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Requiem  作者: 秋本そら
幕間8
21/32

本当の日常

 春菜は、教室にいた。

 咲希の机の上に置かれていた花瓶には、今日も白百合が一輪挿さっている。

 一輪の白百合——死者に贈る花。

 春菜は黙って花瓶の水を変え、そこに新たな花を飾った。

 かすみ草。

 白いダリア。

 白いスターチス。

 白ばかりで形も様々。混沌とした花瓶になってしまった気もしたが、長さを変えたり花の配置を工夫すればまだマシにはなった気がした。

 花瓶の水に、花屋でもらった花が長持ちする液体を入れる。

「——これでよし」

 春菜は花を包んでいた新聞紙や切った茎を捨て、全ての荷物を持って教室を出る。春菜が花を挿したことが分からないように。


 それぞれの花に、ちゃんと選んだわけがある。

 かすみ草——親切。

(いつも、みんなに親切にしてくれた)

(咲希は昔から、親切で優しかった)

 白いダリア——感謝。

(今までも、今も、ありがとう)

(どれだけ言っても言い足りないよ)

 スターチス——途絶えぬ記憶。変わらぬ心。

(咲希のこと、忘れない)

(大切な人だから。大好きだよ)

 それぞれ、ちゃんと花言葉を調べて買ってきたのだった。朝には花屋は開いていないから、昨日の夕方買って、家で花瓶に挿しておいて。

 花たちはみんな、誇らしげに咲き誇っていた。


 咲希が教室に入ると、「咲希、おはよ!」「おはよう」とクラスメイトが声をかけてくる。

「おはよう佳苗ちゃん。おはよう風香ちゃん」

 咲希が挨拶をして笑いかけると、「なあ、内川」とクラスのリーダー格の男子が声をかけてくる。

「この花、見ろよ。花が増えてる」

「あ、本当だ! 浅野くんがやったの?」

「まさか、俺がこんなに器用に花飾れるかよ。俺と原田が一番最初にここに来たけど、その時にはもうあったぜ?」

「なら……たかっちがやったんじゃないの?」

「……たしかに穴澤先生ならやりそう」

「花飾り出したのもたかっちだろうしなぁ」

 その場にいた人たちが、誰が花を増やしたのか論争を繰り広げていると、そこに春菜がやってきた。そこにいる誰もが、春菜がやったとは思っていない。

「おはよーみんな」

「春菜、おはよう!」

 そのすぐ後に、担任もやってくる。

「おはよう」

「先生! この花、先生が増やしたんすか?」

 ズバリと単刀直入にクラスのリーダー格の男子が問うと、「えっ? あっ、花が増えてる!」と担任の方が驚く始末だ。その反応に彼は再び考えはじめた。

「んー……この反応だと、たかっちはやってなさそうだな」

「……もう誰でもいい気がしてきたよ。嬉しいもん。誰がやったんだとしても。こんなに素敵な花をプレゼントしてもらえるなんて」

 咲希は顔を綻ばせ、ありがとうと呟いた。

 春菜がそれを聞いて、誰にも聞こえないほど小さな声でありがとうと言ったのは、もちろん誰も気付いていない。


 鐘が鳴る。

「よーし、ホームルーム始めるぞー。号令よろしく」

 担任のいつも通りの声。

「きりーつ」

 ガタガタという椅子の音。

「きをつけー、れい」

 号令係の間の抜けた感じの号令。


 何の変哲も無い朝から、日常は始まる。

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