文化祭 準備編
「いやー。これ以上はもうムリー。お願いだから許して」
麻実が悲鳴を上げ、許しを請う声を上げた。
「俺の言うことはちゃんと聞くと言ったのは麻実さんだろ」
許しを得ようとする相手は美月だった。
麻実は美月から逃れようと、一歩また一歩と後ずさる。
それを追い詰めるように美月が近付く。
まるで美月が麻実を襲っているかのようだった。
どうしてこのような状況になったのか、それは麻実の一言が発端だった。
今度の文化祭でクラスの出し物としてピーターパンを上演することになった。
麻実はフック船長役を見事に勝ち取る。
放課後の稽古が進む中で、
「ねえシロはアクションの経験があるんでしょ。教えてよ」
と、指導をお願いした。
どうせするのなら、能力を使用して派手なアクションを、観ている観客の度肝を抜きたいと麻実は考えた。
美月は昔、稲葉志郎であった頃何度かヒーローショーとアクションの経験があったし、それとは別に一時期役の幅を広げるためにアクションの教室に通っていたこともあった。
「いいけど、多分厳しくなると思うよ。……それでも大丈夫?」
一応美月は予防線を張るが、
「そんなの平気よ。問題ないわ」
と、麻実は大きな胸を張って答えた。
そこで美月はアクションの指導を。
アクションの指導といっても、するのは麻実一人だけ。
しかし、一人だけが異様な動きをするようでは舞台の調和が乱れてしまう。
そこで美月が教えたのは「動き」ではなく「見せ方」だった。
舞台上で栄える動きを。
悪役だから、派手な立ち回りの仕方。
動き自体は、麻実にとっては造作もないものだった。目を瞑っても簡単にできるものだった。
では、何故悲鳴を上げ懇願したのか。
それは美月の細かさだった。
「駄目。それじゃ観客にお尻を向けている」
「真っ直ぐに立たない、少し斜めに、見る側を意識して」
「首を下に向けない。それだと首に影ができる」
「殴るアクションの時は、手を出すときよりも、引っ込めるときの方を速く」
次から次へと指導の声が。
これは要求が高くてもできるという確信があるから出る言葉であった。
しかしながら受ける側として観れば、こちらから指導を頼んだ身であるが、流石に辟易してしまう。
簡単に指導を頼んだ己の迂闊さを麻実は後悔した。
が、後悔しても後の祭り。
美月の指導は終わる気配を一向に見せない。
逃げたくても、逃げられない状況に麻実はあった。
「なあ美月ちゃん、殺陣で使う剣は銀紙かアルミ貼っとけばええんか?」
放課後、美月に訊く。
美月の役割はアクション指導ではなく、知恵と同じ小道具の係。
二人はアクションシーンで使用する剣と銃を、プラモ造りの道具が充実している知恵の家で製作していた。
「うーん、それは止めておいたほうがいいかな」
「何で?」
「まだどうなるか決定していないけど、多分照明を使用するはずだから。そうなると銀紙やアルミは強い光で照らされて舞台上で反射して、目障りになるんだ」
「なるほどなー。たしかにチラチラと反射の光があったら鬱陶しいわな」
「うん」
「そやったら艶消しの塗料で塗るかなんかするか」
「それでお願い」
「了解。……そやけどさ、今ちょっと疑問の思ったやんけど、こんなに早く小道具作る必要性あるの? まだまだ文化祭までは日にちがたっぷりあるやろ。それに第一脚本もちゃんと上がってへんのに」
「えっとそれはね、稽古中から本番で使用するのと同じものを使ったほうが演者にとって助かるし。いざ本番で稽古の時のとは全然違うものを渡されても戸惑ってしまうから。慣れた人間ばかりならその辺りの修正は効くけど、今回は経験者がいないから」
「なるほどね。ほなら、数造るのは? 普通は一本ずつでええんちゃうの」
「それは予備があると安心だから。多分、いや絶対に稽古中に壊すと思うんだよね」
「ああ理解したわ。そやな、ウチも出る側の人間やったら絶対に振り回して壊してしまう自信があるもん」
「そういうこと」
「そやけど銃は一丁しか造らへんのは?」
麻実が演じるフック船長が持つ銃は知恵が言うように一丁しか製作していなかった。
「それはこの銃でアクションをするわけじゃないから。それなら数を造るよりも、頑丈で壊れにくいのを製作したほうが良いかなと考えて」
アクションで使用することを前提に造られた剣は、安全上を考慮してウレタンで製作。
一方麻実が持つ銃は、市販のプラスチック製の水鉄砲をベースにして、パテやプラ板で加工及び装飾を施した。
造る前のデザインの段階で知恵が「麻実さんが持つんやから、やっぱりマスケット銃やろ」と言ったが、その意見は却下。
フック船長のイメージに合わずにフリントロック式の銃に。
完成した銃はかなりの頑丈さを優先したことによってかなりの重量になったが、持つのは麻実。それなら問題はない。
かくして小道具の仕事は早々に終了してしまった。
自分達の担当が終了したから、文化祭までの間ずっと暇だった。
というわけではなく、美月は靖子に乞われて脚本のアドバイス、といっても書き方ではなく文字と言葉の違いについてのレクチャー、をしたり、大道具に製作の手伝いをしたり、また稽古に付き添い製作した小道具に不具合はないか、修正すべき点はないかチェックしたりと存外忙しかった。
求められればその場で意見を言うが、それ以外には口は出さない。
それは美月が自身に課した制限のようなものだった。
これはあくまで現役の中学生、クラスメイトが制作するお芝居。主役は彼等彼女等であって自分はあくまで手伝うだけの脇役。
それでも二度目の中学二年の文化祭準備は楽しく行えた。
後は、本番の日を待つばかり。




