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virgin christmas 1st


 二十四日昼前、ウキウキしながら出ていくかつらを見送って、それから美月も自身の身支度を。

 麻実に手伝ってもらいながら、いつもよりも幾分おめかしをして。

 本来は不要なのだが、さすがに寒空の下一人薄着というのは世間体が悪いので、つい最近購入したばかりの真新しい白色のコートを着用し、桂に遅れること約三十分。

 美月も外出を。

 二人は別々に家を出たが、実をいうとその目的地は同じだった。

 同じ場所の行くのであれば、一緒に出ればと思われるかもしれない。

 これは別に喧嘩した……というわけではなく、二人はこれからデート。

 クリスマスイブは日本では恋人達の日。御多分に漏れず二人も一緒に過ごすつもり。

 ならなお一層のこと一緒に出ればと思われるだろうが、そこには深いようで浅い理由が。

 稲葉志郎が伊庭美月という少女の姿になってからずっと一つ屋根の下で暮らしている。出かけるときも、帰る時もいつも一緒。

 そこで偶には新鮮な気分で、という桂の発案により、わざわざ待ち合わせをすることに。

 この提案は美月にとっても意外と楽しいものだった。 

 当初は別にそんなことしなくとも、と思っていたのだが駅まで歩く道中、存外心が弾んでいることに気が付く。

 そして同時に、この日を桂のために空けておいて正解だったとも思う。

 もしかしたらこの日は桂とではなく、仲の良い年下の友人達と過ごすことになっていたかもしれない。

 期末試験終わりにみんなで集まってクリスマス会を開こうと盛り上がっていた。その開催日はイブの日。

 美月は開くこと自体には異論はないが、二十四日は駄目と主張を。

 その時はまだ桂と二人でデートに出かける約束をしていたわけではないのだが、なんとなくそうなるだろうという予兆のようなものが美月の中にあった。

 まあ、この予兆は見事に的中することになるのだが。

 ともかく、美月の言葉は受け入れられて前日、つまり二十三日に開かれた。

 楽しいクリスマス会であった。

 その終了後に帰宅に付く友人達に、

「明日は桂さんと楽しんできーな」

「あたしもデートとかしてみたいな」

「今年は桂さんに譲りますけど、来年こそは美月ちゃんと一緒に過ごしますわ」

「ひどい、あたしというものがありながら他の女を選ぶのね」

 と、一回りも違う少女達にからかわれてしまうのだが、これはまた別のお話。

 昨日のことを思い出している間に駅に到着。

 別に電車を使用しなくとも能力を使用すれば、桂の待つ場所まで行くことはできる。さらには時間もかからない。

 だが、使わない。

 こうやって電車を待つ時間も楽しいと美月には思えた。

 電車がホームに。

 桂との待ち合わせの場所に向かうために、美月は電車へと乗り込んだ。


 待ち合わせの場所は、渋谷だった。

 これも桂のリクエスト。

 だったら、せっかくだから昭和の歌謡曲のように「五時に集合しようか」と美月は提案したが、その案は却下される。

 桂の言葉によれば午後五時では遅すぎるらしい。

 ともかく、美月の待ち合わせの渋谷に到着。

 平時でも人の多い場所であるが、イベントの日、さらには土曜日ということも重ねって、いつも以上の混雑と喧騒が。

 時間も場所も予め決めており、さらには予想外の出来事になった時には互いに連絡を取る術を持ち合わせていても、この人ごみを形成する一部になってしまうと目的に人物を探し出すのは容易ではない。

 しかし、美月の足取りには些かの迷いも不安もなかった。

 運命の糸で結ばれている、とでも書けばいかにもロマンティックなのだが、実際には以前モゲタンによって桂の脳内に付与されたナノマシンが正確に位置を教えてくれる。

 一歩、一歩と桂に近付きながら美月は考える。

 どうやって桂に声をかけようか?

 オーソドックスに正面から行って「待った?」と聞く。いや、それではちょっと芸がないような、ならば後ろから回り込んで抱きしめる。けど、以前の稲葉志郎の身体だったら一応様にはなったけど、この伊庭美月の小さな身体では少々滑稽な様に。

 歩きながらしばし熟考。

 通常の人間ならば人ごみの中でよそ事をしながら歩くには非常に危険であるが、熟考しながらも美月は人や物を巧みに避け歩を進める。

 昔、桂にされて照れ臭かったけどちょっとだけ嬉しかったことを美月は思い出す。

 それは後ろから手で目隠しされて「だーれだ?」と耳元に声をかけられたこと。

 男としては嬉しかったけど、女性がされて喜ぶことなのだろうか。見た目は可憐な美少女だけど中身は三十路前の男。女心にはそれほど精通していない。

「どう思う?」

 小声で小さく呟く。左手のクロノグラフモゲタンにアドバイスを求める。

〈背後から接近され視覚を封じられれば大抵の人間は驚く。驚きにより心拍数が上昇し、それが恋愛面において良い結果を生み出すこともあるが、行き過ぎた場合は嫌悪感に繋がる可能性も。そしてそれが原因で最悪の事態も想定できる〉

「それは止めておけということか?」

〈分からない。桂ならば、キミの行為の全てを受け入れてくれるような気もするが、ワタシには桂の心中を完全に見通すことは不可能だ。だから推論しか言えないが〉

「そうか」

 悩みながら歩く。

 どうするか結論が出ないままで、そろそろ桂が視認できる位置にまで。

 纏まらない考えを一時中止して美月は桂の姿を目視しようとした。

 桂の姿が目に入る。

 その瞬間、さっきまでの考えをすべて棄却して、大股の早歩きで桂のもとへと。

 桂の目の前には一人の男が立っていた。

 そしてなにやら楽しそうな会話を。

 二人の間にわざと割って入る。そして、桂の手を強引に掴み、

「この人は僕の大切な連れだから」

 そう言って、桂の腕を引っ張り美月はその場から足早に立ち去っていく。

「ちょっと稲葉くん。……ゴメンね、また今度」

 手を引っ張られながらも桂は顔だけ後ろに振り返り、先程楽しそうに談笑していた若い男に謝罪の言葉を。

 無言で美月は歩く。桂はそれに引っ張られていく。

「稲葉くんちょっと早いって。それに誤解しているかもしれないけど、さっきのはナンパなんかじゃなくて昔の教え子に偶然会って話していただけなんだから」

 その言葉で美月の脚が止まる。

「……本当?」

「うん、本当。教師一年目に教えていた子に偶然会ったの。あの子も彼女と待ち合わせだって言ってた」

 思いもかけぬ偶然の再会を邪魔したことになる。

「……ゴメン」

 美月は素直に謝罪を。

 この言葉は桂はもちろんだが、桂のかつても教え子にも向けたものだった。

「ううん、いいの。番号を交換したから後で私から謝っておくから。……それにちょっとだけ嬉しかったし。稲葉くんがヤキモチやいてくれて、それで漫画やドラマみたいに私を連れだしてくれたし」

 そんなつもりじゃない、と反論したかったが自身の行いを冷静に鑑みるとやはり桂に指摘された通りヤキモチであると認めざるを得なく、美月は少し照れて黙ってしまう。

「照れて可愛いー」

「……うるさいな」

 またも照れてしまう。

「いいじゃん。実際に稲葉くんの今の姿は可愛いんだし。そのコート着てきてくれたんだ。私のと合わせると赤と白でクリスマスって感じだよね」

 とはいうものの、桂の着ているコートはピンク色。

「うーん、どっちかというとこれだと紅白饅頭かな。クリスマスのイメージはこっちだと思う」

 そう言いながら美月はコートのボタンをはずして前を開く。

 白色のコートに下には赤を基調にしたミニのワンピース。ただし、赤一色で構成されているわけではなく白と緑のラインがあり、そして細い脚を覆い隠すのは白色のタイツ、足元には黒のローファー。

 この服は前回改めて桂と一緒にブラを買いに行った時に同時に購入したものだった。

 美月個人の意見としては可愛いとは思うものの積極的に期待という意思はなく、このデートも当初は普段着、Ⅿ1ジャケットにジーンズ、もしくは中学の制服でと考えていたのだが、その考えは麻実とモゲタンによって窘められ、相手の喜ぶ服ということで、桂の好みに合わせてチョイスしたものだった。

「確かにそうね。あれ、稲葉くんもしかしてメイクしている? それに髪もセットしてるし」

「うんまあ……桂が喜んでくれるかなと思って」

 これは美月自身の考えではなく、麻実の助言。

 可愛くすれば絶対に喜んでくれるはず、と。

 それに素直に従ったのだが、その過程ではちょっとした失敗も。

 髪のセットは完全に専門外だったので麻実に委ねたのだが、メイクは経験があった。

 舞台を主としていた役者。自身で何度もその顔に化粧を施した。

 だが、舞台メイクと実際のメイクとでは道具も違えば目的も異なる。

 鏡の前に座り、慣れた手つきでメイクを。

 下手ではないのだが強い照明の灯りでも飛ぶことのないような濃いメイクをしてしまい麻実に大笑いをされてしまう。

 そのメイクを全部落として一から麻実にメイクをしてもらう。

 まだ子供なのだから濃いものではなく、あくまで薄く。

 一番の見どころは綺麗な唇の上に重ねた淡いピンクのグロスだった。

「……変かな?」

 鏡の前で麻実にメイクしてもらった顔を見た時にはそんなことを微塵も思わなかったし、麻実も良いと言ってくれていた。

 しかしながら肝心なのは桂の反応。

「ううん、すごく可愛いよ」

 この言葉に何度目か分からない照れを美月は感じてしまう。

 下を向いてしまう。

 顔どころか耳まで真っ赤になっているのが自分でも分かる。

 それを見て、また、

「稲葉くん、すごく可愛いよ」

 と、言われますます紅く。

「それはもういいから、行こう」

 照れ隠しのように少しだけ声を大きくして言う。

「うん。……こうしてクリスマスイブにデートするのは初めてだよね」

「そういえば、そうだな」

 長年の付き合いであるがクリスマスイブ、及びクリスマスに二人でデートというイベントを行いのは初めてだった。

 というのも、貧乏が服を着ているような役者生活を送っていた美月、稲葉志郎にとってクリスマス時期におけるバイトというのは通常時よりも時給が高く、生活にためにどうしてもそちらを選んでしまう。また、バイトをしていない年もあったが、その時は撮影か舞台で、どちらにしても桂との時間を取ることができなかった。

「ゴメン、不甲斐ない彼氏で」

 美少女の姿には似つかわしくない代名詞を言いながら美月は落ち込んでしまいそうになった。

「そんなこと気にしなくても。それに、今は一緒にいられるんだから」

 桂はそう言うと、美月の小さな手を取り、歩き出した。



サブタイトルのvirginは、「乙女」や「処女」ではなく、「初めて」のとの意味合いで使用しています。


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