かくれんぼ
もう葉がほとんどなくなっている背の低い木の間から森の中へ入りました。
秋のやわらかい日差しが差し込んでいて、森の中は明るくて。
踏みつけた落ち葉が、かしっ、かしっ、って鳴って、そうしてあの場所へたどり着きました。
「久しぶりだね、ハル」
見回すと、黄色や薄く赤い色の落ち葉が敷き詰められていて、ところどころ少し色あせた緑の草が見えていました。
お父様とお母様の腰掛けにも落ち葉は積もっていて。
「落ち葉が積もってる……」
私は、駆け寄って、落ち葉を払って座りました。
「ほら、ハルも!」
私の隣を手でばしばし叩いて、ハルに催促します。
ハルが私の隣に座ると、急に森が静かになったような気がしました。
ふたりとも、なんにも話さなくて、そのまま座っていました。
枯れ葉の落ちる音がしたり……鳥が飛び立ったのでしょうか……木の枝が揺れるのが見えたりして……。
私は、よかったって……来てよかったって思いました。
夢にうつつに見たあの光景が……なんだか遠いもののように思えました。
しばらくして……となりからお腹の鳴る音がして、私は我に返りました。
「ハル? お腹すいてるんだ?」
「え……いや?」
「ちょっと早いけど、お昼にしよっか」
バスケットを開けて、二人の間に、お弁当を広げました。
色とりどりのサンドイッチに野菜、それから端のほうに生ハムが綺麗に盛り付けてありました。
「あら、フィル、張り切ってくれたんだ」
レタスとトマトのサンドイッチに手を伸ばして、一口食べてみます。
「ん、おいしい」
「うん」
「そういえば、昨日、誰かにお弁当いるって言ってなかったね」
「うん。僕が、ティトに言っといた」
「そうだったんだ」
バスケットに入っていたフォークで小さなトマトを突っついたりして。
「そうだ! ティトと言えば! ねえハル、最近、ティトの髪の毛がますます薄くなったと思わない?」
「そう……かな」
「そうなの! それでね、私、一度、ティトにかつらを買ってあげようかって言ってみたのよ。今、王都には専門のお店があるって言うし……」
「姉さん」
ハルは、優しくとがめるような口調で、
「いきなりティトの髪の毛が増えたら、みんなびっくりするよ。そうしたらティトも恥ずかしい思いをするんじゃないかな?」
そう言いました。
「そっか……それもそうね。ハル、頭いいね」
少しの沈黙が訪れて、ミスティのことが頭に浮かんで。
ここでハルに話すのは、ミスティに悪いかな?
でも……ハルだから大丈夫、って思って。
「ねえ、ハル。誰にも言わないって約束できる?」
「え? うん」
「あのね……ミスティは、トートン先生のことが、好きなんだよ……」
「……そう、なの?」
「そっ! それでね、ハル。いつかね、トートン先生とミスティが結婚することになってね、そのときに、トートン先生の親族の方々から……その、ミスティの身分のことで苦情が来たら、私……ミスティを養女にしようって思うのよ。……どう?」
「うん、いいと思うよ」
「そう、そうよね! 私もね……」
そうして私は、ハルにあの夜の空想の話を聞かせました。
「にぎやかになるわね、きっと!」
やわらかな日差しの下で、私は考えていました。
きっと……きっと、お父様とお母様も、ここでこんなふうにお話したんじゃないかな?
ティトや召使いのみんなや、領民のみんなや、家族のこと……お話したんじゃないかな?
きっと、みんなをもっとしあわせにするには、どうしたらいいのかなっていうお話をしたんじゃないかな?
私たちも、そんなふうになりたい……。
「でっ?」
「ん?」
「ハルは? ハルのお話も聞かせなさい」
「え、う、うん……」
ハルは、なんだか言いにくそうにしました。
私は、何を話せばいいのか分からないのかな、って思って。
「ねえ、クルの言ってた傭兵団ってなあに? 戦争の専門家集団がどうとか……」
「うん、まあ……」
「クルは傭兵さんになるの?」
「うん……クルとその友達と。それで、たとえば、治安の悪い地域での重要施設の警備や正規軍の補給支援を組織として請け負うんだ……」
「そんなこと、できるの?」
「うん……。創立者になる人たちのほとんどは、父さんの中隊にいた人たちだから、そういうのに詳しいし……。あとは優秀な正規軍の兵士を高給で引き抜けば、十分にそういった任務をこなせる水準を確保できると思うんだ」
なんだか、私には難しい話でした。
「ねえ、ハルが軍人になるって話もしてたけど……」
「……クルのね、夢なんだ。自分たちの作った傭兵団で、いつか僕の率いる部隊といっしょに戦争に行きたいって考えてるんだよ」
「どうして、そんな?」
「父さんに連れて行ってもらえなかったのを、まだ引きずってるみたい。だから……僕に連れて行ってもらいたがってるんだよ」
「ハルは……どうしたいの……?」
「僕は……それでもいいかなって思うんだ」
私は、ハルがそう言うならそのほうがいいのかなって思いました。
トートン先生みたいな学者さんにならないのは残念だけど、でも、お父様みたいな軍人さんになるんだよね……。
ハルがそうなりたいって思ってるなら、きっとなれると思う……。
私にはすこし難しい話だったけれど、でも、そんな話をしているハルの横顔は、まるで大人の男の人みたいで……。
私は、その横顔を、もっと見ていたいな、って思いました。
「ねえ、ハル。もっとハルのお話きかせて」
「うん……」
ハルは言葉を濁して……そのあとは、ぼんやりと目の前の何もない場所を見つめていました。
それは、ふと頭に浮かんだ考えにとらわれているようにも見えました。
でも、私は、ただハルがお仕事の話をしたくなくて黙ってるんだと決めてしまって、ハルのほっぺたをつまんで、引っ張って。
「ハル、お仕事の話をしたくないなら、そういいなさい。お姉ちゃん、それでハルのこと、怒ったりしないよ」
「うゅん……」
「そうだ! ねえ、ハル、かくれんぼしようか」
かくれんぼは、この場所でする私の大好きな遊びでした。
後先を考えないで、ずんずん森の中に分け入ってく感じがとても好きでした。
そうして、誰かが……ハルが、私を見つけに来てくれることも。
私は、腰掛けから立ち上がって、さっき来た小道とは反対側の森の中へどんどん分け入っていって。
そうして、だいぶ来たところで、
「ハールー! 見つけにきーてー!」
そう、大声でハルを呼びました。
近くにあった、少し大きな木の根元に座って、一息ついて。
風が吹いて、木がさわさわ鳴って、そうしてまた、黄色く色づいた葉っぱが落ちてきました。
まだ少し残っていたお茶をコップについで、それを飲みながら、私はハルを待っていました。
またすこしお茶を飲んだところで、足音が聞こえて。
回り込んでくるかな……?
私のいる木の横を通り過ぎようとするハルの背中が見えて。
私は少し笑い声を立てました。
その声に、ハルが振り向いて……。
「姉さん」
私が、少し横にずれると、ハルはそこに座ってくれました。
「ハルの分、まだ残ってるよ」
ハルにコップを渡して、お茶を注ぎました。
でも、ハルはコップに口をつけようとせずに、手に持ったまま、ぼんやりしました。
「ふぁ……」
「眠いの? ハル」
「え、いや……だいじょうぶ」
「無理しないで、少し眠ったら? ほら!」
私は、自分の太ももを、ぺしぺし叩いて、
「うん……」
私の膝枕で横になったハルに、私のストールをかけました。
木の下、日差しが揺れて。
「ハル、まぶしくない?」
そうききながら、四つ折にしたハンカチをひとつ開いて、ハルの目の上に載せました。
少し経つと、ハルの規則正しい寝息が聞こえてきて、私はそれを聞いていました。
ハルの髪をなでて、なでて……なでて……。
そうして、時間が過ぎていきました。




