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散歩

 抜けるように青い空の下、私は森へと続く道を歩きました。

 道の両側には、緑の麦畑が広がっていて、刈入れには、まだ少し間があるようでした。

 麦畑に人影はなくて、はるか向こうの木の下に幾人かが集まって、お弁当を広げているようでした。

 のどかなお昼の風景でした。

 私はその時はじめて、自分がお茶の入った水筒を忘れてきたことに気づきました。

 そういえば、あのとき、ミスティは水筒も持っていたような……。

 ミスティをからかうのに夢中で、すっかり忘れていました。

 あんまり人をからかうのも考えものですね。

 私は、どこかでお茶を分けてもらおうと思って、森へ行く道の途中にある家に立ち寄って、玄関の呼び鈴を鳴らしました。

 すこしして玄関の扉が開いて、

「まあ、リーゼロッテ様!」

「こんにちは、アグラーヤ。あのね、お茶をいれた水筒を忘れてきてしまったのよ。少し分けてくれない?」

「はいはい、お安い御用ですよ。ただいま持ってまいりますので、上がってお待ちくださいな」

「うん、ありがと」

 その家には、今までも時々立ち寄っていたので、その家の人たちとはもう顔なじみになっていました。

 アグラーヤはその家のおかみさんです。

 やさしそうなだんな様と、三人の立派な息子さんがいて、一番上の息子さんには、もうお嫁さんがいました。

 彼女はいつも元気で、たくさんのお孫さんのお世話に追われています。

 とても、うらやましいです……。

 彼女の家に上がって台所に行く途中で、私は、居間の六人掛けのテーブルに三人の男の人がいることに気づきました。

 そして、男の人たちの足元には、大きな荷物が置いてありました。

「ねえ、アグラーヤ。あの方たちはどなた?」

「ああ、旅の行商人の方たちのようですよ。お茶が飲みたいっていうんで上がってもらったんですけどね」

「ふーん」

「でも、あんまりガラが良くないですねえ。何かしでかさなきゃいいんですけど」

「あら、そんなこと言ったらだめよ。ねえ、よそからいらした方ならお客様でしょう? ラントに良い印象を持ってもらいたいわ。ね?」

「そりゃあ、ま、そうですけど……」

 そういってアグラーヤは笑ってくれました。

「ねえ、私、ちょっとあの方たちにご挨拶してくるわね」

 私は、お弁当の包みを彼女に預かってもらって、その男の人たちのところへ行きました。

 私が近づいていくと、三人の男の人は、いっせいに私を見ました。

「こんにちは、皆さん」

 私がそう挨拶すると、男の人たちは顔を見合わせたあと、私に頭を下げました。

「私、このラントの領主の姉でリーゼロッテと申します。ラントはいかがですか? いいところでしょう?」

「ああ、いいところだな」

 ぞんざいな感じのする返事でした。

 そのあとは、私がまごついてしまうほど、まじまじと私の顔を見てきます。

 私は、私が彼らの食事の邪魔をしたことに気を悪くしたんだと思いました。

「あ、ええと……」

 なにか言わなきゃ、そう思ったけれど、なにも思いつかなくて。

「リーゼロッテ様、お茶の準備が出来ましたよ」

 アグラーヤが私を呼んで、

「あ、あの、では皆さん、よい旅を」

 私は、やっとそれだけを言って、その場を離れました。

「失敗しちゃった」

「なんですか、あの礼儀知らずどもは」

 アグラーヤはなんだか少し怒っているみたいでした。

「いいのよ、私が食事の邪魔をしたのが悪かったんだわ」

「それにしたって……」

「いいのよ。それじゃアグラーヤ、水筒は明日にでも返しにこさせるわね」

「ええ、いつでもよろしいときに」

 そうして、私はアグラーヤの家を後にしました。

 

 道をそれて、原っぱの中に足を踏み入れて、そのまま、森のほうへ歩きます。

 そうして、背の低い木の途切れたところから、森の中に入りました。

 木々の足元には緑の草が敷き詰められていて、ところどころ黄色い花が咲いていました。

 その中を縫うように走る小道を、私は歩きました。

 森の中にも日が差し込んで明るくて、木々の葉の輪郭が光でぼやけていました。

 しばらく行くと、視界が開けました。

 森の中の明るい草地。

 そこがお目当ての場所でした。

 ハルといつも遊んだ場所でした。

 その場所を囲む木立の中に、ひときわ大きな木があります。

 幹の部分が、ちょうど私の背の高さのところで二つに分かれていて、それぞれが空に向かって伸びていました。

 そして、その木の下には、大人ふたりがゆったり座れる木製の腰掛けがありました。

 それは、お父様のお手製でした。

 お母様の大好きだったその場所で、お母様とふたりで過ごすために作られたんだそうです。

 プロポーズもその場所だったと聞きました。

 どちらから? どんな言葉で?

 それは、ティトも知りませんでした。

 私はその腰掛けに座って、よくお父様とお母様のことを空想していました。

 屋敷には、ご先祖様の肖像画がたくさん飾られていたけれど、お父様とお母様の肖像画はありませんでした。

 でも、みんなが、ハルはお父様似で、私がお母様似だと言ってくれて。

 だから、私の空想の中のお父様はハルに似ていて、お母様は私に似ていました。

 ここで、どんなお話をしたのでしょうか。

 手をつないだりしたでしょうか。

 そんなことを考えるのが、とても楽しかったです。

 その日も、私は、腰掛けに座って、膝の上にお弁当を広げました。

 バターを塗ったパンにハムと野菜をはさんだサンドイッチ、付け合わせの小さなトマト。

 お茶は、ミルクティーでした。

 お日様の下で飲むそれは、ふだんよりいっそう甘い気がしました。

 鳥のさえずり、風に吹かれてこすれる葉の音、それが一瞬途切れて。

 とても静かでした。

 だから……誰かがこちらに歩いてくる音を聞き分けることができました。

 しばらくすると、木立の中にその姿が見えてきました。

 それは、さきほどの三人の男の人でした。

 先頭を歩いてくる男の人と目があって、私は会釈しました。

 でも、その男の人は、なんだか怖いような笑い方をして、またうつむいて、こちらに歩いてきます。

「先ほどの方たちですね。どうかされましたか?」

 草地に足を踏み入れた彼らに、私はそういいました。

 でも、誰も返事をしてくれなくて。

 そうして、あたりを見回していました。

「ここは、とても気持ちのいいところでしょう? 私の両親もこの場所が好きで、よく来ていたんですよ」

 男の人たちは荷物を地面に置いて、私の前に立ちました。

 クルほどではありませんが、皆、体が大きくて。

 それ以上に、彼らの私を見る目が……。

 軽い恐怖にとらわれて、

「あの、どうかなさいましたか?」

 って、聞いてみました。


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