそう言って笑い飛ばすが、それはつまり、今の顕子の蝋燭は、少なくとも百年以上の寿命の長さと太さがあると言うことだ。
「……さっちゃんに、少しぐらい太さを分けてあげたかったなぁ」
先ほどの明るい声から一転して、顕子の声が暗くなる。
「さっちゃんって……聡美さんのことですか?」
「……そう。あの子の蝋燭はね、長さは悪くなかったけど、細かった。ほんとに、バースデーキャンドルかってぐらいに。でもさっちゃんは、うちよりも優しくて、すぐに大きな力を使っちゃうから……」
今の顕子の蝋燭に灯る炎は、他の蝋燭よりもひと回りかふた回りほど大きかった。その大きさが、バースデーキャンドルほどの蝋燭に灯ったら……想像するのは、簡単だった。
「本当に、この太さを分けてあげたかった。でもね、寿命を変えることはできないんだ……」
顕子は、その場から離れて歩き出した。
「ちょっと辛いものになるけど、咲希ちゃんに見せておきたいものがあってね」
そして、ある蝋燭を見つけると、立ち止まった。
「これが、咲希ちゃんの蝋燭」
思わず、咲希は息を飲む。
「……燃え尽きてなかったんですね」
「うん。定められた寿命とは言えども、いろんな可能性で消えていったりするからね。そう、それこそ……人身事故に遭ってしまった、とか。
この長さと太さだと……最長で九十か、下手したら百歳ぐらいまで生きられそうな長さだね」
そう。意外にも長く太い、そして燃え尽きてしまった蝋燭が、そこにあった。
「これだけ生きられた、はずだった……?」
「……そう言うことだね。でも、この蝋燭に火が灯ることは、もうないんだよ」
ただし、と顕子は付け足す。
「咲希ちゃんが死の国に行った時、この蝋燭は新しい蝋燭に生まれ変わるんだけどね」
「……え?」
「あ、長さも太さも変わるよ? ただ、一度塵になって消えて、再び新しい蝋燭になるの。そして、再び火が灯る」
その時、咲希は顕子が自分の蝋燭を見せた意味を理解した。
「——さて、もう帰らないとね」
顕子の声がして、目の前が白くなり、そして——。
「……おはよう、咲希ちゃん。どうだった?」
「……見れて、よかったです」
「それならよかった!」
新しい朝を迎えた。
咲希の頭の中には、胸の中には、あの燃え尽きた自分の蝋燭の姿があった。




