【前編】無くしたもの
《名も無き神様》の前編です。
昔、山奥に寂れた神社があった。数年前は人々が集まり参拝し時に小さくも楽しいお祭りもあった。
しかし年々天候不順により稲作に影響すると、人々は困窮しお祭りや参拝する暇も余力もない生活に追いやられるようになった。そのため訪れるものが減り次第にそのお社は忘れ去られたのである。
だが、まれに来る親子がいた。
「ねぇ父ちゃん。ここの神社ってどんな神様?」
「う~ん?なんだろうねぇ。きっと家族を御守りしてくれる神様なんだよ。」
「あらあなた、山の守り神様じゃなかったでしたっけ?」
「そうだったかなぁ…まぁでも優しい神様なんだよ、きっと。」
そう言って優しく微笑む父と母はそれぞれ手を合わせ祈った。小さな僕もそんな両親を見習って手を合わせる。どうかこの幸せが続きますようにとーーー
「なぁ、少し分けてくれないか?それ。」
「はぁ?早いもん勝ちに決まってるだろ。やんねぇよ。」
村の同じ年頃で一番ガタイのいい喜一が両手いっぱいに沢山の柿を抱えてそう言った。米がたくさんとれていた頃はよく遊んだ友達だった。最近の貧困のせいでただ純粋に遊ぶ、ということができなくなってしまった。子供にも余裕がなかったのだ。周りにはその取り巻きらしき奴等も二人いて馬鹿にしたようにニヤニヤして見ている。そいつらも少しばかり持っていたが僕は出遅れてしまって柿を先に取られてしまった。
そもそもあのジジイが悪いんだ!部屋に臭いと泥がこびりついて雑巾で拭いても拭いても汚れがとれなかったのだ。そうこうしているうちに刻限が過ぎていて焦って柿の木がある裏山に行ったのだが、遅かった…。しかも嫌な奴等に遭遇しちまった。
「イテッ」散々馬鹿にされたあげく腐った柿を投げつけられ痛いのやらベトベトするわで散々だった。でもまぁこの腐った柿でもなんとか数日分の食糧にはなるぞ!それほど困窮していた。
村の大人達は今すごくピリピリしている。それは農村地での年貢を納める時期がきているからだ。
「今年の米も全然ダメだったなぁ。」
冷夏と雨続きでほとんど実らず、それなのに役人がやって来て厳しい取締りの中、村の僅かな米をほとんど持っていってしまう。僕も親戚の田んぼを手伝ったりして少し金銭を稼ごうとしたが、収穫が少ないとうことで銭を減らされ、ましてや米すら分けてもらえなかった。
ヤバイ…冬を越せる気がしない。雨が降ってきたがせめてキノコがあればと這いつくばって僕は泥だらけになりながら一日中探した。
日が暮れそうだったので仕方なくわずかなキノコと腐った柿を持ち帰り帰路に着くと、父がまだ帰ってきていなかった。
「あれ?父ちゃんは?」
「それがまだなのよ…。」
父は日が昇る前に早朝さっそく猟に出掛けていた。ついでだからと道案内も兼ねてあの臭い浮浪者と一緒に。いつもなら昼過ぎには帰ってきているはずなのに…。
あんな父親でも、狩の腕はいい。死んだじいちゃん仕込みの技で村の人からも案外頼りにされることもある。まぁお人好しにつけ込まれてる感は否めないが。
だから始めはそんなに心配していなかった。だが、翌日もその次の日も帰ってこなかった。
「どうしよう、清太。みんなに聞いても山から降りたところを見ていないって言うんだよ。」
母さんは普段から顔色が悪いのにさらに真っ青にしてオロオロしている。
「もしかしたらあのジジイをずっと先の村まで送ってるんだよ」「いい鹿か猪の狩りに成功したから先に売りに行っているのかもね」
など思い当たることを片っ端から言ってみる。だけど、待てども待てども父は帰ってこなかった。
「あの!父ちゃん知りませんか?誰か山に一緒に探しに行って下さい!」
今日は年貢の事て藩のお偉い様が来る日。だからちょうどよく村役人が集まっていた寺まで行って村長や他の大人達に頭を下げお願いしてみた。が、
「あ"?こんな忙しい時に山さ行くわけないべ!しかもこの時期は熊もでるのに馬鹿か!」
「でも父ちゃん帰って来なくて、もしかしたら怪我とかしてるのかも…」
「6日もたって帰ってこねぇんならもう死んでるべさ。」
その言葉が重くのし掛かる。この村では死と日常が隣り合わせ。分かっていたはずだった。妹の時だって。だが父がいなくなれば…あんなお人好しの父でも一家の柱だった。母はすでに心労で熱を出し動けなくなっていた。もちろん薬なんて高価なものはこの村にはない。僕がなんとかしなければ…。
怖い、死ぬのが怖いんじゃない、一人になるのが怖いんだ。
そんな時大地主の息子の平次郎が話しかけてきた。
「俺、お前の親父山で見たぜ。」
「本当…⁉どこで見たのか教えて下さい!」
その時の僕は必死だっだ。だからこの大地主の息子がろくでもない馬鹿息子だったということをすっかり忘れていた…。
「あの、どこまで行くんですか?父ちゃん本当にここにいたんですか?」
おかしい、父ちゃんがこんな動物がいない場所で狩りなんてしない。今頃になって冷静じゃなかった自分に腹が立つ。また雨も降りだし辺りは暗い。昼か夜なのかも分からなくなってきた。
「いんやいたんだよ、あの先にあるお社あるだろ?そこにだよ。」
平次郎は最近16歳になったばかりだった。大人になりきれないままカッコつけたがりで前に何度か町まで行って商売をしようとしたが結局失敗して戻ってきてたはず。
しかも社のそばに嫌な顔つきの大人や若い連中がいるのを見て確信になった。
「僕、自分で心当たり思い出したんでそっち行きます!」
そういって離れようとしたがもう遅かった。腕を捕まれ無理矢理連れていかれた。ひょろっとした僕では暴れてもなんの抵抗にものらなかった。雨でぬかるんだ地面が滑る。
「くそっ、離せよっ。」
「平次郎~そいつか?売りに出せそうなガキって?」
一番年嵩の男が値踏みして僕を見てそう言った。やっぱりこいつら…人買い。まさか平次郎がこんなやつらとつるんでるなんて。
「いや~源治さん!これで俺の借金帳消しになりますかねぇ!」
「何言ってんだ平次郎、今回は余計な失敗もあったし手間も随分かけさせられたんだからまだまだだ。これからのお前の働き次第だな。」
借金の為だと⁉冗談じゃねぇっ!
「平次郎!このやろう!」
「悪いなぁ清太。もうお前ら家族終わりだべ?だったら俺がいい商売仲介してやったと思ってくれや。」
「終わってない!何言ってんだ糞野郎!」
「お前…本当に親父が生きてると思ってるのか?」
何か確信めいた言い方にゾッとするものがあった。
「何言ってるんだよ…。」
「だってお前の親父俺達が殺したから。」
一瞬何を言っているのか分からなかった。音がなくなる。それでも続く平次郎の言葉は聞こえてくる。
「お前の親父、このさびれた神社に未だに手合わせてたんだな。馬鹿な親父だよ。こんなとこに来なければ俺達がやってる商売も知らなくてすんだのに。」
このところ村の子供が行方不明になることが多々あった。だがそれは餓死したか夜逃げしていたんだと思っていた。子供の人身売買が行われていたなんて。こいつらは他にも抜け荷(横領)などもやっていてすぐに役人も助けも来ないこの村を利用していたらしい。父はたまたま連れていかれる子供を見たのかもしれない。それを見て、父がとる行動は一つしかない。
僕はもう動けなくなっていた。父はこいつらに殺されたのだろう。僕がいなくなれば体の弱い母はもう…。
雨がひときわ強く土砂降りになってきた。雨の音がなのか、荒れ狂う自分の心音なのかも分からない。あぁ僕の心も一緒に洗い流してくれたら良かったのに…そしたらこんなにも苦しまずにすんだのに。
(―――助かりたいか?―――)
えっ?何かが僕に語りかけて来た。動かなくなった僕を放って人買い達は金の話に夢中になっている。
僕はもう何もすがるものがなかった。騙された自分に嫌気がさし、死んでしまった父を哀しみ、これからどうなるか分からない母を想い。どうか、どうか…。
だが、それとは逆に芽生えたもの。なんでこんなことになった?
父がお人好しじゃなかったら。
母の体が丈夫だったら。
妹が生きていたら。
自分が貧しい農民に生まれてこなければ。
願ってしまった。怒りとともに、
〝この腐ったもの全て無くなってしまえ!〟と。
その時、ドッドッドッーーー。
轟音と共に一瞬にして暗闇に飲み込まれたーーー
後編へ続く…
【前編】読んで頂きありがとうございました。
後編に続きます。どうか最後まで清太の行く末を見守り下さい。