ばんがいへん 5
「おっ、また来たなー」
エレベーター前のスペースでの上演だが、フードコートからはエスカレーターを利用した方が便利だった。
昇ってくる美月の顔を見つけ、紙芝居の人が声をかけてくれる。
「はい」
美人を伴い、近付いていく。
「それでその子が先週言っていていた名古屋へと引越してきた友人?」
「はいそうです。新井美人さんです」
「君たち本当に同い年なの? 結構体格差あるよね」
ローティーンにも満たない肉体年齢なのに中学二年生として生活している美月、クラスの女子で一番背が高かった美人、この二人が並ぶとこんな言葉がつい出てしまうくらいの身長差があった。
言われた途端、美月の後ろにいた美人がその高い身長を隠すかのように屈める。
「あ、ゴメン。初対面なのに変なことを言っちゃたかな。まあ、それはさておき楽しんでいってよ」
相変わらずの上演前のあまりやる気のないような声。
「ええ、しっかり勉強させてもらいます」
そう挨拶をして美月は美人と一緒に前回座ったのと同じ一番後ろのベンチへと腰を下ろした。
今週は先週とは違い美月以外にももうお客さんが来ていた。
「……びっくりしたー」
腰を下ろすと同時に美人の口から小さな声が漏れ出た。
これはもしかしたら独り言だったのかもしれないが、美月の耳にしっかりと届いていた。
「何に驚いたの?」
「えっ、……紙芝居をあんな男の人がするとは思わなかったから」
そういえば紙芝居の上演がすごい、と電話で話したがどんな人間が上演しているまでは説明していなかったことを美月は思い出した。
改めて紙芝居の人の顔を見てみる。
日に焼けたちょっと濃い顔。たしかに紙芝居の上演をするようには思えない。
時間になった。
紙芝居の上演が始まる。
前回同様、いやそれ以上かもしれない。台座を開けた瞬間に雰囲気が一変する。
「四人の賢者」
雑多な音であふれているショッピングセンター内に優しく響く音。
「あ、美月ちゃんの声の出し方と一緒だ」
本来ならば上演中は静かにしておくのがマナーなのかもしれないけど、これだけ音があふれている空間ならば多少は話をしても大丈夫だろうと美月は考え、
「うん。でもこの人のは、僕よりもはるかに凄いかから。絶対に驚くと思うよ」
そう言って美月は紙芝居を観ることに集中した。
四人の賢者の声を見事に演じ分けながら紙芝居を。
美月はチラリと横の美人の表情を盗み見た。
まさに驚愕といった顔をしていた。
彼女が驚くのも無理のない話だろう。実際美月も前回観た時に驚いた。
こんなにも巧みに声を変え、調子を変え、変化をつけて紙芝居の上演をするなんて想像もしていなかったから。
あの時もしかしたら自分もこんな顔をしていたのだろうかと美月は考えてしまうが、そんな余計なことに頭を使わないで、今は観ることに集中しないと、楽しまないと。
今後この題材の紙芝居を観ることがあるかもしれない。だけど、この紙芝居の上演を観ることができるのは今だけ。
一期一会、同じ上演は二度とない。
上演が終わる。拍手をする。
横にいる美人も少し恥ずかしいのか小さく手を叩いている。
それでも満足したような様子だった。そして彼のする紙芝居に魅了されたようだった。
連れてきて正解だったと美月は思った。
「ねえねえ、紙芝居ってどう観たらいいのかな?」
次の作品の準備をしている間に美人が美月に問う。
「普通に観ればいいんじゃ」
「そうじゃなくて、……画を見るのがいいのか? それともお兄さんのお芝居を観るのがいいのか?」
この紙芝居の人の上演方法は特殊だった。
台座の横で身体を動かして、芝居をしながら上演をしている。
美人の指摘はもっともだ。
先週美月も同じようなことを考えながら、最初は観ていた。
「自由に観ていいんだって。画を楽しむのもいいし、芝居を観るのもいい、声だけ楽しむのもOKだって言っていた」
同じように懐いた疑問をぶつけ、それで返ってきた演者の見解を伝える。
「そうなんだ」
「あ、でも、一番観てほしいのは下半身の芝居。それに見えないけど、足の裏で芝居をすることを心掛けているって」
「……どういう意味なの?」
小さく首を傾げながら美人が訊く。
「よく分からない」
一応説明を聞いた。なんとなくは理解したけどあやふやだ。
まあ当の本人も完全に理解しているわけじゃない。試行錯誤の繰り返しと言っていた。
そうこうしている内に次の紙芝居の上演が始まった。
次の紙芝居は「怪盗クワトロの活躍」。
観ている側と一緒に進行していくスタイルの紙芝居。
四択のクイズを出して、それを子供たちが答えていくもの。
この進行の仕方が実に見事だった。まるで昔やっていたヒーローショーのMCのようだという感想を美月は持った。
だが、美人はどうだろうか?
中学生の女子が観るのものとしては内容が幼稚すぎてしまうのでは。せっかく好印象だったのに、これで失墜してしまうんじゃないかという危惧を懐きチラリと見る。
そんな危惧はどこ吹く風といった感じで美人も楽しんで観ていた。
流石にクイズに参加するということはなかったが。
大盛り上がりで、この紙芝居は終了する。
三本目の上演は、落語もの。
「七戸狐」
流暢な関西弁で、軽快な二人組の男のやり取り。
これは子供向けではなく、大人が楽しめる作品。
昔からまあ落語を見るのは好きだったので美月は楽しめたが、そんなものには縁のない生活を送っていた女子中学生にはどうやらちょっと戸惑いの表情が見られた。
それでもまあ要所では笑っていて、楽しめていたみたいだった。
三本の紙芝居を上演したところで、一時の部が終了。




