フラッシュバック
「——そっか。今日は部活のこと、思い出せなかったんだね」
「はい」
顕子と咲希は、駅の改札に入りながら話していた。咲希は腕にブレスレットをつけたまま。というのも、顕子曰く、必要以上につけ外しをするのはブレスレットが壊れる原因らしい。それに、クラスの人にも部活の人にも存在を明かした今、姿を消す必要はない。だから顕子につけたままを勧められ、咲希もその通りだと思ったのか、そのままにしているのだ。
「でも、クラスのことは思い出せたんだし、このまま全部思い出せたらいいね」
「はい、そうですね」
二人は話しながら、ホームへと向かう階段を上っていく。
上りきったその時。
声がした。
可愛らしい女の子の声だった。
咲希が声の方を見たのと、ホームの端の方で女の子が線路に落ちたのが、同時だった。
「!」
咲希は走り出す。
ブレスレットが邪魔で、投げ外す。
「咲希ちゃん⁉︎」
顕子の声に重なって、凛の声が聞こえる。
それを無視して走る。
電車の音が聞こえる。
もうすぐ、電車が来る。
線路に飛び降りた。
「もう大丈夫だよ」
女の子に言って、ホームに上げてあげる。
自分もホームに上がろうとして……。
凛が名を呼んで……。
電車が軋んだ音を立てて……。
「咲希ちゃんっ!」
いないはずの、顕子の声。
……いないはずの?
電車は、来ていなかった。
女の子もいない。
凛もいなかった。
「突然飛び降りるからびっくりしたよ! ほら、早く上がっておいで!」
何が何だか分からないまま、咲希は声の通りにホームに上がる。力が入らなくて、へたり込む。
「もう! 何やって——」
「私、」
言葉が、こぼれた。
「そうだ。私……ここで、死んだんだ」
「——咲希ちゃん?」
「あの子を助けようとして……それで、ここで轢かれて……」
咲希は今になって、ようやく姿がほんのりと透けていることに気付く。
「花畑から……戻ってきたんだよ」
その言葉はまるで、自分に言い聞かせるかのよう。咲希は顕子の存在に、気付いていない。
「戻らせてくださいって言ったの。渡し守さんに。だって……伝えたかった」
——何を?
「……あれ?」
——分からない。
「……記憶が、ない」
今までその現実を、他人事のように認めていた。
咲希が自分ごととして記憶がないのを実感するのは、これが初めてだった。
「でも、今まで少しずつ思い出してきたでしょ?」
「……少しずつ」
「家族のこととか、クラスのこととか」
「……思い出した」
「だから大丈夫だよ、咲希ちゃん」
「——そうだ。私は、内川咲希だ……」
初めて、自分が内川咲希だと自覚した。
「ほら、こっち向いて」
声の方を振り向くと、そこには一人の女の人。
目が合う。
はっとした。
「——中村さん」
そこにいたのは、顕子だ。
「ようやく現実に戻ってきたね?」
「あっ……!」
ようやく咲希は、自分が幻覚を見て、自分の世界に閉じこもっていたことに気付く。
顕子が辺りを見回してから、咲希に、ブレスレットを差し出す。そして指を鳴らした。顕子は咲希が幻覚に囚われたその時から、咲希以外の人に声が聞こえないように、姿が見えないようにしていたのだ。
「何か思い出せた?」
「……はい」
咲希の笑顔は、満足げなものだった。




