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vs

アクションですが、少し趣向が異なります。


「シロ、あたしと勝負しなさい」

 突然の麻実から宣戦布告。

 その言葉に美月は戸惑って固まってしまった。

 以前は敵対関係に近いような状態であったが、それは払しょくされ、今ではご近所であり、年の離れた同級生であり、そして同じような力を所持し秘密を共有する仲。

 それがいきなり心変わりというか、再び対立することになりそうとは。 

 できれば、戦いたくはない。

 どうすれば勝負を回避することができるのか。美月は必死に頭を巡らせる。

 が、いいアイデアは全く浮かんでこない。

 左手のクロノグラフ、モゲタンにも助言を求めるが、

〈ワタシとしては不本意だが、強く望まれているのであれば、回避する術はない〉

 という、諦めの宣告を。

 避けたいけど、避けられない勝負ならば。

 美月は覚悟を決めようとした瞬間、

「勝負の内容は三球勝負よ」

 と、思いもよらぬ麻実の言葉が美月の耳へと届いた。


 何故そのような勝負を求められたのか?

 その原因は先日の学校でのレクリエーションの時間にあった。

 レクリエーションの内容は男女合同のソフトボール。

 幼い頃から病弱で病院暮らし、運動とは無縁であった麻実だが力を得た今では自由闊達に、思いのままに身体を動かすことができる。常人をはるかに超えた力を奮うことができる。

 だが、普段はセーブを。これは周囲に正体がバレないために。

 美月からのアドバイスだった。

 その教えを一応守っていたが、それでも時には思う存分動かしたい気分に。

 時折、こっそりと変身して東京の空を一人で散歩するのだが、それだけでは物足りない。

 ちょっとだけ誰かと力試しをしたいような気分に。

 そんな時にちょうどよくソフトボールが。

 しかも美月とは別のチームに。

 流石に全開とはいかないが、美月との勝負が楽しめる、そう期待していた。

 自ら立候補してピッチャーのポジションを勝ち取り、相手チームの二番打者として右のバッターボックスに入りバットを構えた美月と、いざ尋常に勝負。

 結果は思いもよらぬものだった。

 レクリエーションなのでウィンドミルは禁止で、スローピッチでの投法になるのだが、それでも剛速球が。

 その剛速球を美月はいとも簡単に三塁線に、見事に打球を殺したバントを決める。

 楽々と一塁へと駆け抜ける。

 虚を突かれてしまい、地団駄を踏んで悔しがる麻実。

 だがすぐに気を取り直して後続を抑え、打者としての対決を待ちわびた。

 しかし、美月のポジションはピッチャーではなくライト。

 美月がライトに入ったのには深い理由があった。

 レクリエーションで行われるソフトボールや草野球ではファーストのエラーが一番多い。これは内野ゴロを処理し一塁へと送球したとき悪送球になる可能性が高いからだった。送球を一塁手が取れずに後逸した場合、二塁三塁へと進塁されてしまう。下手をすれば、そのままホームベースにまで帰ってきて失点をきすというケースだって在りうる。

 ならば、一塁のポジションに付けばいいと思われるかもしれないが、そのポジションには他の男子生徒が入ったために、ファーストのバックアップをするために美月はライトという守備位置を希望した。

 勝負できない悔しさを、せめて美月の頭の上を超えるホームランで晴らそうとした。

 が、右中間へと飛んだ大飛球はあらかじめ深めの守備を敷いていた美月によって捕球されてしまう。

 その後の美月は全てバント。

 一方麻実は打っては二ホーマー三打点、投げては完封という大活躍だったのだが、それを喜べない消化不良の気持ちが残ってしまった。


 挑まれたからといって、その勝負を絶対に受けなくてはいけないなんていう法は存在しない。が、逃げようとしても、しつこく迫ってくる。

 これに美月はとうとう根負けし、勝負をすることに。

 しかしながら、場所が。

 常人をはるかに超えるも力を持つこの二人が全力で勝負した場合、普通のグラウンドでは周辺に大きな被害を及ぶす可能性がある。

〈ワタシが良い場所まで案内しよう〉

 美月の左手のクロノグラフ、モゲタンが言う。

 モゲタンの案内によって、美月と麻実は、それぞれの能力を使用し、空間移動と飛行、都内の山間部の廃校になったグラウンドへ。

 ここならば、人目につかないし、大きな打球を飛ばしても問題はないであろう。

 早速勝負に。

 先行は美月、後攻は麻実。

 互いに三球ずつ投げ合う。審判は美月の手から離れたモゲタンが務めることに。

 学校指定のジャージ姿の麻実がグローブと軟式ボールを持ってマウンドの上に、同じくジャージ姿の美月はバットで線を敷いたバッターボックスに。

 レクリエーションの時とは違い、美月は左のボックスに。

 学校では右打席だったが、美月は、というか稲葉志郎は、小学生時代から野球の打席は左だった。これはとある選手のバッティングフォームに憧れたから。

「まさか左バッターだったとは。行くわよ、シロ」

 麻実が宣言している間に、美月は金属バットを立て、それから自分のジャージの至る箇所を触れまくる。

 膝を曲げ、右肩を内側に入れて、少しだけ身を窮屈そうにしながらバットを構える。

 往年の縦縞の名選手の真似。

 左足を高く上げ、麻実が一球目を投じる。

 少々不格好な投球フォームから繰り出されたボールは内角をえぐるような剛速球だった。

 小細工なしの真っ向からの力勝負でくると美月は読んでいた。

 脇を締め、腕をたたみ、素早く腰を回転させ、迫るボールを迎え撃つ。

 差し込まれてしまう。が、それでもバットに上手く乗せることに成功する。

 美月の放った一打は快音を残し空の向こうに消えていく。

 その打球の行方を見ながら麻実ががっくりと膝を落とす。

 まずは美月の先勝だった。


 攻守交替。

 今度は美月が投げる番だった。

 野球というのは全力で投げたボールを、バットで思い切り叩く、というネット上で揶揄されているような単純なスポーツではない。

 技術の上に、駆け引きがある勝負。

 静と動のスポーツ。

「さあ、来なさい」

 右打席に立つ麻実が美月に声をかけるが、美月はすぐに投球には入らない。

 まずは丹念に軟式ボールを弄り、指に感触を馴染ませる。

 その後大きく深呼吸をしてグローブに収まっているボールに小声で何かを呟く。

 美月は大きく振りかぶり、背中をバッターボックスの麻実に見せるように捻り、初球を投じた。

 MLBのベースボールを身近にした男を真似た投球フォーム。

「トルネード、やるわねシロ」

 インコース寄りに来るボールを麻実は踏み込んで打とうとした。

 ボールの軌道が変化した。内へと食い込んでくる。

 自らに迫ってくるボールのほんの少しだけ恐怖を覚え、麻実はバットを振ることができず、さらにはのけ反ってしまう。

 美月が投じた球はストレートではなかった。

 ツーシムと呼ばれるボールの縫い目に沿った握り方をし、指からボールをリリースする瞬間人差し指にだけ力をこめてシュート回転を生み出し、右バッターに向かっていくようなボールを意図的に投じた。

 モゲタンの判定はストライクだった。

 これでカウントはワンストライク、ノーボール。


 二球目。

 今度は一球目のツーシムの握りではなく、日本では基本の握り方とされるフォーシームに。

 そして、さっきとは一転してセットアップから左脚を胸に付くくらいまで上げ、それから大きく前へと踏み出す。

 と、同時に上半身が深く、グラウンドすれすれの位置にまで沈みこむ。

 下手投げ、サブマリン投法、アンダースローと呼ばれる投球フォームだった。

 このフォームで投げる人間は珍しい。

 プロの世界でもほとんどいない。

 なのに、なぜ美月が一球目とは異なるこの投球方法を選択したのか。その理由を少し長くなるが説明したいと思う。

 初球のトルネード同様に子供の頃に憧れ、そして真似をしていた投げた方だった。普通ならば真似だけで終わるのだが、美月、というか稲葉志郎、子供時代に実際に、といっても本格的ではなく遊びとして、そのフォームで投げていた。最初はアニメのドカベンの再放送で里中に影響され、その後フォームのモデルになった山田久志へと変化していく。言わば投げ慣れたものだった。

 変化というか進化はさらに続き、本格的な野球は一切行っていないのだが、今のフォームは千葉ロッテの渡辺俊介をモデルにしてさらに自己アレンジをしたものだった。

 アンダースローの特徴は浮き上がってくるように感じる球。そして投げ手と同じ打席に打者が入った場合は、ボールが身体に向かってくるようで、より打ち難くなる。

 柔らかなフォーム。

 まるでしなやかな鞭のように振られた右腕は、地面とほんのわずかしかない軌道を通り、剛速球を放つ。

 アンダースローというフォームは速球を投げるのにはあまり相応しくない。しかし、美月の小さな身体はそれを可能にした。

 一球目のトルネードに比べればやや落ちるが、それでもかなりの速度で。

 麻実は少し面を食らったが、それでもすぐに思い直しバットを振る。

 ボールの軌道はアウトコース。

 今度こそ完璧にバットで捉えたつもりであった。

「あれっ」

 が、結果は空振り。

 麻実のバットは空を切ってしまう。

 どうして自分が空振りしたのか麻実は全然見当がつかなかった。

 マウンド上で美月はほくそ笑む。

 捉えたと思っていたバットが空を切った要因、そこには初球のシュートボールという伏線があった。これは美月が麻実の中に少しでもいいから恐怖心を植え付けるために投じた球だった。

 当たっても命の別状はないと言っても猛スピードで自分のところにボールが飛んでくるというのは存外怖いものだ。それは尋常ではない力を有している麻実にとっても、同様であった。

 そのために踏み込みが甘くなり、結果アウトローのボールを空振りすることに。

 美月にとって計算通りに空振りだった。

 これでカウントはツーストライク、ノーボール。


 三球目。

 美月は二球目とまったく同じ投球動作を。

 その動きは寸分たがわず同じだった。同じ様な姿勢と腕の低さ、そして柔らかくて、鞭のようにしなる腕。

「甘いわね。さっきはちょっとビックリして空振りしちゃったけど、今度はホームランにさせてもらうわよ」

 そう言いながら麻実はテイクバックして投じられたボールを待ち構える。

 美月の投げた三球目は、前の二球よりもかなり速度の落ちるボールだった。

 それが打ちごろの甘いアウトコースに。

「もらった」

 テイクバックしていたバットを力の限り思い切り振る。

 麻実のバッティングフォームはドアスイングという、遠回りの弧を描きながらのもので、一般的には良くないスイングとされているが、そんなものなど関係ないようなスイングスピードでボールを捉えようとしていた。

「えっ」

 突如麻実が驚きの声を上げた。

 麻実のバットはまたしても空を切る。豪快な空振りをし、その上回り過ぎて尻餅をついてしまう。

「何今の? 揺れながら落ちたよ」

 驚いたような声を上げる。

 美月が投じた三球目はフォームおよび、腕の振りこそ寸分たがわないものであったが、実は一点だけ、指の動きだけが違っていた。

 かといって、ツーシムで投じたわけでもない。

 人差し指と中指を曲げ、親指薬指小指で挟み込む。そして投げる瞬間、曲げていた人差し指と中指を弾くようにしてボールを押し出す。

 魔球とも称される、ナックルボールの握り方だった。

 このボールは捕手に届くまでの間、この時はいないが、不規則な変化をしながら落ちるボールだった。

 これもアンダースロー同様に、プロの世界でもあまり投げられることのないものだった。

 でも、どうしてそのような球種を美月が投げられたのか。

 子供の頃遊びで挑戦したことがあったが、その時は全く変化せず、ただの棒球。

 三球目は落ちる球を投げるという青写真を描いてたものの、何を投げるのかハッキリとは決めていなかった。

 考え中に、かつて挑戦したナックルボールのことを思い出した。

 あの時は投げられなかったけど、今のこの身体ならば投じることができるのではいのか。

 それにもし失敗して打たれとしても、それで負けになるわけではない。

 さらに言えば、失投を打たれたことになり精神的なダメージを受けることもないはず、打算も働いていた。

 結果は予想以上に変化を。見事に空振りの三振を奪うことに成功した。

「俺の勝ちっ」

 少々大人気ないとは思いながらも、昔少しだけ憧れていた変化球を投じられたことに少々興奮しながら、美月は自分の勝ちを高らかに宣言した。


「今度はサッカーで勝負よ」

 数日後、麻実がサッカーボールを片手に美月の勝負を挑む。

 スポーツの秋はまだまだ終わりそうになかった。


野球の小説が書きたかったんです。

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