文化祭 HR編
時を少し戻してみたいと思う。
二学期が始まったばかりの頃、HRで十一月に開かれる文化祭でのクラスの出し物についての議論が行われた。
クラス全体で話し合う前に、少人数で固まってのアイデア出しが。
美月はいつもの仲間と角を突き合わせ話し合いを。
しかし美月は意見を出すつもりが全くなかった。
偶然の産物で女子中学生として二度目の学生生活を送っている自分には、積極的に、または主導権をもって行事に参加するという資格はない。自分は部外者だ。このような行事ごとには脇役というかサポートに徹してまだ幼い彼等彼女等を補助となり支えるべきである、という思考が美月の中にあった。
もっともなんらかの意見を求められたのなら、それには応えるつもりであり、また助言も送るつもりではいた。
しかしながら稲葉志郎の学生時代の文化祭を思い出してみれば、高校時代は演劇部の公演で忙殺されていたし、中学時代のことはあまり記憶にない。
つまり、役には立たないという自虐的な考えが脳裏に。
黙って聞いていることに。
転校してきたばかりの人生初の文化祭ということではりきって麻実が色々と案を挙げるのだが、その全てが美月を含めた全員に却下されてしまう憂き目に。
というのも麻実が思い描いている文化祭のイメージは高校のもので、この中学での文化祭では飲食の販売は禁止されていた。
悉く案を否定され「じゃあ、どうしたらいいのよ」と麻実が言った時、文が「紙芝居の上演なんかどうかな」と提案する。これは夏休みの終わりに美月の部屋で観た映像がまだ脳内に残っていたからだった。「そりゃええな、経験者もおるし」と知恵が賛同し、文が「ねえ、美人もしているんだからあたし達も」と言い、靖子も「私も美月ちゃんが生で紙芝居をするのを観たい」、と。
憤慨していた麻実もその意見に便乗。
このグループが提案する意見は紙芝居で決定しようとしたが、美月が一人拒否を。
表舞台に立つのは相応しくないと思っていることが拒否の理由であり、ならば指導係になればと麻実に促されたが、その場合はなまじっか凄い紙芝居の上演を体験したこともあるから、少しでもその上演に近付けようと、本人が自覚なくきつめの指導を行ってしまう可能性があるかもという危険性を言葉にして伝える。
きつめの指導というのを、麻実を除く他の三人は目撃している。
三人が即座に意見を変える。
再度話し合い、地味だけど意外と面白いかもしれない郷土史研究ということでグループとして提案するものが一応纏まった。
グールプ毎に提出された案は二つにまで絞られた。
お芝居と、自主映画。
美月が忌避しようしていたものが選ばれようとしている。
どちらに決定するのかまだ分からないが、是が非でも裏方の仕事に立候補しようと美月は心の中で固い決意をしていた。
そんな美月に、
「なあ、美月ちゃんはどっちがええと思う?」
と、知恵が。
考える。どちらが良いのか。
美月、というよりも稲葉志郎は舞台の制作はもちろんのこと、自主映画の制作にも携わったことがあった。
最初はエキストラとして自主映画の撮影に参加し、その後数回手伝いをした、というか駆り出されたことが。
どちらも制作するのは大変だが、とりわけ映画はロケ地の選定に、撮影の許可とり、その他にも出演者及び撮影側のスケジュールの管理と、現場以外の面倒事がなにかと多い。
舞台の芝居ならば、教室で稽古ができるはずし、出演者が全員稽古に出席ができなくとも代理を立てて練習することができる。
それに在りものの台本を使用することもできるし。
となるとやはり、
「お芝居かな」
と答える。
この声は知恵をはじめとするグループ全員はもとより、その周囲のクラスメイト達にも耳にも。
この美月の意見が左右したのか定かではないが、クラスの出し物はお芝居に決定した。
だが、ここからの議論がまた長かった。
決まった作品は『ピーターパン』。
いくつか題材出て、多数決で決定した。
中学生が上演するには幼すぎる題材ではないかと美月は思った。
美月自身は、他に上がった候補に投票していたのだが、その題材は徳川家康の伊賀越えを主題にした作品で、担任教師が候補の一つとして挙げたものだったが、美月以外には票を入れなかった。
ともかく、公正なる民主主義で決まったもの、異論はなかった。
作品が決まれば、今度は役割分担。
思いのほか、表、つまり演者になりたい、舞台に立ちたいと、立候補する人が多かった。
これには美月は安堵した。
目立つ外見だから推薦されてしまうのではという危惧があったのだが、これならその心配はないはず。
ないはずだったのに、突然の推薦を受けてしまう。
小さくて可愛い外見から、ティンカーベル役の候補に。
これを美月は硬く固辞した。
他の候補者は皆自ら望んで手を挙げた者ばかり、そんな中に割って入るのは申し訳ない。
美月が望んでいるのは裏方。
色々と経験のあった大道具を希望したのだったのが、そこは男子生徒中心で行うことが決定し、しかたがなく小道具に。
小道具の係には知恵も一緒だった。
文は衣装係に、靖子は脚本制作の係に、そして麻実は激しいジャンケン合戦に見事勝利し、敵役のフック船長役を射止めていた。
「ああ、シロとアクションをして全校生徒の度肝を抜きたかったのにな」
その後しばらくしてから麻実に言われる。
「ウチもホント言うと観たかったな。まあ、美月ちゃんと一緒に小道具造るのはそれはそれで面白そうやけどな」
「あたしも。美月ちゃん運動神経ムチャクチャ良いもんね」
「私も観たかったな」
希望に沿うことができなくて申し訳ないが、常人をはるかに超えた二人が舞台上でアクションを行ったら、絶対に変な意味で目立ってしまう。
そんな風に目立ちたくはない。
あくまで自分は脇役と美月は思っている。
「けどさ、だったら演出の係になれば良かったのに」
と、麻実が言う。
キツイ指導というものは美月の記録を有しているから麻実は一応知ってはいるが、それは美月の主観的な記録であるために、麻実は他の三人が恐れるような恐怖を全く懐いてはいなかった。
「うーん……」
その言葉に美月は少し考えてしまう。
これまでの演劇人生で、演出をした経験はない。しかしながら演助、つまり演出助手をしたことは何度か。
その経験をもとに、それからあの時の反省も踏まえて演技指導をすれば、上手くいくかもと一瞬想像してしまうが、すぐにいやいや熱くなりすぎて絶対に厳しくなり、その結果クラス内にいらぬ波風を立ててしまい、不協和音を生み出して失敗してしまう可能性が、と美月は思い直す。
「多分、炎上するかもしれないから」
と、小さな声で言った。




