魔法少女じゃありません
九月最初の日曜日、美月は郊外にあるショッピングモールに来ていた。
目的はもちろん買い物であるが、この場に美月がいる必要性は皆無だった。
というのも、ここに買い物に来たのは八神麻実であり、アドバイスをするために桂も同行。美月が一緒に行ってすることは何一つとしてなかった。
これが桂と二人だけならば、荷物持ちという立派な仕事があるのだが、八神麻実は能力の差こそあれ、美月同様に常人離れした能力を有している。そんな人間に荷物を持つためだけの存在なんて必要ない。
だから、美月は一人留守番をしながら夕ご飯を作り、二人の帰宅を待つつもりでいた。
なのに、左右の腕を二人にがっしりと掴まれて連行されてしまう。
抵抗すれば簡単に振り払うことはできたが、美月はそれをしなかった。
というのも、桂の楽しそうな顔を見ていたら、まあいいか、と思い、一緒に行くことに。
しかし、ここで仏心を出したのが美月にとっての判断の誤り、不幸の始まりであった。
春の時はタクシーでの移動だったが、今回はバスで。
バスから降りると、二人は美月の手を引っ張ってファストファッションの店に。
今回の買い物は八神麻実のためのもので、インテリア雑貨や電気製品、その他諸々のはずなのに、どうして真っ先にここに入店するのかという疑問を美月が口に出す前に、試着室の一室を陣取って、簡易のファッションショーが催されることに。
モデルはもちろん美月。
「服はもういいよ」
そう言って、簡易のファッションショーを中止させようとしたが、
「だって秋物の服を揃えないと」
少女の姿になってから春夏と過ごしてきた、秋物の服は持っていない。
しかしながら、まだまだ暑い。
「そんなの必要ないよ」
と、反論。
「けど、早めに揃えておいたほうが。ほら、備えあれば憂いなしって言うじゃない」
たしかに言うが、それにしてもまだ早すぎる。それに美月自身は少々季節が秋めいてきても、今着ているもの、もしくは春物をそのまま着て、それで少しくらい肌寒いと感じるならば、何か羽織るものがあればいい、という認識であった。
簡単に言えば、この少女の姿になっても全然ファッションには興味はわかずにいた。
言い争いとまでいかないが、ちょっとした美月と桂の対立が。
そんな二人の間に、両手に子供服を持った八神麻実が。
「シロ、はいこれ着てみて」
いつの間に服を選んでいたか。ハンガーのついたままの服を差し出される。
美月は逃げ出したいような心境に。
桂一人が相手でも大変なのに、八神麻実も加わるとは。
逃げ出すのは簡単とまではいかないが、それでも十分実行可能だった。
しかしながらそれを行えば、店に被害が出てしまうかもしれない。
同じような力を持つ八神麻実がいるのだ、両者が互いに本気を出さなくとも周辺には何かしらの悪影響がでるのは必至。
「……分かったよ」
そう言いながら、美月は八神麻実はから服を受け取り試着室で着替える。
八神麻実の持ってきたのは、チェックのハーフパンツにボタンダウンのシャツ、そして何故かサスペンダー。
少年のような装いで、これならば桂の選ぶ服よりも遥かにマシであった。
「いい、あたしもこういう服を着てみたかったなー」
試着室のカーテンを開け出てきた美月を見て八神麻実の言葉。
病弱で、幼い頃からずっとベッドの上でパジャマで過ごしてきた八神麻実の代償行動だった。自身ができなかったことを他者に、この場合は美月に。
健康になった現在自身でそれを楽しめばと思わる読者諸兄もいると思われるが、この手の衣装を着るのには八神麻実の胸は大きくなりすぎていた。そのアンバランスさが良いという意見もあるだろうが、八神麻実自身は今の自分の体型には絶対に似合わないと思っている。
「良いとは思うけど、やっぱり稲葉くんにはヒラヒラやフワフワのついたガーリッシュな服のほうが絶対に似合うと思うけどな」
そう言って、今度は桂が服を選んでくる。
先程の言葉通りの服。
試着室の中で美月は嘆息した。客観的に見て伊庭美月の容姿にこの手の服装は似合うとは思うが、本音を言えばあまり着たくない。
だが、着ないと言えば桂が悲しい顔をしてしまう。
それにこれまでだって何回も着ている。
覚悟を決めて試着する。
「ほら、絶対にこっちだって」
「そうかな。ちょっと待ってて、もう一回選んでくる。さっき他に悩んでたのがあったんだ」
そう言い残して八神麻実は売り場へと。
桂と八神麻実の、美月をモデルにしたコーディネート対決が勃発。
それだけでも美月は大変なのに、どういうわけだか店員さんも参戦してしまう。
三つ巴の争いの渦中に美月は。
もう何度目だか分からない試着を。
そんな美月に、左手のクロノグラフ、モゲタンが声を。
〈諦めろ〉
慰めの言葉でもかけてくれるのかと思いきや。
たしかにこの状況では致しかたない。そう思いながら美月は桂が選んできた服の袖に腕を通し、自分では絶対に選ばないスカートを穿いた。
三つ巴の、美月をモデルにした競い合いは昼過ぎまで。
しかしながら、美月は試着をした服を一点も買うことはなかった。
というのも、美月の身体は十代の成長期、早くても二ヶ月先に着ることになる秋物を今購入しても、いざ着用する段階になったら小さくて着られない可能性だってある。
ならば、もう少し先に購入したほうが。それが美月の意見だった。
その意見に桂と八神麻実は、少し大きめの服を買っておけばいいと共通の意見で反論するが、またその時に選べばいいと。
この言葉に二人は素直に従った。そこにはまた美月を着せ替えて遊ぶことができるという心理が。彼女たちの目的は服を買うことではなく、美月を着飾って愛でること。
それでも散々試着したのに何も買わずに帰ってしまうのは申し訳ないと思い、桂と八神麻実が協議し、厳選したものを購入しようとしたのだが、コーディネート対決に参加した店員さんに「いいですよ、無理に購入なされなくても。コチラも眼福でしたから」と、満面の笑みで言われ、それでやはり申し訳ない気持ちがあってアンダーウェアと靴下をレジに。
その後、遅い昼食を。
春に来た時と同じイタリアン系のファミレスに。あの時は二人だったが、今度は三人で。
前回は平日だったのでランチタイムがあった。
だが、今日は日曜日。
桂はクリーム系のパスタを、八神麻実は大きいサイズのピッツァを。
二人でシェアしながら食べるつもりでいた。
そしてその後はデザートを堪能するつもりだった。
一方美月は、ペペロンチーノに、若鳥のグリル、さらにはハンバーグと若鳥のグリル。
食べ過ぎなのではと桂が心配したが、美月は食べたい心境だった。
その理由は、先程までのコーディネート対決でのモデルを務めていたことが、美月自身も気が付かいないうちにストレスになって溜まっており、無意識のうちに食べることで昇華しようとしていた。
注文した料理がテーブルの上に並んでも楽しそうに話している桂と八神麻実をよそに、美月は黙々と手を動かし料理を口に運んでいた。
その手が急に止まった。
美月の脳内に警告音が。
「おい、もしかして」
潜むような声で美月が言う。データが出現した合図だった。
〈ああ、この近くに出現した〉
左手のクロノグラフ、モゲタンが答える。
「シロ、これって」
八神麻実も美月同様に感じ取ったみたいだった。
「うん、この近くに出たみたい。だから、行かなくちゃ」
そう言い残すと、美月は立ち上がり店から出ていく。
人の多い場所。甚大な被害が出る前に回収しないと。
「あ、あたしも。デザインした衣装が、実際どんな風に見えるのか、この目でじかに確かめたいし。そうだ、桂も一緒に行く?」
美月と同じように席から立ちあがった八神麻実は、桂に同行するか尋ねる。
「うん、いい。私が行っても邪魔になるでしょ」
桂は静かに首を振った。
「大丈夫だよ。あたしが守ってあげるから」
「いいの。……それよりも稲葉くんのことをお願いね」
「……分かった、任せておいて」
そう言うと、八神麻実は美月を追って店から飛び出していった。
「変身するぞ」
ファミレスを飛び出し、走りながら、人気のないことを確認し美月はモゲタンに。
〈了解した〉
モゲタンの返事とともに、美月の小さな身体が光を帯びる。
次の瞬間、美月の姿が変わる。
マイヨ・アルカンシェルと呼ばれる世界チャンピオンだけが着ることを許されたサイクルジャージをアレンジして、本家では白地のジャージに胸のあたりに虹を象った五色のストライプが施されているが、美月のものはピンク、黄色、赤の三色。長袖の袖は左側だけが肩のあたりから黒色で、袖先まで一本の細い黄色いライン。下半身はサイドがピンク色の白の膝まである七分丈のサイクルパンツを模したものにそれを覆う薄い桜色、これは桂が強く要望したヒラヒラしたサイクルスカート。そして足に赤のラインの入った白地のブーツ。これは桂と八神麻実の強い意見で、美月自身は踏ん張りのきく靴がよかっただが、脚長効果があって見た目が良いと押し切られてしまう。それからサイクルグローブと同じ指ぬきのグローブ。さらに美月の意見で顔を隠すためのアイウェアに、ピンクにアクセントのある白色のサイクルヘルメット。これは検索しているうちに偶然発見したお酒と一緒の名前のヘルメットに美月が一目惚れをし、それに桂の趣向が加わって出来上がったもの。そして最後に、ヘルメットの後方両サイドから飛び出した金色のツインテール。
これが美月の、三人で協議して八神麻実がデザインした、新しい変身の姿だった。
というわけで、伊庭美月は魔法少女、もどき、ではなくなりました。
完
ではなく、伊庭美月の物語はもう少し続きます。
アルカンシエルの色数が間違っていたので修正しました。




