悪戯大作戦
九月一日、つまり二学期の初日。
美月は朝早くに家を出た。
これは別に新しい学期に入り心機一転勉学に励む旨を行動で示すために、先学期よりも早く登校した、というわけではなく本日より同級生となる八神麻実と一緒に通学するためだった。一学期の始めには美月も同じことを。厳密にいえば転校でないがそれでも諸々の手続きがあるため。
一緒に来ても美月には何かできるようなことはなかった。
普段通りの登校時間でもよかったのだが、八神麻実から一緒に行ってほしいと懇願され、その言葉の奥に不安な気持ちを感じ取った美月は、まあそれで微力ながら力になれるのならば思い、承諾。
早く来たのはいいがすることもなく、教室の中で一人待ち惚け。
そのうちにクラスメイトが集まってくる。
どの顔も元気そうだった。
それを見て美月の中に安心という言葉が。
誰一人欠けることなく、また大きな怪我を負うことなく集う。
当たり前のようだけど、これって実際には凄いことなんだよな、と大人目線の考えが。まあ、美月の中身は稲葉志郎で一応大人であるが。
チャイムが鳴り、担任が教室の中へ。
その後ろに続く影が。
八神麻実の入るクラスは、どうやらこの教室だったらしい。
美月はちょっとだけ驚いたが、冷静になって考えてみると、先学期の最後に美人がこのクラスから転校で去っている。つまり丁度一人分の欠員があるわけだ。
そこに八神麻実が納まった。
至極当然ともいえる。
そう納得しかけた美月の耳に悲鳴のような大きな驚きの声が。
声の主は、仲の良い知恵、文、靖子の三人。
何故この三人から突如としてそんな声が飛び出したのか。
それには理由が。
それを語るために、昭和の大アイドルのようにプレイバック、もとい時間を少々遡りたいと思う。
八月三十一日、つまり夏休み最後の日、美月は知恵、文、靖子と一緒に池袋へと遊びに来ていた。
見た目は少女だが、中身は三十路前の男。現役の女子中学生たちとは趣味趣向で色々と理解できないながらも付き合うこともあるが、今回は美月自身も池袋に来ることに乗り気だった。
というのも、最近観始めたアニメの舞台に少しだけなっていて、その場所を訪れ、ちょっとした聖地巡礼気分に。
その後も四人で。
楽しい時間であった。
そんな美月達の前に突如として現れたのが、八神麻実だった。
池袋に姿を現した八神麻実に美月は困惑した。というのも、事前に一緒に遊びに行くかと尋ねたが、その時は渋って断っていた。
それなのに今、目の前に。
どうして?
心変わりでもしたのだろうか?
戸惑っている美月をよそに、いかにも偶然という体をしながら、八神麻実は年下の少女たち相手に楽しそうに自己紹介をし、楽しくお喋りを。
そう、この自己紹介がポイントだった。
そこで八神麻実は自分の年齢が十六歳であることを告げている。
当然、三人の女子中学生は年上の少女を高校生くらいと思っていた。
それが突然、自分たちと同じ教室に。
驚くのも無理のない話だった。
「ビックリしたで、ホンマ」
面倒な始業式が終わり、それからホームルームが済んで、自由な時間になってから、知恵と文、それから靖子が八神麻実の席の周りに集まってきた。
美月も当然、その場に。
「その、驚く顔が見たかったから」
悪戯っぽい笑みを浮かべながら、少しだけ勝ち誇ったように八神麻実が言う。
「ホンマ、人が悪いわ」
「ゴメンゴメン」
「けどさ、昨日言ってくれればよかったのに。そうすればこんなに驚くことなんかなかったのにさ。変な声出して、教室中から注目されて恥ずかしかった」
これは文の言葉。
「そうですわ。美月ちゃんも教えてくれれば」
「……えっと、ゴメン」
美月はその場で明日から年上の八神麻実が同級生になるとみんなに伝えるつもりであった。それを口に出そうとした瞬間、邪魔が入った。
邪魔をしたのは八神麻実だった。三人が見えない位置で美月の足を踏み、妨害していた。
これは話すなという合図、美月はそう察し、その後もずっと話題にせず。
だから今まで内密にしたままだった。
「しろ……じゃなく美月ちゃんには、あたしが秘密にしておいてって言っておいたの」
いつもは志郎呼ばわりだが、昨日の八神麻実は美月のことを「美月ちゃん」、と。
本当の名前を明かされてしまうのではと、昨日は少しヤキモキしてが、八神麻実はさいごまで馬脚を現すことなく、見事に年上のお姉さんを演じきっていた。
それなのに、ここで油断していたのか、いつの呼び方をしてしまいそうに。
「しろって、何のことですか? 美月ちゃんのこと?」
「え、変だよ。美月ちゃんの名前に、しろ、なんて文字入ってないよ」
「なんか、怪しいな。どういうことやねん、美月ちゃん」
一瞬でピンチに。
どう答えて窮地を切り抜けようか考えるが、名案が浮かんでこない。
それどころか、頭の中が白くなっていくような感覚に。
「……ああ、それはね、……初めて会った時に白の服だったから。……それからなんとなくだけど、春日部在住の四人家族のペットの白い犬みたいと思って。それに小さくて可愛いのにしっかり者のところがちょっと似ているかなと。それで、シロって呼んでいるの。……本当の理由は違うんだけど、それは秘密」
立て板に水のごとく、八神麻実の口からスラスラと言葉が。
そして最後の言葉は美月だけが聞こえることができるような小さな音で。
まあ、それは絶対に秘密にしてもらわないと。
それより、たしかに最初の邂逅は、魔法少女の姿だったから光の加減によっては白色に見えないことはないけど。けどしかし、そんなに自分は犬みたいに見えるのかな、と美月は考え込んでしまう。
「そうかなー」
「美月ちゃんは犬なんかじゃありません。まあ、可愛くてしっかり者のところは同意しますけど」
靖子の声。
しかしながら、そんな声を無視して、
「上官の命令で知らずに毒ガスを散布してしまい、精神を病みそうになっている人とおんなじ声の犬か」
と、知恵が言う。
「流石ね」
「いやいや、そっちこそ。昨日はウチの横島ネタに的確なツッコミも入れてくるし。それでいて偶にコッチを試すようなボケも言うし」
昨日はこの二人、ディープな、文靖子そして美月が全然付いて行けないような話題で盛り上がっていた。
「そちらこそ。もしかしてと思っていたけど、北道正幸ネタをちゃんと理解してくれたし」
「まあ、アフタヌーンは小っちゃい頃からオトンが買ってきたん読んどったし」
八神麻実と知恵は歩み寄り、固い握手を。
「そんなことよりも、どうして美月ちゃんが犬なんですか?」
「まあ、ええやん別に。感じ方なんか人それぞれやろ」
「……まあ、確かにそうですけど」
「それよりもさ、呼び方どうする? 昨日みたいに麻実さんでいくのか、それとも同級生になったんだから年上扱いは嫌だとか」
「別に好きに呼んでくれていいわよ」
「それじゃ、マミマミね」
「OK」
「ウチはどうしようかな」
「美月ちゃんは普段は何て呼んでいるの?」
「僕は、麻実さん」
「じゃあ、私もそうしようかな」
「あ、アンタは駄目」
そう言いながら八神麻実は靖子を指さし、言葉を続ける。
「アンタはあたしことを、八神さんか、麻実様、それかお姉さま、の三つから選択すること」
突然の言葉に虚を突かれて、靖子は困惑し、黙ってしまう。
それでも生来真面目な彼女は、必死に頭の中でどの呼び方にすべきなのか考える。
「ップ……ハハハハ……いやー、ホントこの子真面目だわ」
堪えきれないように笑いながら八神麻実が言う。
「……へっ?」
間の抜けたような音が靖子の口から。
「ジョウダン、冗談だから。好きに呼んでいいから」
「まあ、それは置いといて。美人が居らんようになって寂しかったけど、麻実さんが加わった。これで新生仲良し四人組の誕生や」
「……ちょっと、また私だけのけ者にしないでよ」
驚きから立ち直った靖子が知恵に。
「やっぱ、イジリがいがあるな」
その後しばし、知恵と靖子のやり取りが。
それを楽しそうに見ている八神麻実。
ということで、八神麻実が美月達のグループに加わった。




