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宣戦布告 続き


「絶対に怒ると思っていたけど」 

 夕食がすみ、その後しばし滞在していた八神麻実も自分の新しい部屋へと帰宅し、後片付けをしている最中にふいに美月みつきかつらに投げかけた言葉が先のものだった。

「怒るって?」

 美月の言葉の意味を呑み込めずに、桂は小首を傾げながら尋ねる。

「いや、あんまり遠慮がなかったし、それに年下だけど呼び捨てだったし」

 八神麻実の、不躾というか遠慮というか配慮のない態度は美月に対しても同様ではあったが、美月はそれを不快とは感じなかった。しかしながら、世の中全ての人間が同じ感情でいるわけではない、そこに差異が生じるのは世の理である。そして顔には出さなかったものの、実は内心怒っていたのではないのかと思い至った。

「そんなんで怒らないわよ。だって、あの子まだ子供でしょ」

 笑いながら桂が言う。

 桂の口から子供という言葉が出てきた瞬間美月は考えてしまった。

 はたして八神麻実は子供なのだろうか? たしかに法的な観点からいえば彼女はまだ未成年。子供なのかしれないが、結婚可能な年齢でもある。その年の人間を子供扱いしていいのだろうか。

 解釈によって十人十色、人それぞれだろうが、美月には桂がなにをもって子供と言ったのか理解できなかった。

 どう見てもあのバストは子供のそれとは違うのに、と少しばかり邪な方向へと思考が逸れそうになるのを制御し、

「子供?」

 と、尋ねる。

「ずっと病院で過ごしていて、他の人との距離感がまだ上手く計れないんでしょ。そんなのは小さい子によくあることだから」

「なるほど」

 桂の言葉に美月は納得できた。

 たしかにあの距離感の無さは子供のように思えた。

「だからさ、稲葉くん頑張ってね」

「へっ、俺が何を頑張るの?」

「原級留置のこと」

〈ワタシ達が今日、八神麻実のために駆け回ったことだ〉

 桂の口から出た単語の意味が分からずに聞き返そうとした美月に左手のモゲタンが簡素な説明を。

「あれ、だけど、ちょっと意味合いが違うか。原級留置だと義務教育期間の留年だから……。この場合はどう言っていいんだろ?」

「いい、分かったから。俺が頑張ってどうなるようなことじゃないけど、まあ八神さんの希望が通るように力を貸したいとは思うよ」

 尽力するのは美月ではなく、左のモゲタンだ。

「学ぼうとする意志はすごく大切なことだと思うの。それも遠回りするかも知れない道を選んでまで。そういう子は応援しないとね」

「なんか教育者みたい」

「失敬な。私は教育者だよ。それに前に稲葉くん試験勉強を教えた時には褒めてくれたのに」

 その時は教師として褒めたのであって、今度のは教育者。

 似ているようで、少しニュアンスが異なるのだが、説明するが面倒なので答えない。

 と、同時にもう一つ隠していることが。

 長い月日付き合ってきた彼女だけど、こんな一面もあったのかという再発見が。その新鮮さが嬉しくてしみじみしてしまう。

「あっ、笑ってる。教育者ぽくないって思っていたんだ」

「違うよ、そんなこと思ってない」

「本当に?」

「ああ。それよりさ、さっさと洗い物終わらせてしまおう」

「うん。あっ、私が洗うから稲葉くんは食器を下げてくれる」

「了解」

 機嫌が良いのか桂は鼻歌で交じりで食器を洗う。

 そんな桂を美月は後ろから抱きしめた。

 ちょっとだけに肉付きの良いお腹周りに手を回す。

 昔は美月、稲葉志郎の方が、背が高かったから、こういう後ろから抱きしめるような行為も一応画にはなっていた。

 しかし、現状は美月の方がはるかに小さい。

 現にこの光景は母親の背中に縋りつく小さい子といった感もある。

「どうしたの稲葉くん、突然?」

 美月の行動に驚き桂が問う。

「……ありがとな」

「何? どうしたの?」

「一緒に生きていきたい、支えていきたいって言ってくれて」

「……あれは私の想いだから」

 二人の声が途切れ、シンクに流れる水の音だけが部屋に。

 良い雰囲気に。

 互いの柔らかい唇が接近しあい、もう少しで接触するという瞬間。モゲタンから美月の脳内にシグナルが。

「……来る」

「出たの? すぐに回収に向かうの」

 桂の表情から先程まであった甘く柔らかいものがなくなり、少し険しいものに。

「違う、そうじゃない」

 玄関のドアが勢いよく開く音がした。

 そして、

「引っ越したばかりだからシャワー出ないの忘れてたー。それと電気もまだ来ていないから今日はここにお泊りしていってもいい?」

 お風呂セットを持参して八神麻実が舞い戻ってきた。


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