家族会議+オマケ 3
美月は、というか稲葉志郎であった頃から、あまり装飾のない装いの服が好きだった。
これは単に貧乏でお金がなく、服装にあまり金額をかけられなかったという理由もあったが、学生時代からシンプルなものを好んで着ていた。
周囲の人間が思春期に入り、他人の目を気にするようになり色気づくような時期にも、シャツとジーンズという簡単なものを。
色々とあって伊庭美月として桂と暮らすようになってからは、桂の好みに合わせて可愛い服を着ていたが、本心は装飾のついた服よりも動きやすく着心地の良いものを。
それでも桂が喜んでくれるのならと我慢し、今ではもうすっかりと慣れてしまった。
慣れてはしまったが、好みが変化したわけではない。
そこで突如として美月の頭の中に浮かび上がったのが、サイクルジャージ。
知識としてはマンガで読んで知っていた。そしてこの夏、実物を目の当りにした。
伊勢に観光に行った時に桂の兄の文尚が着用していた。
色彩こそ派手であったが、そのシンプルで無駄のないシルエットを美月はカッコイイと思った。
そう無駄のない。これも重要なポイントだった。機能美という洗練された要素も美月の好むものだった。
サイクルジャージというのは伸縮性に富み、皺になり難く、そして身体にフィットしてロードバイクの最大の敵、風の抵抗を受けにくくなっている。
そういった特性を全て理解したわけではないが、美月の中に訴えてくるような要素があったのは事実である。
だからこそ、こうして頭の中に浮かんできたのだ。
「……サイクルジャージってお兄ちゃんが着ていたのでしょ」
美月の突然の言葉に驚いていた桂が口を開く。
「うん、そう」
「あれってあんまり可愛くないような気が」
桂のとって重要なのは可愛いかどうか。
「それなら可愛いデザインのあるよ、たしか」
これまた桂同様に驚いていた八神麻実が。
素早くキーボードを叩き、検索する。
美月と桂はモニターを注視する。
「これ。これは『茄子、アンダルシアの夏』というアニメ映画のジャージなんだけど、象のマークが可愛いでしょ」
画面に出てきたサイクルジャージは紫を基調にして可愛らしい象が真ん中に。
「あ、いい。これなら可愛いい。けど、色は今一かな」
「なら、色というかデザインは変更してとか」
「そうね、形はシンプルだけどデザインで可愛らしさが出せるのなら、これでもいいかも。……でも、男の人の画像しかないよね。レディースというか、稲葉くんが着るのならキッズ用を参考にないと」
「ちょっと待っててね、今検索するから」
再び盛り上がる桂と八神麻実。
モニター上にはサイクルジャージを着た子供が。
「いいかも。ちょっとブカブカな感じが可愛いー」
ピッタリとフィットした感じが好ましいと思っているのだが、それでは意図と異なってしまう。
異論を唱えようとしたところに、
「この手の服は身体にフィットしているのがいいのよ。ねえ、志郎」
思わぬ援軍が。
同意するように激しく首を縦に降る。
「でもさ、そういうのって胸があったらメリハリがついて良いと思うけど、稲葉くんはまだ胸が膨らんでいないし」
寸胴体型とまでは言わないが、確かに美月の身体つきはまだ幼くメリハリがない。
「身体は変化できないんでしょ」
「うん」
「だったらさ、中にアンダーウェアを着用して、胸のところにパッドかなにかを仕込んだら。そしたら桂が言うようなメリハリもつくと思うけどな」
この言葉を聞き美月の中に一つのアイデアが。
「それいいかも。形を作るというよりも胸部の防御ができる。……可能か?」
身体の大事な箇所を戦闘時に保護する、悪くない観点だと思い、美月は左手のモゲタンにそれが可能かどうか問うた。
〈可能だ〉
「できるって」
「それじゃこれでいい。ちょっとラフデザインを描いてみるけど。あ、思いついたアイデアがあったらどんどん言ってね」
そう言って八神麻実は持参したスケッチブックにペンを落とそうとした。
「ちょっと待って」
それに桂がストップを。
「何?」
「上はいいけど、下もなんか変なパンツを穿くんだよね」
「サイクルパンツのこと」
「そう、それ。オムツみたいな感じだったような気が」
長時間自転車に乗ると臀部の痛みに悩まされてしまうことがある。それを解消するためにサイクルパンツにはインナーにパッドが縫い付けられており衝撃を緩和するようになっている。その為、お尻の部分が膨らんでおり、桂の言うようにオムツのように見えてしまうことも。
「ああ、確かにそう見えるかもね」
ネットで画像を検索した八神麻実が言う。
「それになんかちょっとエッチというか卑猥な感じもするし」
モニター上に出ている画像を見ながら桂が。
「え? どの辺りが?」
美月には卑猥に感じる部分が分からずに訊く。
「ここ……股間の部分」
少し恥ずかしがりながら、モニターに映し出されたサイクルパンツを穿いている男性の股間部分を指さしながら桂が。
パッドの縫い付けのために、桂の言う通り股間部分が強調されるようになっていた。
〈こんなものが在るぞ〉
この案は却下されてしまうのかと落胆しそうになっている美月にモゲタンが助言を。
「……サイクルスカートというもが存在するんだって」
「サイクルスカートね」
八神麻実が声を出しながら検索する。
「これ凄く良い。可愛いよ」
モニター上に映し出された画像を見て桂の声。
ミニでフリルの入ったデザインは桂の好みだった。
美月自身の意見は、このような余計な装飾品は不必要なのだが、世の中我を押し通すだけは物事は進まなく、時には妥協も必要であると知っている。
モニターを見ながらはしゃいでいる桂に美月は何も言わなかった。
「それじゃ基本デザインはこのラインで。後はベースのカラーはどうする? あたしの対になる白でいいの?」
「あ、黄色がいいな」
と、美月。
別に黄色が特別に好きな色ではない。
これは桂の実家で、文尚にツール・ド・フランスの本を見せてもらい、その中で総合成績トップの選手に与えられるマイヨジョーヌと呼ばれる黄色いリーダージャージが強烈な印象を美月の脳内に植え付けたからだった。
「えー、ピンクがいいよ。その方が稲葉くん、というか美月ちゃんに似合うと思うし」
桂の意見。
「あ、だったらさヒーローみたいに赤なんてどうかな」
これは八神麻実の意見。
黄色とピンク、そして赤。
奇しくもグランツールと呼ばれるロードレース界における三大レース、ツール・ド・フランス、ジロ・デ・イタリア、ブエルタ・ア・エスパーニャ、それぞれのリーダージャージの色が出揃った。
また三人意見が対立とまではいわないが、ちょっと面倒なことに。
真夏の夜の話し合いはまだまだ続きそうであった。




