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里帰り、かんこう 16

 

 先に海面から浮上したのは人魚だった。

「だったら、あたしがあの子のことを大人しくさせるから。それなら文句はないでしょ」

 そう言い残し、未だに海上に浮かんでいるペンギン型データへと飛んでいく。

 遅れて浮上した美月みつきには、今の言葉に反論ができなかった。

 それを言うべき相手はもういない、という意味合いもあるが、もう一つ理由が。それは、自分にとっては最善の行動であって、それが他者にとっては不利益を被ることに。

 データを全部回収しなければ美月は稲葉志郎には戻れない、しかし元には戻りたくないと強く思う人間も存在する。

 頑な思考の人間に何を言っても意見を聞いてはもらえない、ならばこの場はあの人魚に任せてしまおうかと美月は考えた。

 元の姿に戻るのが遅れてしまう。

 しかし、あのまま二人して争い続け周囲に被害を出してしまうくらいならば、この場は。

 ベストを望むのではなく、ベターの選択を。

 見た目は少女だが、中身は色々と経験してきた成人男子。ぶつかり、対立して事を荒立てしまうよりも、引くことによって、一見損をしたように見えるが、結果的には上手くいくこともあると知っている。

 それに都合の良い期待かもしれないが、もしかしたら今後あの人魚の考えが変わる可能性だってあるし。

 そう考えながら美月は尾鰭を大きく動かして夜空を優美に泳ぐ人魚の後姿を追っていた。

「それでもいいか?」

〈ワタシは別に構わない。回収できれば一番なのだが、それが無理であれば後回しにしても問題はない〉

「じゃあ、任そうか」

 視線を人魚からペンギン型データへと移しながら言う。

「……おい、あれ」

〈ああ、進化しているぞ〉

 ペンギン型データは先程までの姿よりも大きくなっていた。そして形そのものには変化はないはずなのに、禍々しさのようなものを感じた。

 嫌な予感がした。

 美月のこの予感は命中してしまう。

 大きく開かれたペンギン型データの口から何かが勢いよく放出される。

 それは圧縮した水の塊だった。

 ペンギン型データ目指して飛んでいた人魚へと直撃する。

 攻撃を受けるとは露ほどにも疑わなかったのだろう、馬鹿正直に真っ直ぐと飛行して人形は、それを真正面から受けることに。

 弾き飛ばされる。

 追撃のための二射、三射目が人魚に襲いかかとうとした。

「助けるぞ」

〈了解した〉

 美月の姿が揺れ、そしてその場から消えた。


 人魚を標的として放たれた圧縮された水の塊は、弾き飛ばされて落下している人魚に当たる寸前で明後日の方向へと軌道を変えた。

 美月が跳んだ先は人魚の前、そこで数枚盾を展開して、二射目三射目の直撃を阻止した。

 しかし、跳ぶことはできても飛ぶことのできない美月は人魚と一緒に落ちていく。

 先程の直撃で人魚は気を失っているようだった。

 手を伸ばし人魚の身体を、というか頭を胸のあたりで抱きかかえ、着水の衝撃に備えた。

 大きな水柱が立った。

「大丈夫か?」

 返事の代わりに、人魚の手が美月の身体を押しのけた。

「これであたしに恩を売ったつもりなの」

 そんなつもりは毛頭ない。

「いや」

「あの子はあたしのオモチャなの。アンタなんかには絶対に壊させないんだから」

「君にアイツが倒せるのか?」 

 データを回収しなくとも、アレの活動を停止できるだけの破壊が人魚に可能であるのならば、この場を任せるつもりである。

「……分からない。……だってあの子、前よりも大分強くなっている」

 その表情から察するには、おそらく人魚の力ではあのペンギン型データには

太刀打ちできないのであろう。

〈君との戦闘、そして複数の相手へ対処を予期して自己進化を遂げたのであろう〉

 モゲタンの指摘は、美月の攻撃を受け、傷を負ったペンギン型データは、人魚に出現により、この複数の存在を倒すために強引に自らの身体を進化させた、力を強大にしたということ。

 厄介だった。

 これまででもずっと飛び回るデータを捕獲できずに手間取っていたのに、それ以上に自由に、そして素早く飛行されたら摑まえることがますます困難になってしまう。

 だけど、それでも……。

「だったら力を貸してほしい」

「はー、何であたしが」

「このままじゃアイツが暴れて大きな被害が出てしまう可能性がある」

 まだ海上に留まっている。しかし、いつ移動するか分からない。そして移動した先が川越の火力発電所方面だったら、大事故になるだけではなく経済的な損失も、そしてナガシマスパーランド方面へと飛行したら、まだ大勢いる人が、そこには桂も含まれている、被害にあうだろう。最悪の場合、大勢の犠牲者が出てしまう可能性も。

「……被害が出るのはあたしも嫌だけど。……でも嫌、もうあんな風にベッドの上での生活は送りたくないの」

 短い時間の間に何度も聞いた言葉。

 昔に戻りたい美月と、戻りたくない人魚。

 美月の脳裏に閃きが。

「……できるか?」

〈詳しく事が分からないので何とも言えないが、ワタシの推測ではおそらく君の事情よりも容易であろう〉

 それじゃ、

「今から君の脳内に俺達の事情を送る。それで手伝うかどうか判断してくれ」

 そう言って美月は人魚の身体に触れた。

 触れた個所からモゲタンがナノマシンを注入する。

 送ったのは伊庭美月という少女になってからの事柄全てだった。

 本来であればプライベートなこと、他人には知られたくないような事情、恥ずかしい事柄は除外するのだが、それらを取捨選択するような時間はなく、全てをさらけ出してしまった。

「……中身はおじさんだったんだ」

「それは今は関係ないだろ。……それで」

「いいよ。飛べなくなるのはちょっと寂しいような気がするけど、今すぐじゃないし。それよりもさ、健康な身体になれるのなら、あたしとしては問題ないし。……でも本当にできるの?」

〈可能限り善処しよう。それがデータ回収への君への対価だ〉

「できるだけなんとかするってさ」

 美月がモゲタンの言葉を要約して伝える。

「じゃあ、交渉成立」

 そう言って人魚は右手を美月の前へと突き出した。

 その手を美月が握りしめる。

 即席のコンビが誕生した。


 あれだけ苦戦していたのがまるで嘘かのように、勝負は一瞬で決まった。

 空中を自由に、まるで泳ぐように飛行できる人魚は美月の小さな身体を抱え、ペンギン型データへと接近する。

 再び、圧縮された水の塊を放たれたが、来ることが分かっていれば射線上から退避して簡単に避けることができた。

 その場に留まっていたペンギン型データは迫る二人から逃げようとした。

 美月という重荷を背負っていて、これは言葉の綾で本当は両手で後ろから抱きかかえ飛行している、ハンデがあるはずなのに、それをものともしない速度差があった。

 ペンギン型データは空中を自在に飛ぶ。これが直線での移動しかできなかった美月が摑まえることに苦戦した理由。しかし、人魚も同じように、いやそれ以上に。

 しばし背後をロックオンする戦闘機のようにつけまわし、その後手が届く距離まで接近する。

「……それじゃ、あの子のことお願いね」

 その言葉と共に人魚は美月をペンギン型データのがら空きの背中へと降ろす。

「うん、任された」

 接触すれば、もうこちらのものだった。

 美月はモゲタンが脳内で指し示す場所に手刀を繰り出した。

 これでようやくデータの回収に成功した。

 原形をとどめておけなくなった身体は崩壊し、美月もろとも海上へと落下していく。

 もう少しで海面に落ちそうな瞬間、スーと宙に浮く。

 人魚が美月の身体を持ちあげる。

 そのまま人気のない地上まで。

「ああ、これであたしの楽しみがなくなっちゃったー」

「……済まない」

「でもさ、あのままだったら大きな被害が出たいたかもしれないんだし。まあ、しょうがないよね。それにあの子がいなくなったといって、すぐにあたしの力が消えてなくなるわけじゃないんだし。当分の間はまだこのままでいられるんだよね」

 現状ではまだ全てのデータを回収する目処など全く立っていない。

「……うん、まあ」

「いいよ。あんたがデータを回収するまでの間、思う存分に楽しんでおくから」

 そう言いながら人魚は美月に笑う。

 そして、

「……それにまあ、知り合いもできたしね」

「俺も同じような境遇の人間とこうしてちゃんと会話ができて嬉しいよ」

 以前に出会った同じ力を持った人間は、その力に固執して美月との対立を選んだ。

 こうしてまともに会話が可能なのは美月にとって喜ばしいことだった。

「それじゃ、あたしはもう行くね」

「ちょっと待った。君の身体のことを調べないと」

 全てが解決した暁には、人魚の身体を健康にすると約束した。その為には身体のことを詳しく知る必要があった。

「スケベ、変態、エロ親父。女の子の身体を好きなだけ、思う存分むしゃぶりつくそうと考えているんでしょ」

「そんなこと考えていない」

 微塵も考えていない。即座に美月は否定する。

「冗談よ。……今度会った時でいいからさ。それじゃあね、稲葉志郎さん」

 美月はナノマシンを介して、伊庭美月になってからの全てを人魚に伝えてしまっていた。

「……あっ」

 楽しいことや嬉しいことはもちろん、それこそ恥ずかしいこと、情けないこと、他人には絶対に知られたくないような事柄や、その心境まで、ありとあらゆること全てを。

「近いうちに会いに行くからー」

 そう言い残し、人魚は東の夜空へと消えていった。



アクション祭り、終了。

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