里帰り、かんこう 14
モゲタンの指摘はものの見事に的中してしまう。
空間を一瞬で跳躍した美月の身体は予定していた高度よりもはるかに下に現れる。海面へと叩きつけられるような格好に。
さらに跳ぶ前の速度も依然維持されていたので、まるで水きりの石のように何度も水面を跳ねていく。
その衝撃で身体は回転し、もみくちゃに。
なんとか回転を止めようと、それから姿勢を制御しようと、そして停止しようと美月は懸命に己の身体を動かした。
前後左右不覚になっている状態、常人のような三半規管ならば自分がどうなっているのか分からないだろうが、モゲタンによって構築された美月の身体は、こんな状況でも正しく理解できていた。
回転し続けていた身体を止めることに成功する。
しかし、速度は海面にたたきつけられたことで多少は落ちたが止まるほどではない。
美月は前傾し、右手と両足が海面に触れ、まるでスパイダーマンのような姿勢で後ろ向きの格好で進んでいく。
「止まるぞ」
声が勝手に飛び出る。
モゲタンに対しての指示のようにでもあり、また激のようでもあった。
海面に触れている部分に盾が展開される。
これによって海面との抵抗が増えた。大きな水飛沫が。
速度が落ちる。
それはすなわち、今度は美月の身体が海の中へと沈むことになる。
「アイツはどこにいる?」
自らの姿勢の制御で手一杯で美月はデータの位置を見失っていた。
〈君の前方上空だ〉
悪いことばかりではなかった。水きりの石のように跳んだことで目的通りにペンギン型データの前へと出ることができた。
だが、高さが足りない。
沈みそうになっている足に力をこめ、展開していた盾を足場にして美月は夜空へと舞い上がった。
下からの襲撃は空振りに終わってしまった。
わずかの差でペンギン型データは先へと行ってしまい、美月は通過した空間を交差するように上昇していく。
だが、これは計算内だった。この一撃で仕留めるつもりは美月にはなかった。
飛翔していく自分の予測位置に予め数枚盾を重ねて展開しておいた。
身体を反転させ、その盾を踏み台にして再び、今度は斜め上空からデータへと迫る。
反動をつけ勢いと速度が増す、さらにそこに重力も加味される。
仕留めることはできなくとも、確実に攻撃がペンギン型データの一部に命中するはずだった。それによって進行を止めることができるはずだった。
なのに、またもかわされてしまう。
水平飛行から首を下げ、先ほどのブガチョフコブラとは反対に、背中を進行方向に向けて速度を落とす。
ブガチョフコブラでかわそうとしたのならば、背中に美月の攻撃はヒットしていただろう、それなのに背中の上をすり抜けてしまう。
「なっ?」
予想外の動きの美月の口から変の音が出てしまう。
しかし、いつまでも驚いていてもしかたがない。
再び進行方向上に盾を展開。
今度は斜め下から。
これは右にループしながらかわされる。
さらに数度、同じように行動するが全てが徒労に。
それもそのはずだった。美月の攻撃は多少の角度をつけることができるが、その全てが直線的な動き。それに対してペンギン型データは曲線。
曲線的な動きだけでも厄介なのに、その上空中を自由自在に、それこそ物理法則を無視しているのではと美月が思うくらいに、飛び回っている。
そう、肝心なことを忘れていた。
美月は跳ぶことは可能でも、飛ぶことは不可能。
これは決定的な差だった。
これではいつまで経っても捉えることができない。
だが、悪いことばかりではない。これまでの攻撃は徒労に終わってしまったが無駄ではなかった。火力発電所方面への進行は一応阻止できた。
しかし、それで安心はできない。
いまだにペンギン型データは夜空を飛び回っているだけ、被害は出ていない。だが、今後も出ないとは言い切れない。
それに、美月もいつまでもこの姿でいるわけにはいかない。
魔法少女の姿になれば、通常の状態よりも能力は飛躍する。が、それによってエネルギーの消費も激しくなる。いつまでもこの姿を維持できない。
詰まる所、時間が経つにつれてジリ貧になっていく。
早く捕まえないと、気ばかりが焦っていく。
焦りは肉体にも影響を及ぼす。美月自身は気が付ないが、徐々に動きの切れが悪くなっていく。
〈焦るな〉
そんな美月を諫めようとモゲタンが。
「無理だろ、そんなこと」
当たれば、それでなくても掠りでもすれば活路が見いだせるはずと信じて闇雲に動き、その結果美月の体力は消耗していく。
「何で当たらないんだ」
苛立ち交じりに声を吐き出す。
〈落ち着け。ワタシに考えがある〉
モゲタンは美月が落ち着くようにいつもよりも少しトーンと声の高さを落とし助言した。
遠浅とはいえ小柄な美月にとってはけっこうな水深だった。胸辺りにまで水に浸かり、上空のペンギン型データを見上げる。
モゲタンの助言に従ってのことだった。
右手の円盤状の盾を展開する。それをペンギン型データ目掛けてフリスビーのように投射した。
近付くたびに避けられるのなら、最初から近付かずに遠距離攻撃を行う。
これがモゲタンの助言だった。
これならば動き回る必要はなく、無駄に浪費し続けていたエネルギーの節約、長期戦にもってこいの戦法。
移動方向、移動測、風速、気温、湿度、コリオリ力、あらゆるものを計算してモゲタンが射撃管制を行う。その意地に従い、美月は展開した円盤状の盾を投射する。
「クソッ、全然当たらないぞ」
それなのに、外れまくりだった。
当たりそうな軌道で放り投げても寸前で避けられてしまう。
それならばと相手の動きを予測して数枚連続して投射したが、これも総て当たらない。
手数こそ増えたが、変わらない。
こちらの動きが直線で、向うは曲線の動き。
それでも遠くに逃げようとするペンギン型データを、当たらないまでも逃がさないでいるのは助言がある程度は効果的で、それは海面に接地しているから相手の動き360°に対応できているため。
少しはマシに。
マシになっただけで、事態は解決には向かわない。
膠着状態だった。
時間だけがいたずらに過ぎていく。
〈大丈夫だ。ワタシを信じろ〉
「信用はしているけどさ」
そうは言っても当たらないものは当たらない。そうなると信じているものも信用できなくなってくる。
〈餌巻きはこれくらいでいいだろう〉
「……はあ」
必死になって当てようとしてきたのに、餌巻きと言われ困惑してしまう。
〈手を休めるな。そのまま投射、そして四枚目はほんの少しだけ抜け〉
言われたように、それ以上に細かく、美月の脳内にはモゲタンからの指示が先程の言葉よりも懇切丁寧に送られていた。
そのように身体を動かす。四枚目の円盤を投射する時、力を抜き、なおかつこれまでは水平にリリースしてきたのを僅かに傾斜して放った。
三枚目までは見事に避けられる。
四枚目もかわされようとした瞬間、ペンギン型データは美月から見て左側に避けようとしていた、それを追跡するかのように円盤上盾も左に。
変化させた。
それまでずっと直線的な放射を行っていたのは、この変化をより有効にするため、単調な動きで相手を油断させるためのものだった。
モゲタンの采配が見事に的中する。
的中は采配だけではなく、ペンギン型データにも。
これまで全然掠りもしなかった攻撃がようやく当たった。ペンギン型データの優雅な飛行姿勢が崩れる。
〈今だ〉
変化をいうモーメントは加えない。一直線にペンギン型データを目掛けて美月は円盤状の盾を数枚一気に投射した。
飛行姿勢を崩し、動きが単調になっているペンギン型データに当てるのは至極簡単なことだった。
立て続けに受けた攻撃で飛ぶこともままならないように。
ペンギン型データはまだ花火の上がる夜空から落下していく。
しかし、まだ完全に対象は沈黙したわけではない。それにデータも回収していない。
まだ、終わりではない。
「行くぞ」
相手が逃げてしまわないうちに近付いてとどめを刺さないと、胸元まで浸かっていた海中から美月は飛び出した。
「これで終わりだー」
そう叫んだ瞬間、美月の目の前に突然飛び込んでくる物が。
このままではその物に直撃してしまう。
そう考えた瞬間、美月は自身の身体を無理やり捻り回避する。
回避に成功した。その代償に海面へと盛大に叩きつけられる。
一体何がデータと自分の間に割って入ったのか?
いや、それよりも早く態勢を立て直してデータにとどめを刺さないと。
このままではせっかく掴んだ好機なのに逃してしまう。
「これはあたしのなの。あたしのオモチャなの」
頭上で震える声がした。
美月はこの声を以前聞いた記憶があった。
声の方向を見上げる。
そこには人魚がいた。




