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Requiem  作者: 秋本そら
幕間5
15/32

小指の約束

「なあ、浅野」

「ん? なんだ?」

「……神条の話、信じてるのか?」

 放課後の、たわいもない会話。浅野と呼ばれたのは、クラスのリーダー格の男子。

「……俺の中ではまだ、信じきれてないとこはあるかもなー」

「あ、やっぱ?」

「ああ。でも、俺はせめて、クラスメイトのことぐらいは信じたいと思ったんだよな」

「だからあの時……神条が明日の七時間目を使わせてくださいって言った時、あんなことを?」

「そうだな……多分、そうだろうな」

 その会話は、放課後の教室の喧騒の中に紛れていく。


 春菜の話に戸惑っていたのは、もちろん男子だけではなかった。

「……ねえ、どう思う?」

「春菜の話?」

「うんうん」

「どうだろうねぇ」

「うちは、最初は嘘だって思ったけど……」

「けど?」

「……途中からさ、どうも嘘には思えなくなったんだよねえ」

「ほうほう」

「佐藤先生も見たって言ってたし、実際ぼんやりしてたのは事実だし」

「あー、確かに」

「それにさあ、絶対咲希を連れてくるって言ってるし。咲希がいなかったら、そんなこと言えるわけないでしょ?」

「うん、それもそうだね。佳苗(かなえ)の話聞いてたら、うちも春菜のこと信じようって思えてきた。ありがとね、佳苗」

「いや、うちも話してたら自分が何考えてるか分かったし。ありがと、風香(ふうか)

 二人の会話は、騒がしい廊下の喧騒の中に紛れていく。


 春菜の話は、一年一組の吹奏楽部員にも波紋を広げた。

「春菜、あっこ先輩の名前を出したよね?」

「うんうん」

「ってことはさ、あっこ先輩は咲希がいること、知ってたのかな?」

「……知らないわけがないよね」

「だよねえ」

「ってことはさ、あっこ先輩に本当かどうか聞けばいいんじゃない?」

「確かに!」

 音楽室に向かう道で、吹奏楽部員たちは偶然にも顕子と合流する。

「やっほー! 今日も元気だねえ」

「あっ、先輩!」

「……あの、咲希が学校にいるって聞いたんですけど……本当にいるんですか?」

「ん? いるよー。今日の朝は一緒に来たし、間違いないよ。どうして?」

「……クラスの子が、咲希を見たって言ってたので、本当かなって、気になって」

「そっかそっか。確かにそれは気になるよねえ」

 顕子はそう言って笑っていたが、不意にそっと目を細める。

「……本当だよ。会いたければサックスの所に行けば会えるんじゃないかな。日曜日の部活にもいたし、今日も来るみたい」

 どうする? 会いにいく? と、言われた……ような気がした。

 試されているような気がした。いや、もうそれを通り越して、面白がっているかのようにも……思えなくはなかった。

「……今はいいです」

「どうして?」

「……明日、会えますから」

「……そうだよね」

 そう言い合う後輩たちの考えを、顕子が少しだけすくい取ってみれば、あるクラスメイトのささやかな計画が思い浮かぶ。

(咲希ちゃんに話す必要はなさそうかな)

 そう判断した顕子は、ただただ微笑んで後輩たちを見守るだけだった。


 そして生徒だけでなく、先生も。

「……本当に良かったんですか、佐藤先生?」

「大丈夫ですよ、穴澤先生。私たちが自分の受け持つ生徒を信じられなくてどうします?」

「……そうですね。それにここで信じないなんて言ったら、佐藤先生のことも疑うことになりますもんね」

「ふふ、そうなりますねえ」

「私は生徒たちを信じますよ。そして、佐藤先生のことも」

「そう言っていただけると嬉しいですね」

 職員室に向かいながら交わされた会話は、誰にも聞かれることがなかった。


「春菜」

「なあに?」

「あの話……本当?」

「本当だよ。嘘であんな話できないでしょ。本当に怖かったんだから!」

「そうだけどさあ……疑ってるわけじゃないよ。ただ、訊きたくなっちゃっただけ」

「……気持ちは分かるよ。でも、明日もきっと、咲希は来るから。約束したの。明日も、今日と同じ場所で会おうねって」

「そっか。でもさ、もし咲希が教室に行きたくないって言ったら?」

「それはうちもすっごく考えた。嫌がるかもしれないって」

「うんうん」

「でもね、うちは咲希を信じることにした。約束したんだよ。咲希は絶対に記憶を思い出してみせるよって言った。だから、来るよ」


 春菜は右の小指を見つめていた。

 冷たい右手の小指を絡められた、その小指を。

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