夜の図書室
結局、トートン先生も行ってしまったので、私はトートン先生の話を聞きそびれてしまいました。
私は、このまま図書室で本を読もうと思って、本棚の間を歩いて、奥のほうへ行きました。
地理や歴史、農地経営や戦術の本がたくさんあるなかで、すみのほうに騎士物語や恋物語の本棚があります。
それは、お母様の本棚でした。
お気に入りの恋物語の本をとって、そのまま隅っこに座り込んで読みました。
夢中で読んでいたら、いつのまにか、部屋の中が薄く紅く染まっていました。
本を閉じて、でも立ち上がる気になれなくて、そのまま光の乏しくなっていく図書室の片隅に座っていました。
窓の外が濃い灰色になって、本棚に並ぶ背表紙の文字も見えにくくなっていって。
そうして部屋の中が真っ暗になっても、私はなんだか立ち上がる気になれなくて、その場に座ってぼんやりしていました。
そうしていると、誰かが図書室に入ってくる音がして、私のまわりの影が揺れて。
足音が近づいてきて、ランタンの光が私を照らしました。
「姉さん」
「ハル」
「ここにいるって聞いたからさ。となり、座ってもいい?」
「うん……おいで」
ハルが私の隣に腰を下ろして、ハルの左の肩が、私の右に肩に触れました。
「みんなは?」
「酒場に行ったよ。だから……先に帰ってきた」
「そうなんだ。えらいよ、ハル」
「うん」
「ねえ、ゆかいな人たちだね」
「え? うん……姉さん、なに読んでるの?」
ハルが急に話題を変えたので、あんまりお仕事の話はしたくないのかなって思って。
ランタンの光に当たるように、ハルに本の表紙を見せてあげました。
「『海辺の町』……?」
「そっ。幼馴染のふたりがね、おとなになったとき、お互いに惹かれあってることに気付いて……そして結ばれる、そんなお話」
「そっか……」
「うん……」
そんな会話をしたあと……私は、いま聞いてみようって思って。
「……ねえ、ハル」
「なあに?」
「お姉ちゃん、ずっとここにいてもいい?」
「……?」
「お姉ちゃんね、もう結婚できないかもしれないんだ。だから……ずっとここにいてもいい?」
「……いいもなにも、ここは姉さんの家だよ?」
「……うん」
そうして、ハルは、なんでもないことのように、その言葉を言ってくれました。
「でもね……いつか僕のようなやつがあらわれて、姉さんをしあわせにしたいって、思うんじゃないかな?」
「……ふふっ、なあに、それ」
からかうように、そう言ってなかったら、私、きっと……泣いてしまったと思います。
「そんな気がするんだ」
「……うん」
ありがとう……ハル。
「姉さん、明日、ふたりでどこか行かない?」
「えっ、いいの?」
「うん。明日は僕、お休みだからさ」
「じゃあ……じゃあね……お父様とお母様の場所に行こう?」
「お弁当持って?」
「そう!」
ふたりであの場所にいこう。
一番はじめに思いついたことを、そのまま言葉にしていました。
このまま、あの場所が、つらい思い出の場所になってしまうのが、嫌でしたから……。
「それじゃ、そろそろいこっか」
「うん」
先に立ち上がったハルに手を差し伸べます。
「さ、お姉さまを、部屋までエスコートなさい」
ハルが笑って手をとってくれて、私は立ち上がって。
そして、手をつなごうとするハルの腕を取って、腕を組みました。
そうして、そのままふたりで、並んで歩きました。
ハルの持つランタンの光で、まわりの影が揺れて。
私はハルの腕につかまる手に力をこめました。
廊下を歩いていると、ちょうど階段を上がってきたティトに出会いました。
「おぉ……」
私たちを見ると、彼は立ちすくんで、そのまま固まってしまいました。
その目に、どんどん涙がたまっていくのが見えました。
「ティト……? どうしたの?」
私がそういうと、彼は我に返って、
「これは……失礼いたしました……」
そういって笑いました。
目に浮かんだ涙をぬぐう、そのときの笑顔がとても優しくて……。
「エアハルト様と……リーゼアリア様が……歩いてこられたのかと……思いまして……」
その言葉を聞いたとき、私は……嬉しくって、誇らしくって。
「そうなんだ」
そう答えて、私たちに道を譲るティトの前を通り過ぎました。
私は、ハルの横顔を盗み見ました。
それに気付いたハルが、私のほうを見ました。
ランタンと廊下の灯りに照らされた笑顔が、とてもかっこよかったです。
私の部屋に入って、私はベッドにもぐりこみました。
「おやすみ、姉さん」
私は、おふとんから顔を出して、
「おやすみ、ハル。明日、ね」
そう言って、私は目を閉じました。
ハルが私の頭をなでてくれて、足音が遠ざかって、ドアを静かに閉める音がして……。
あったかくてしあわせな気持ちの中で、私は眠りに落ちました。




