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Requiem  作者: 秋本そら
幕間3
10/32

理由

「……そういえば、よかったの? 家族のところに帰らなくても」

 帰り道でふと、顕子は咲希に尋ねた。

「……いいんです」

 咲希は呟くように答えた。

「あんまりにも長くいすぎたら、ここに未練が残りますから」

 少ししたら帰らないといけないから、と付け足した咲希に、

「……未練、か」

 顕子は一人、呟く。

 そんな顕子に、咲希は言った。

「家族の記憶だけじゃなくて、なにか、大切なことも少し、思い出したんです」

「大切なことって?」

「……多分、私は自分の記憶でできた道を渡って、ここに来たんです。花畑みたいなところから、ここまで。現世にいられるのは、確か、一週間だけと言われた気がします」

「一週間……土曜日の15日までかな」

 顕子の言葉に、咲希は多分、というようにうなづいた。

「花畑に戻った後はたしか……死の国に行くことになるんだったと思います。もう現世には来れなくなっちゃいますし、今はもう一週間だけしかいられないので、未練は残したくないなって思ったんです」

「……まぁ、確かにそうかもね」

 そう言って、顕子は笑った。


 顕子は笑いながら、心の中でつぶやく。

(実は、知ってたんだよね)

 花畑や死の国の存在を。咲希は自分の記憶でできた道を渡ってきたことを。咲希は一週間しか現世にいられないことを。

(うちは(あやかし)のお母さんから生まれて、妖の住む街に一時期住んでた。だから人間が普通は知らないことも知ってる。このぐらいなら、当たり前に教わった)

 だから、咲希が知らないことまで、ある程度知っていた。例えば——。

 ——本来ならば、()()()()()()()()()()()()()()()であること。

 実は、記憶でできた道は、記憶の持ち主が目的地に着いた時に、自然と持ち主の元へ帰るはずだった。だから、咲希は本来ならば、記憶喪失になるわけがなかったのだ。

 咲希がさっき家族に説明したような、「()()()()()()()()()()()()()し、そもそも記憶に限らず、現世に来るのに()()()()()()()()

 なのに、記憶がない。

 その理由が、顕子には分からなかった。


 家に帰り着き、咲希が寝付いた後。

 顕子はベランダに出るなり、すっと空へと手を伸ばした。そして。

 小さく何かを呟いた。

 呟くと同時に、顕子は花畑に来ていた。

 顕子は周りを見渡して花畑に来れていることを確認すると、微笑んだ。そして、川の方へとずんずん歩いて行く。目的は、ただ一つ。

「あっ、いた。さっちゃん!」

 顕子は川の渡し守を見つけるなり、叫んだ。

「あっこ……! 何で、ここに? まさか……」

 さっちゃんと呼ばれた川の渡し守は顕子を知っているのか、顔を真っ青にして尋ねた。

「安心して、うちは死んでないよ。さっちゃんに聞きたいことがあっただけ」

「なんだ、びっくりしたよう」

 川の渡し守の少女——中村聡美はそう言ってほっとしたような表情になった。よく見るとその顔は、顕子にそっくりだ。

 そう。2人は双子だった。

「それで、聞きたいことって?」

 聡美が顕子に尋ねると、顕子の表情が一気に真剣なものに変わる。

「——内川咲希って、知ってる?」


 顕子の問いに聡美は少し考えて、すぐに思い出したように話し出した。

「内川咲希……うん、知ってる。この間ここに来て、一旦現世に戻った人だよ」

 なんで? と問えば、顕子は答えを告げる。

「実はね、咲希ちゃんは部活の後輩なんだ。今はうちで面倒見てるんだけどさあ……記憶が、ないんだよね」

「!」

「心当たり、ない?」

 顕子の声を聞いて聡美の頭の中に蘇ったのは、霧となって消えた咲希の記憶だった。

 ——あのこと、きちんと話さなきゃ。

 聡美は覚悟を決めた。

「……実はね」

 聡美は語る。

 花畑の力が弱ってきていること。

 自分の力も弱ってきていること。

 そのため、花畑が咲希の記憶をその持ち主である咲希の元へ返せなかったこと。

 自分がそのことに気づいて、記憶を咲希の元へ返そうとしても、出来なかったこと。

 そのため、咲希の記憶は今、彼女の身の回りに散らばっていること……。

「うんうん、なるほどね……さっちゃんも大変だねえ」

「あっ、人ごとでしょー! ……ともかく、だから彼女には記憶がないんだと思う……力不足で、ごめんね」

「……ううん。実はね、咲希ちゃん、少しだけ記憶を取り戻したみたいなの。だからきっと他の記憶も見つけ出せるって、うちは信じてるよ」

 顕子は聡美に礼を言い、現世へと戻った。

 聡美は顕子を見送りながら、元気で長生きしてね、と呟いた。

 私の分まで、長く生きて、と。


 顕子はベランダに戻ってきていた。

「……クシュン!」

 顕子は一つくしゃみをして、家の中へと入り、布団に入った。その隣では、咲希がすやすやと眠っている。

「……明日、教えてあげなきゃ……」

 顕子は呟き、ゆっくりと眠りについた。

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