セカンドタイム
サイクリストを模した姿に変身した美月と、ゴスロリのような衣装を身に纏った麻実が、データが発する警告音の場所へと急行。
急がないと、周辺に大きな被害が。
その被害を未然に防ぐことができるは、この周辺では美月達だけ。
場所は、さっきまで食事をしていたイタリアン系のファミレスのある郊外型のショッピングモールの駐車場からだった。
しかし同じ敷地内とはいえ、ここは広大なショッピングモールの施設の中。
麻実を連れて美月は空間移動の能力を使用する。しかし、一度の跳躍で目的に場所には到着できない。
何回か空間を跳躍。
幾度目かの跳躍後、まず音が聞こえた。
その音は人の悲鳴、それからエンジンの爆音。
その後、視界に捉える。
今回のデータは車に寄生したものだった。
美月達の目に屋外の駐車場内を我が物顔で疾走、いや暴走している普通車の姿が。
迷惑運転という言葉が生易しく感じるくらいの危険走行を行っている。
駐車中の車列の中を縫うように縦横無尽に。
しかし、幸いなことにまだ大きな被害は出ていないようだった。
この場所では春にもデータが出現した。
その時にはトラックで、慣れていない美月は苦労したが、撃退及びデータの回収に成功している。
トラックに比べれば、今度の相手は速度こそあの時よりもかなり速いが、重量の面では小さくなっている。
それに、あれから色々とデータを退治し回収してきた。
経験値が増えていた。
簡単に終わらせて桂のもとに帰ることができると美月は考えていた。
止める手段を頭の中で練る。
あの時同様に、車のタイヤを破壊して、動きを止め、それからデータの回収をしようかと算段した。
そんな美月の脳内に、左手のクロノグラフモゲタンが声をかける。
〈その方法は危険だ。お薦めできない〉
「どうして?」
モゲタンの会話は声を出す必要はないのだが、元役者であった性なのか、ついつい音が口から出てしまう。
〈車内にはまだ人がいる〉
「それが?」
春のトラックの時にも車内には運転手が取り残されていた。その時には問題など、なかったはずだ。
現に気絶して運転手を傷付けることなく、データを回収できた。
〈あの時はトラックを停車させることができ、その上でタイヤの破壊だった。だが、今回はあのように縦横無尽に動き回っているものを停めるのは難しい。走行中のタイヤを破壊した場合、下手をすれば車内にいる人間が車外に放り出され、最悪の結末として死亡するおそれがある〉
モゲタンの指摘はもっともだった。
走行中の車内で、どのように人が取り残されているのか分からない。シートベルトを着けていない可能性だって否定できない。
もしそうだった場合、助けようとした人間を間接的に殺めてしまうかもしれない。
そんなことは絶対にしたくなかった。
なら、どうすればいいのか?
「ねえ、シロ。どうするの?」
脳内でモゲタンと協議しようとした美月に、横にいる麻実が訊く。
モゲタンとの会話は、脳内で行われるもの、他の人間に聞こえない。
「あの中に人がいる。だから。まずは人を救出しないと。でも、どうやって車内に乗り込むか。俺の瞬間移動じゃ、あの速度で移動する車内に正確に移動できないし」
現状と問題点を簡単に、そして少々早口で説明する。
「そんなの簡単じゃん」
軽く麻実が言う。
「簡単って」
簡単にできるなら苦労しない。
「あの時みたいに、あたしがシロをあの車の上にまで運べばいいんでしょ」
麻実の言うあの時とは、先月のナガシマでデータ回収。
ペンギン型のデータの空力を無視したような飛行に美月は近付けずにてこずっていたが、麻実が協力し美月を運んで飛び、ペンギン型データに接触し無事事態を解決することができた。
「……そっか。じゃあ、今度もよろしく」
「うん、お願いされました。任せておいて」
そう言うと麻実は美月の小さな身体を背中から抱え込むようにして掴み、空に舞い上がり、そしてデータが取り付いている、まだ社内に人が取り残されている車を目指して、一直線に飛んで行った。
美月とは違い、自由に空を飛ぶ能力を持っている麻実にしても容易にデータが取り付いた暴走車に近付くことはできなかった。
上空から美月を抱え車目がけて降下するが、タイヤを鳴らしながら左右に激しくジグザグに動く車を捉えることができない。
ショッピングモールの駐車場。しかも、日曜日。
ただでさえそれなりに人がいるのに、この場所がいかに危険な地帯であるか認識していない野次馬たちが徐々に集まってくる。
このまま野放しては。いずれ人的被害が。
しかし、そうは思っても簡単に事は進まない。
捉えそうで、捉えることができない。
地上の車と、上空後方から追いかける麻実とのチェイスが続く。
「俺を車目指して放り投げて」
焦れた美月が麻実に。
このままでは埒が明かない気がした。ならば、ミサイルのように投げてもらう方法をとろうと美月は考えた。少々強引だが、上手くいけば接敵できるはず。よしんば失敗したとしても、まだ麻実が追えるはず。それに美月というデッドウエィトを捨てることで麻実の運動性能も向上し、暴走車を捉えることができるかもしれない。
「ダメ。任されたんだから、ちゃんとシロを車の上に届けるから。それにアイツの動きが段々分かってきたし、今度こそ捉えられるから」
そう言うと、麻実は一気に速度を上げた。
車を追い越し、高度を下げ、暴走車の進行方向を塞ぐ。
危険な走行を続けていたが、駐車場内に駐車している車、また走行中の車両とは接触していない。
眼前を塞げば、停まるはず。麻実はそう考えた。
麻実の考えは的中した。
暴走車がけたたましいブレーキ音を奏でて急停車を。
「今よ」
麻実が叫んだ。
その言葉に美月は素早く反応した。
予想外の、トリッキーな動きをする物体の中に、美月の持っている空間を移動する能力で確実に動き回る車内へと侵入するには難しさがあった。だが、停車している車内へ跳ぶのは簡単なこと。
美月の小さな身体は暴走車の車内に。
車内には泣き叫び子供の声が。
チャイルドシートに座った幼児と、これまたチャイルドシートで固定されている赤ちゃんが。
激しい動きの車内の中にいたのに、チャイルドシートがしっかりと固定されており、ベルトもしっかりとされていたので怪我はなさそうだった。それに、幸いなことに泣き叫んでいたが舌を噛み切ってしまうということもなかったようだった。
「もう大丈夫だから」
美月がまだ泣き叫んでいる幼児に優しく話しかけ、チャイルドシートのベルトを外そうとした瞬間、車に動きが。
急加速でバック。さらにはジグザグ走行。
車内が激しく揺れる。上手くベルトを外すことができない。
美月は力任せに二つのチャイルドシートを、座席から引きちぎった。
そして二つのチャイルドシートを抱え、次の空間を跳躍し、車内から脱出した。
「この子達をお願い」
そう言いながら美月は麻実に二つのチャイルドシートを押し付ける。
「へっ、え、どうしたらいいの」
左右の手で押し付けられたチャイルドシートを持って戸惑った顔をする麻実をおいて、美月はバックで走行して逃げる車を追いかけた。
「何処に付いている?」
追いかけながらモゲタンに問う。
データが付くことによって車は暴走している。その暴走を止めるのはもちろんだが、それ以上に付いたデータを回収することが大事。
〈エンジン内部だ〉
不幸にもデータが付いてしまった車の運転手のためにもできるだけ、車を傷付けずにデータを回収したいと美月は考えていた。
しかし、エンジン内部ではその目論見は不可能。
丁寧に分解でもできればそれは可能なのかもしれないが、如何せんそんな悠長な時間はない。時が経てば経つほど周囲に被害が。
美月は意を決した。
車の持ち主には気の毒だが、あの車を破壊することを決めた。
両手に円盤状盾を数枚展開する。
そのうちの二枚を放つ。目標はバックしながら逃げる車の左右の前輪だった。
残りの展開した円盤状の盾も放つ。
最初の二枚が美月の、というかモゲタンの、計算通りにタイヤを破壊した。
切り裂かれたタイヤはバーストし、車は制御を失いスピンする。
スピンしながら駐車している何台もの車を巻き込み大惨事を起こしそうに。
しかし、接触することはなかった。
というのも、美月が後から放った盾はこうなることを予想して他の車をガードするように展開されていた。
スピンが止まる。
駆動を伝える前輪のタイヤが両方とも破壊され、データのついた車はその場から動けなくなった。
美月がボンネットに飛び乗る。
「正確な位置を教えてくれ」
〈了解した〉
モゲタンの指し示す位置に、美月は寸分違わず貫手を繰り出した。
データの回収に成功した。
そして幸いなことにエンジンから火が出ることもなかった。
細心の注意を払っての行動だったが、万が一という可能性も。だが、それは杞憂で終わってくれた。
「遅いー」
データを回収して麻実のところに戻るといきなり非難されてしまう。
そんなに時間は経過していないはずなのに、なぜそんな非難を受けるのか、美月が疑問に思っていると、
「いきなり押し付けられて、どうしたらいいか分からなかったじゃない」
非難の理由は救出した子供達のことだった。
「泣いてる子の面倒なんか経験ないのに。こんなことなら病院で生意気なクソガキ共の相手して練習しておけばよかった」
文句、というか愚直はまだ続いた。
「えっと……ゴメン」
少々理不尽とは思いながらも一応謝る。
「まあ、それはいいとして。これからどうするの?」
「どうするって、桂のところに戻るけど」
「この子達のことこのままにしておくの、放置して帰ってしまうの」
ちょっとだけ憤った麻実の声。
車内から助けることだけしか考えてしなかった。後のことなど美月の頭の中には微塵もなかった。
たしかに親元に返してあげないと。
それにしても……。
「何よ?」
「うん、良い子だなと思って」
麻実の顔を見ながら美月が言う。
どうしたらいいか分からないと言いながらも、無責任に放り出すことなくずっと傍にい続けていた。それに心配もしている。
「なっ……うるさい。それでどうするの?」
照れたような顔をしながら麻実が少々早口で。
大勢の買い物客の中からこの子達の親を探すのは、先程のデータの回収よりも骨が折れそうな気がした。
モゲタンの力を借りようか。けど、モゲタンのそんな探索能力はあるのだろうか? そんなことを考えている美月の耳にパトカーのサイレンの音が。
警察に委ねることにした。
餅屋は餅屋ではないが、この手のことは警察のほうが得意なはず。マンパワーもあるし。
パトカーが美月たちのところへと接近する。
逃げることなく対応する。事情を説明する。
その際、美月は声を普段よりも落とし気味に、低くして話した。
というのも、周囲には野次馬が集まっており、何人かが携帯電話や録画機材を用いて、美月と麻実を撮影していた。アイウェアをしているから顔は分からないはず、しかしながら声で正体がバレてしまう可能性もある。それを考慮してのことだった。
後、描写していないが、麻実も仮面舞踏会で使用するような眼だけを隠す、ゴスロリの衣装に合うようなマスクをしていた。
し終わると同時に美月は麻実を伴って空間を跳躍した。
これ以上野次馬の目にさらされるのは厄介だし、警察に余計な検索もされたくない。
幾度か跳躍を繰り返し、その間に変身も解き、桂の待つファミレスに。
「ご苦労様、そしておかえりなさい」
桂が笑顔で迎えてくれた。
なお余談だが、車内に取り残されていた子供達は無事親元に戻ることができた。
そして美月によってタイヤとエンジンが破壊され、廃車になったものの、入っていた保険の特約が適応され、翌年以降の保険料が値上がりするが、それだけの被害で済み、降りた保険料で新車を購入することができた。
車に乗る上にでは当たり前だが、加入していて本当に良かった、車両保険。
さらに追記。
美月の新しい姿は案の定、すぐにネットの世界で拡散された。
それを見た知恵が翌日学校で話題にし、その際持論を発表。
それは新しいデーモンではなく、以前の魔法少女が姿を変えたものではないのか。
姿こそ違えど、小柄な体型がよく似ている。そして出現場所も類似しているし、と。
まさに大正解だった。
それだけではく、さらに鋭い考察が続く。
黙っていれば絶対に正体なんかバレないはずなのに、美月と麻実は少し動揺してしまい、ちょっとだけ挙動不審になりながらも、強引に話題を変更しようと試みるも上手くいかずに、さらには思わず余計なことを口走ってしまい自爆をしそうになり、危うい事態に陥りそうになったが、それはまた別のお話。




