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Requiem  作者: 秋本そら
Ⅲ Quandary——迷いの先に
14/32

共惑い

 予鈴がどこからか、微かに聞こえる。

「ああ、もう戻らなきゃ。咲希はどうするの? 教室戻る?」

 春菜が咲希に問いかけるが、咲希は首を振る。

「……ううん、いいや。授業つまんなかったし、どうせ誰のことも覚えてないし。午前中はずっといたけど、何も思い出せそうになかったしさ」

「……そっか。なら四階の図書室に行けば? 他校に比べても大量の蔵書が売りの図書室だって司書さんが言ってたから、絶対暇つぶしにはぴったりだよ」

「うん、そうだね。行ってみるよ。ありがとう」

 そして二人は屋上から室内に戻る。

 春菜が室内に戻った後に、咲希が室内に入って扉を閉める。その時、その腕に透明なブレスレットを、春菜は見た。

「それ、綺麗だね」

「そう? ありがとう。部活の先輩がね、霊感のない人にも姿が見えるようになるブレスレットを作ってくださったの」

 それを聞いて、春菜はそのブレスレットが、自分に咲希の姿を見せてくれていることを知った。

「すごいね、その先輩! ……あっ、もしかして、あの噂の、二年の中村さんって人?」

「そうだよ! 中村さんってそんなに有名なの?」

「この高校一有名だよ!」

 そんなことを話しながら四階におり、そこの人で別れた。咲希は図書室へ。春菜は教室へ。

 明日も屋上で会おうね、と約束して。

 咲希は図書室に入ると、面白そうな本を手当たり次第手にして読んだ。本というものは不思議なもので、時間はあっという間に過ぎていった。

 幸いなことに、図書館には司書すらおらず、咲希は一人の時間を存分に楽しんだのだった。


 一方、春菜は。

(どうやったら咲希は記憶を取り戻せるかなあ)

 授業中も一人、考えていた。

(……みんなと話せる機会があれば、もしかしたら思い出すきっかけになるかも)

 春菜はそんなことを思った。

 自分と話した時も、思い出せなくとも懐かしい気持ちにはなったと言っていた。ならば他の人とも話せれば、もしかしたら……と思ったのだ。

(ただ)

 春菜は冷静になって考える。

(みんな、咲希が記憶を失くしたって聞いたらショックだろうし……そもそも、咲希ちゃんがそれを望むか否かって考えるとなあ)

 そう。そもそも咲希が嫌がるならば、いくら春菜がいろいろ考えても意味がなくなってしまうだろう。

(うーん……)

「……じょうさん……神条さん」

「……あっ、はい」

「この三角形の、cosはいくつですか?」

「えっと……1/2です」

「はい、そうですね。じゃあ次の問題は……」

 春菜が問題に答えると、先生は満足げに微笑んだ。そしてすぐさま他の人をあてる。

 今は数学の時間。春菜はどちらかというと数学は得意分野で予習もしていたため、答えるのは簡単だったが、指されるとは思っていなかったため油断した。

 普段は授業に真剣に取り組む春菜。しかし、今日ばかりは授業に集中出来なかった。

(……どうしようかなぁ。でも、ほかに記憶を取り戻すためのきっかけになりそうなことが思いつかない)

 難しそうな顔をして、むう、と誰にも聞こえないほどの小声で唸り、悶々としながら春菜は考える。しかしやはり、ほかには何も思いつかなかった。

 考える時間は、五時間目だけでは足りない。


 七時間目は、ロングホームルームだった。

 教壇には担任が立ち、前のドア付近には副担任がいる。生徒は全員席に着き、ざわざわと私語をしていた。

「はい、静かにー」

 担任のその声とパンパンと手を叩く音で辺りは静かになる。

「えー、今日のロングは特にやることがないのでー、ちょっと自由時間にしようと思います。各自勉強とかやるべきことをやってください」

 やったやった、と騒がしくなる教室を、再び担任はなだめる。

「えー、何か連絡ある人いますかー? いませんねー?」

 誰もいないだろうと思い込んでいた担任は、

「いますよ、穴澤先生。ほら、神条さん」

 副担任の声でようやく、小さく手を挙げている春菜に気付いた。

「ああ、佐藤先生ありがとうございます。それじゃあ、神条から話があるみたいだから」

 そう言って春菜に教壇を譲ろうとする担任に、春菜はただ首を振って、その場で立って話し始めた。

「……嘘つきって思われるかもしれない。夢見てるって思われるかもしれない。幻でも見たのか、気が狂ったかって、下手したら思われるかもしれないけど……最後まで聞いてください。そして……お願いだから、信じてください。

 ……本当の、ことだから」


 声が、震える。

 怖い。

 きっと、おかしな奴って思われる。

 それでも。でも。

 ぎゅっと手を握りしめて。

 ゆっくり、深呼吸。

「……咲希が、います」

 クラス中が、ざわめく。

 担任が、えっ、と声を漏らす。

 副担任が、目を見開く。

 怖い。

 それでも、春菜は話す。

「昼休みに、咲希に会いました」

 何かできることがあるなら、少しでも力になりたいから。


「……昼休み、一人になりたくて、人気のないところにいました。実際、うちしかその場にはいなくて……。そしたら……咲希が、突然現れて」

 春菜が一人、自分の席で話しているのを、副担任は驚いて聞いていた。

(神条さんにも……霊感があるのかな?)

「……咲希は、記憶がないって……。うちと会った時も、上履きを見たのか、うちのことを神条さんって、呼んでて……。午前中は授業にも参加していたけど、何も思い出せなくて退屈だった……なんてことも言ってた。うちとずっと昼休みの間話していても、懐かしいけど思い出せない、って……。今は多分、図書室にいます」

 ゆっくりと、声を震わせながら、はっきりと。

 春菜は一言一言口にする。

「……そんな、ことって」

 クラスのリーダー格の男子が、ぽつりと言うのが聞こえた。

 それをきっかけに、生徒が一斉に喋りだす。

 それは、春菜への批判。そして、春菜を責め立てる声。

 そんなこと、信じられるわけないだろ⁉︎

 いい加減にしてよ、咲希は死んじゃったんだよ!

 それこそ夢見てたんだろ?

「……静かにしなさい!」

 辺りに響き渡る、怒号。

 滅多に聞かないその怒鳴り声に、辺りはしんっ、と静かになる。

「……さ、佐藤、先生……」

 担任が驚いたように、声の主を見る。

「……ごめんなさい、急にこんな怒鳴ってしまって。でも、一つだけ、言わせてね」

 いつもの口調に戻った副担任を、生徒が、担任が、全員が見ている。

「……私も見ましたよ、内川さんのこと」

 にこりと微笑む副担任。でも、その目は笑っていない。真剣そのものだ。

「四時間目の授業中、そこの席に座っていました。目があって……戸惑ったような顔をしていました。その時は見られたことに驚いたのかと思いましたが……記憶を失っているとしたら、私が誰なのか分からなくて、戸惑ったのかもしれませんね」

 まさかこんな形で咲希の存在を伝えることになるなんて、思ってもみなかったことだ。

「授業中、何回も迷いましたよ? 内川さんのことをさりげなく指してみようか、いっそのこと存在をおおっぴらにしてみようか、とか色々考えたんですから。結局、どちらもしませんでしたけどね。考え事をしながらの授業になったので、今日の授業では、どうしても書き間違いや言い間違いも増えましたよ」

 それを聞いた生徒たちも、そういえば確かに言い間違い多かった、なんかぼんやりしてるように見えた、書き間違いばかりしてた、とささやきはじめる。

「これでも神条さんが夢や幻覚を見たと言いますか? あるいは彼女が嘘をついているとでも?」

 副担任がそう言うと、生徒たちは気まずそうに顔を見合わせていた。中には諦めたような顔をしている人もいる。

「……神条さん。言いたいことはまだあるんじゃないかしら?」

 副担任の声に、春菜は勇気付けられたように再び口を開く。

「——はい」

 春菜の声はもう、震えていなかった。


「……咲希はうちと話した時、記憶を思い出せなくとも、懐かしくなった、と言いました」

 生徒全員が、春菜を見ている。

「咲希がここにいられるのは、今日を含めてあと五日だと咲希は言っていました。それまでに記憶を思い出して、ここに来た目的を果たしたいって……。だからもしかしたら、みんなと話せる機会があれば、何か思い出せるんじゃないかなって、そう思って……だから」

 春菜の中の恐怖は、消えたわけじゃない。

 それでも、春菜は話す。

「明日の昼休みの時間……教室にいてもらえますか? そうしたらうちが、咲希をここに連れてきます。咲希は、二年生の中村さんに作ってもらった、透明なブレスレットをつけていました。それがあると、うちみたいな霊感のない人にも、咲希の姿が見えるようになるって咲希は言ってたから……だから、みんな咲希の姿は見えると思うし、話せると思います」

 二年生の中村さん。

 その言葉を聞き、クラスがざわめいた。

 二年生の中村顕子といえば、この学校では全校一の霊感を持ち妖の血を引く、何処か人離れした魔女のような人、と噂されているのだ。実際に不思議な力を使っているのを見ている生徒もおり、顕子に関しては真偽はともかくとして沢山の噂が流れている。その名前を出されて驚かない生徒はいないだろう。毎日共に過ごす顕子のクラスメイトや同じ部活の吹奏楽部員は別として。

 咲希は本当にいるのかもしれない。そんな風に思う人も増えてきた。

「……内川は、来ると思う?」

 担任が不意に問いかけてきた。

 素朴な疑問。そして春菜を悩ませた、一番重大な疑問だった。

「来ます」

 それが、春菜が五時間目だけでなく六時間目も考え事に費やして、出した答えだった。

「記憶を思い出すきっかけになることだったら、咲希は来ます」

 確信をもって、そう言えた。

 だって、約束したから。

 絶対に記憶を思い出してみせるよって、約束したから。


「——なら、昼休みじゃなくて、明日の七時間目を使いません?」

 ふとした思いつきだった。

 一斉に視線が副担任の方に向く。

「明日の七時間目……ですか? その時間って、古文の授業じゃ……」

「ええ、でも使うにはぴったりじゃない? 古文の担当は私だし、ちょうど他のクラスよりも一時間進みが早いから、別にホームルームとして使っても問題ないわよ」

 副担任がそう言った途端、ざわめきがさざ波のように広がっていった。

「……使わせてください!」

 春菜が言うと、

「あの……俺からも、お願いします」

 クラスのリーダー格の子も立ち上がり、頭を下げた。

 それを見たクラスメイトは、次々に「うちからも」「おれも」「わたしも」と、立ち上がる。

「……じゃあ、明日の七時間目をロングホームルームに当てましょう」

 副担任が「いいですよね、穴澤先生?」と問いかける。

「……まあ、佐藤先生がいいなら」

 担任も根負けしたように呟いた瞬間、春菜の体の力が抜けて、椅子に座り込んだ。

「おい、大丈夫か、神条?」

「春菜、力抜けすぎーっ」

 どっと沸き起こる笑い。

 春菜はクラスメイトに茶化され、それがおかしくてたまらなくて、クラスメイトと共に笑っていた。

 こうして、翌日の七時間目はロングホームルームに当てられることになったのだった。


(少しでも力になれたらいいな。咲希が記憶を思い出せますように……)

Quandary——困惑。戸惑い。葛藤。

各藤は各々の葛藤、友惑いは友の戸惑い、共惑いは共に戸惑うという意味で当て字的に使わせていただきました。

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