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Requiem  作者: 秋本そら
Ⅴ Inside——心の中に
23/32

伝えること

「——でもやっぱり、あっこ先輩ってすごいなぁ」

「突然どうしたの?」

 所変わって顕子の家。

 夕飯を終えた咲希と顕子の弟の陸斗が、リビングで二人きり、話している。もう咲希が顕子の家に滞在するのも五日目。二人はすっかり仲良しになっていた。

「妖の仲間のお母さんの血を引くとはいえ、あんな風に不思議な力を操れるって、改めてすごいなあって思って」

「……うん」

「あれ、陸斗くんはそうは思わないの?」

 陸斗は首を振る。

「違うよ。もちろん僕だってすごいと思う。僕はその力を受け継がなかったから何もできない。だから、咲希さんの気持ちもすごく分かるよ。

 ……でもね」

 陸斗の表情に、影が差す。

「……咲希さんにだけ話すけど、あの力を受け継ぐことはね、祝福であって、呪いなんだよ」


「祝福であって、呪い?」

 咲希の問いに、陸斗はうなづく。

「いいことばかりじゃないんだ。お姉ちゃんたちの場合は、いいことも悪いことも、双子みたいに一緒。祝福があれば、呪いもある」

 陸斗は、ひとつため息をついた。

「……あのね。お母さんは間の国生まれ、間の国育ちの妖の類。それは知ってるよね?」

「……うん」

 間の国については聞いたことがなかったが、まあきっと顕子の母親のような妖の類が住む街だろうと思った咲希は、うなづいて話の続きを促した。

「本当はね、間の国のものと現世のものが結婚しちゃいけないんだって」

「……え、」

 突然、顕子たちの両親の掟破りを知らされた咲希は、思わず固まってしまう。

 何も返す言葉がない。

「だけど、お母さんとお父さんは深く愛し合っていた。それこそ、掟によってすら引き裂くことのできないほど。だから間の国の人たちは根負けして、二人の結婚を認めた。その代わり、少なくとも年に一回は必ず家族で間の国に帰省すること、もし女の子が生まれたら、どこかの五年間でその子を間の国で育てる期間を設けること、って条件をつけたんだって」

「……そうなんだ。でも、五年間子供を間の国で育てなさいってやつ、なんで女の子が生まれたら、なの?」

「あの力の遺伝は、性別によるらしいんだ。お母さんが妖の類なら女の子に受け継がれ、お父さんが妖の類なら男の子に引き継がれる。だからじゃないかな。その力を使いこなすための練習と、間の国に住まうものが持つべき知識を得るための期間だって話を聞いたよ」

 陸斗は真剣な表情で話す。

 咲希は真剣な表情でうなづいている。

「それで、なんで祝福と呪いなの?」

「ああ、そうだったね」

 本題を忘れかけていたのか、気まずそうに陸斗は笑うと、話を続ける。

「平成十一年にお姉ちゃんたちは生まれたんだけど——」

「——ちょっと待って、お姉ちゃんたちってどういうこと?」

「ああ、言い忘れてた……。あっこお姉ちゃんには、双子の妹がいたんだよ」

「双子の?」

「そう。十四歳の時、病気で死んじゃったんだけどね」

「!」

 それを聞いて咲希が思い出したのは、花畑でのこと。少し幼げに見えるが、顕子によく似ている川の渡し守。確か彼女は、中村聡美と名乗らなかっただろうか?

「……中村、聡美さん?」

「なんで知ってるの⁉︎」

「花畑で、会ったから……」

「……そっか。そうだったんだ……」

 流石に陸斗は驚きを隠せなかったようだが、しばらくしたあと、「ああ、さっきの続きだけどね、」と話し出す。

「それで、お姉ちゃんたちは、小学校ぐらいの時に間の国で五年間暮らして、知識をつけて、力も使いこなせるようになってから帰ってきた。……でもね」

 陸斗は悲しそうに笑う。

「実はその力を使う時、お姉ちゃんたちは……命を削ってるんだ」

「えっ」

「それがさっき言った『呪い』の一面。……でも呪いって言うのとはちょっと違うかも」

 隣で固まっている咲希の反応は予想通りだったらしく、陸斗はそのまま語りつづけている。

「本当は、人間があの力を持つことは許されていないんだって。でも、お姉ちゃんたちはその力を持った。だからそのことの……代償、みたいなものなんだって」

「ちょっと陸斗!」

 タイミングがいいのか悪いのか。リビングの扉をバタン! と開けて入ってきたのは顕子だった。

「え、あ、あの……いつから聞いてたの?」

「最初っから全部! もう、その話は内緒だって言ったのに!」

「ご、ごめんっ!」

 慌てて謝る陸斗に、顕子が「はいはい」と呆れたように笑う。そして咲希の方を向き、

「咲希ちゃんも、この話は他の人にはしないでね」

「はい」

 咲希が答えると、顕子はよろしい、というようにうなづいた。そして、

「あ、せっかくだから、二人にいいものを見せてあげるよ」

 そういって、顕子は突然電気を消し、指を鳴らした。


「わあっ!」

「あっこお姉ちゃん、これって!」

「そう。これが、間の国」

 暗闇のなかに、幻想的な世界が浮かび上がっていた。

 そこは、パッと見た感じは現世と同じ。しかし、よく見るとその住民は、とんがり帽子にマントを羽織り、赤い髪の毛をした魔女だったり、黒いマントを羽織った吸血鬼だったり。いかにもな白いお化けだとか一つ目小僧にろくろ首もいる。人とあまり姿が変わらないように見える住民も、顕子たちの母親のように不思議な力を操れるのだった。

「多分咲希ちゃんには話したことがなかったよね。これが、間の国。うちらのお母さんの故郷。東西問わずにお化けや妖の類が住んでいたり、死の国に行きそびれてしまった幽霊が住んでいたりする国。夜がとにかく長いし、一番日が高く上がってもずっと夕焼けみたいな色をしてる」

 こっちで言うと、ちょっと違うかもしれないけど、極夜に似ているかも、と顕子は言った。

「現世と間の国では、食べるものも少し違うんだよね。現世にあって間の国にない食べ物もあるし、間の国にあって現世にない食べ物もあるよ。例えば身近なところでいくと……ナジアかな。ほら、日曜日のお風呂に入浴剤として入ってた、あれ。あれは間の国にしかない食べ物でね——」

「あっ!」

 顕子に言われ、咲希は思い出す。

 入浴剤としても調味料としても使えると顕子の母親が言っていた、白い粉のことを。

「? どうしたの?」

「日曜日に、あっこ先輩のお母さんから聞きました。たしかに、ナジアは調味料としても使えるって……」

 咲希の言葉に、顕子はうなづく。

「そうなんだよ。とても甘いけど、なんていうかな……」

「レモンみたいな?」

「レモンっぽい感じですか?」

 陸斗と咲希が同時にそう言えば、顕子は笑いながらも、それだ! とうなづく。

「そうだよ、甘いけど、レモンみたいな爽やかもある味の調味料だよ」

 ちなみに、間の国にレモンはないんだよね、と顕子はさらりと口にした。

「だからって、まさか『レモン』が出てこなかった理由にはしないよね。向こうで過ごしてたよりも長く、こっちで過ごしてるんだから」

「あ、バレた?」

「バレバレ」

「なんとなく想像つきますよ……」

「もう陸斗! 咲希ちゃんまで! 恥ずかしくなっちゃうからやめて!」

 その時、ぱっと電気がつき、顕子の見せた間の国の景色は見えなくなる。

 顕子の母親が電気のスイッチの側に立っていた。

「三人とも、楽しそうにしてるところを邪魔して申し訳ないんだけど、お風呂が沸いたわよ。誰から入る?」

「うちは一番最後でいいよ」

 軽く手を上げながらさらりと言った顕子。残された咲希と陸斗は顔を見合わせた。

「……どうする?」

「……じゃんけんして勝った方が先に入ろっか」

「そうしよう」

 そしてじゃんけんの結果、咲希が先にお風呂に入ることが決まった。


「入浴剤の量は大丈夫?」

「大丈夫です」

「そう? 足りなかったら言ってね」

「はい」

 レモンのような柑橘の香り。なのに、甘い香り。不思議と心が癒されていく、いい香り。

 それが妖たちの住む間の国にしかない、入浴剤にも調味料にもなる、ナジアの香りだった。

 咲希は顕子の家に仮住まいを始めてから、毎日お風呂でその香りを楽しんでいる。

「……そう言えばこの香り、咲渡が好きそうな香りだよなぁ」

 咲希はひとりきりなのをいいことに、家族のことを考えていた。

「お母さんも喜びそう。お母さん、冷え性だし。お父さんも。いつも疲れて帰ってくるから」

 そんなことを考えて、咲希はひとりでくすくすと笑っている。

「……みんなに会いたい。会って話したい。話すだけじゃなくて……今までごめんって、ありがとうって、言いたいな」

 考えれば考えるほど、家族に会いたくなってくる。

「別れる時に寂しくなるからって思って、ずっと帰ってなかったけど……明日は家に帰ろうかな」

 咲渡との約束、もし全ての記憶を思い出して時間ができれば帰ってくると言った、その約束も守らなければ。

 でも、家に帰ると決めると、それはそれで寂しかった。

「ここで過ごすのも楽しかったな」

 頭の中で、今までの五日間、顕子の家で過ごした思い出が浮かんできては消えていく。

 大したことはないが、ただ純粋に楽しくて、幸せだった。

 でも、結局は仮住まい。咲希は顕子の家族ではないし、みんな咲希を家族のように扱ったが、家族ではないのを咲希は感じていた。

 咲希の決断は、速かった。


「え? 家に帰る?」

「はい。家が恋しくなっちゃって。あと、咲渡——弟と約束したんです。もし時間が残ったら、会いに行くよって」

 咲希は風呂から上がって着替えると、すぐにリビングにいた顕子に話をした。

「多分みんな、待ってると思うんです」

 突然言われて戸惑った顕子だったが、顕子だって分かっている。

「……そっか。咲希ちゃんが決めたことなら、うちは止めないよ」

 顕子は微笑む。それにつられて、咲希も笑った。

「あ、でも」

 顕子は咲希の手を取って引っ張っていく。

「お母さんとお父さんにも、ちゃんと言ってね」

 連れられた先は、ダイニングキッチン。そこで、顕子の父親と顕子の母親がコーヒーを飲みながらくつろいでいた。

「あの、」

「どうしたの?」

「……明日は、自分の家に帰ろうと思うんです」

 そう言われた二人は目を丸くして、そして、笑う。

「分かったわ」

「気をつけて帰るんだよ」

「はい」

 不意に顕子の母親が立ち上がり、咲希の前に立つと、

「寂しくなるわねえ。多分もう会わなくなるとは思うけど、咲希ちゃんの旅の無事を祈ってるわ」

 そう言って、微笑みながらそっと頭を撫でた。

 その瞬間、体がほわり、と温まった気がした。

「咲希ちゃんの旅が素敵なものになるように、おまじない」

 その声と笑顔が、一瞬顕子に見えて驚く咲希。

 でも瞬きをすれば、たしかに目の前にいるのは顕子の母親で……。

 ああ、この人は顕子の母親なのだな、と咲希は改めて思ったのであった。


「こうやって一緒に寝るのも最後だね」

「そうなりますね」

 咲希は顕子と同じ部屋で、布団に入っていた。

「……ところで咲希ちゃん」

「はい?」

「どうして、現世に戻ってきたの?」

「……伝えたいことが、あったからです」

 伝えたいこと、と顕子は口の中で呟く。

「何を、伝えたかったの?」

「……いろいろです。でも、一番伝えたかったのは……『ごめんなさい』と、『ありがとう』です」

 顕子はその答えを聞いて、うなづいた。

「ごめんなさいと、ありがとう……か」

Inside——心の中で。心の中に。内心は。

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