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家族会議+オマケ


 八月二十九日、午後。

 美月みつきは夏休みの課題を全て終わらせることに成功した。

 もちろん個人の力で全てを成し遂げたわけではなく、周囲の人間の多大な協力を得て達成できたことではあるし、学習として本来の役割を果たしたのかといえば疑問ではあるが、それでも完了したのは事実である。

 しかも余裕を持って。

 これで明後日、後顧の憂いもなく遊びに行けると美月は内心安堵した。

 と、同時に感謝も。

 八神麻実がいなければ課題はまだ終わってはいないはず。

「ありがとう、手伝ってくれて」

「別に。だって、志郎には色々とお世話になっているし」

 手伝ってくれたことへの礼を美月が述べると、八神麻実は照れくさそうな顔しながら、こう答えた。

 たしかに中学への編入の件では骨を折ったし、毎日の食事も一緒に作っている。 

 が、それはそれ、これはこれである。

 見た目は少女だが、中身は歴とした大人である。

「何か食べたいものある? お礼にリクエストに応えるよ」

 大人ではあるが、これ位のことでしか返礼できない。

「えっとね、じゃあ……」

 しばし考えた後で、八神麻実の口から出た言葉は食事のリクエストではなかった。

「志郎の衣装のデザインをあたしにさせてくれないかな」

「デザイン?」

 予想外の言葉に美月の思考が追い付かない。

「だって、魔法少女のコスプレから変更したいんでしょ」

 偶然の産物によって、あのような魔法少女の恰好になってしまった。それを変更しようとしたけど、決まらずにグダグダになったことが。

 不慮の出来事によって、稲葉志郎が伊庭美月になってからの記録を全て八神麻実は有している。

「うーん、でも……」

 美月は口ごもってしまう。

 というのも、八神麻実の変身後の姿は銀色の髪に扇情的な衣装の人魚。

 美月自身としては特にこだわりはなく、どんな姿でも問題はないのだが、露出の多いものはかつらが難色を示してしまう。

「大丈夫、任せて。桂も納得するようなデザインにするからさ」

 その辺りの記録もちゃんと八神麻実は認知していた。

 以前から、あの格好から脱却を考えていたのは事実である。

 しかし、絵心のない美月と桂では変更が叶わなかった。

「それじゃお願いしようかな」

「任せて。それじゃ夕ご飯まで二人が満足するような良いものを考えてくるからね」

 そう言い残すと、八神麻実は自分の部屋へと飛んで帰っていった。

 

「あたしはこんな風にしているんだ」

 三人で囲む夕食後、一度デザイン資料を自分の部屋へと取りに帰った八神麻実を待ち、あの日グダグダで、痴話げんかへと移行してしまった美月の変身後の衣装の会議が、助っ人参入で再開された。

 その冒頭で桂が八神麻実はどんな姿に変身しているかと問い、「じゃあ、今から見せてあげる」と得意気に言いながら変身。

 その姿は、美月が知っているものとは別物だった。

 人魚の姿ではなかった。

「えっとね、志郎から貰った記録でゴスロリの衣装がすごく可愛かったから、あたしもそんなの着てみようかと思って、それで色々とネットを漁って良いのないかなって探していたら、元総理が読んでいたという噂のマンガの某人形キャラの衣装がイメージにピッタリだったから、それを参考にしてデザインしてみたの」

 八神麻実の姿は、銀色の髪は変わりないが、ゴスロリ衣装を参考にした少し紫の入った黒のスカートとコルセット、その上には白色のブラスと黒の上着、そして以前は魚の部分になっていた脚は編み上げのブーツで覆われている。さらには背中に漆黒の羽が。

 ブーツだから気を使ったのか八神麻実は宙に浮きながら、クルリと一回転し、全身を美月と桂に披露する。

「すごく、いい。稲葉くんもこんなのに変身しようよ」

 うっとりした口調で桂言う。

 以前美月にゴスロリの服を着せたのは桂である。

 それは代償行動であった。自分では着られない服を代わりに美月に着せる。

 つまるところ、この手の衣装は桂の好みだった。

「それじゃあたしとお揃いにしようか。志郎の色は白メインで」

「あ、それいいかも」

「でしょ。まるで二人はなんとかみたいな感じで」

「それはよく分からないけど、白と黒の二人が並んだら絵的に映えそうだよね」

「そうそう」

「それじゃあさ、もうこれで決定にしようか」

「あでも、この服のデザインで一番大切なことを説明していない」

「それは何?」

 当事者をよそに、年齢の異なる女性二人は盛り上がっていく。

「それでこのデザインの一番大事なところは、この部分なの」

 そう言って八神麻実が指示したのは上着の後ろ部分。

 隠れている個所だった。

「そこが?」

 上着の後ろ部分が二つの別れているだけで、他の部分に比べるとシンプル。

 到底一番大事な部分とは思えなかった。

「これはあの子のことを絶対に忘れないようにという想いでデザインしたの。あの子はあたしの大事な友達だったから。ほら、この二股に分かれている部分があの子の尻尾みたいでしょ。なんか、えんび服とかいうのを基にしてみたんだけど」

 慈しむように、愛おしむように八神麻実は言う。

 たしかに言われてみればあのペンギン型データのようだと美月は思った。

「えっと、ゴメン。あの子って?」

 桂は事情を知らない。

「ナガシマで俺が回収したデータ。ペンギンの形をしていて、それで麻実さんの友達のような存在だった……のかな」

 簡単な説明を。最後尻つぼみになったのは、これで合っているのか分からないから。

「…あの……えっと、八神さん」

「麻実でいいから。あたしも桂のことは名前で呼んでいるんだし、名字で呼ばれるのは他人行儀みたいで嫌だから」

「うん、了解」

「それで桂、さっきあたしに言おうとしていたことって何?」

「うーん、……麻実ちゃんが納得しているのなら、私が口を挟むようなことでもないし」

 桂はちゃん付けで。

「えー、気になるから言って」

「でも……」

「ほら、早く」

 促されて桂の重い口が動く。

「……あのね、燕尾服って燕の尻尾という意味なの」

 申し訳なそうに口調で桂が言う。

 桂の言葉を聞いた瞬間、八神麻実は全財産をFXで溶かしたような表情になり、

「……えっ」

 そして小さな声が口から洩れ落ちた。


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