授業
朝食が済んで、二人で連れ立って、図書室へ行きました。
図書室の扉を開けると、トートン先生はもう先に来ていて、窓の外を眺めていました。
「おはようございます、トートン先生!」
先生は、私たちの声に振り向いて、そうして少し笑ってくれます。
すらりと背が高くて、細面の顔に銀縁眼鏡がよく似合っていました。
でも、あのちょび髭は……やめたほうがいいのになぁ、って思っていました。
「おはよう、ふたりとも」
そう言った後で、先生は私のリボンに気づいて、
「よくお似合いですよ、リーゼロッテ様」
って言ってくれました。
「ありがとうございます、先生」
私は弟の方をちらっと見ました。
ハルは「こうでないとだめなのかぁ」って顔をしていました。
トートン先生は、王立大学を卒業してから、王都の学校で教鞭をとっていたんだそうです。
そして五年前に、クルが私たちの家庭教師として、このラントに招いたんだそうです。
普段、先生は、この図書室にこもって本を読んだり書きものをしたり、窓から外を眺めたりしていました。
とても穏やかで優しい先生でしたから、私たちは二人とも、先生のこと、好きでしたよ。
「では席について。さっそくはじめようか」
その日の授業は歴史でした。
昔は、ハルと机の下で蹴りあいっこをしてふざけたりして、よくトートン先生を困らせていたものでした。
でも、いつしか、ハルが真剣に授業を受けるようになっていて。
だから私も、なるべく真面目に授業を受けるようにしていました。
「では、いいですか。このまえの続きからです」
そういってトートン先生は、授業を始めました。
それは、この国の四代前の王様、ガラクス王のお話でした。
先生の話を聞きながら、私は考えていました。
ハルは将来、トートン先生みたいな学者さんになるのがいいと思うなあ、って。
ハルは真面目で几帳面で、お勉強も好きだし、きっとそれが似合ってると思う……。
じゃあ、私は? 私は、何をしているんだろう?
素敵な男の人と結婚してるかもしれないし……もしかしたら、もう子どももいるかも?
そんなことを考えていると、
「リーゼロッテ様」
「は、はい!」
声のする方を見ると、トートン先生が、困ったように笑って、私を見ていました。
ぼんやりしてしまっていたのでしょうか。
ちょっと恥ずかしかったです。
「さ、よろしいですか? このようにして、ガラクス王は後世の人々からも名君と呼ばれるようになったのです。
……さて、今日の範囲はここまでですが、ここでおふたりに念を押しておきたいことがあります……
それは、歴史とは、たった一人の誰かによってつくられるものではなく、その時代に生きた全ての人によってつくられるものだ、ということです。
今、このラントには、領主のハル様、その姉のリーゼロッテ様をはじめ、数多くの領民が暮らしています。しかし、今から千年後の世界で、北暦二百十七年ごろのラントといえば、ハル・ヒンメルという名前しか残っていないでしょう。
それでも、あなた方は、このうち誰が欠けても今のラントを語ることは出来ない、ということを知っている。先ほどの話でいうところのガラクス王という名前にも、同じことが言えるでしょう。
歴史というのは、その時代に生きた全ての人が関与してつくられる、そういうものです。どんな大きな事件であっても、それは無数の小さな原因の連鎖あるいは集合なのです。そのことを忘れないでください。
そして、いまつくられつつある歴史には、ハル様、リーゼロッテ様、あなた方も参加しているのですよ。世界が少しでも良い方向に変わっていけるように……
ふたりとも努力を怠ってはいけません。いいですか?」
「はい、先生」
そうして、その日の先生の授業は終わりました。