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里帰り、かんこう 13


 等速で水平飛行。

 予測位置を割り出すのはモゲタンの能力をもってすれば容易なことだった。

 これ以上を望むのは酷というほどの完璧な精度で、ペンギン型のデータが数秒後に通過すると予測される位置の上に美月みつきは跳んだ。

 このまま重力に身を任せて落下すれば黒くて大きな身体の上に降りることが。

 前回のグライダーの時と同じ方法だった。

 人が乗るグライダーよりも小型ではあった。しかし、実部のペンギンに比べればはるかに大きい。的としてもけして小さなものではない。

「よしっ」

 美月は小さく叫んだ。

 これで終わると思った。無事にデータの回収ができると。元の稲葉志郎の姿に戻るための小さいけれど、大事な一歩を進めることができたと。

 そこに小さな慢心があった。

 計算上では完璧なタイミングでペンギン型のデータの上に飛び乗り、破壊し、データを回収できるはずだったのに。

 ペンギン型のデータのわずかな変化を見逃してしまった。

 それは本当に些細な変化だった。

 大きく広げていた翼の片側が、美月と接触しようとした瞬間、ほんの少しだけ曲がった。

 水平を保って飛行して身体が90°、ロール、横回転をする。

 計算ではペンギン型のデータで背中に捕りつく予定だったのに、結果は見事なまでにかわされてしまうことに。

 かわされた瞬間、美月は必死になって手を伸ばした。

 考えての行動ではない、身体が勝手に動いてだった。

 それだけ必死であったともいえた。このままデータが進めば大事になってしまう、大きな被害が出てしまうかもしれない、そしてデータの進行方向の先には自分の愛する人もいるから。

 だが、伸ばして掴もうとした手は無情にも空を切ってしまう。

 背中を下にして、だが目はペンギン型のデータを追い、そのまま落下していく。

 水柱が立った。

 美月の身体は海面へと叩きつけられるような恰好で落ちた。

 ある程度の高さから落ちれば水はコンクリート以上の硬さになる。美月は海面へと背中から落ちてしまった。常人とは違う頑丈さがあるとはいえ、全くダメージを受けないということはない。事実、背中に強い痛みが走った。だが、これで済んで幸いだったともいえた。落ちる瞬間モゲタンが盾を背中に数枚展開し衝撃を和らげてくれた。これがなければ、もっと大きなダメージが、最悪、背骨が損傷し動けなくなっていたかもしれない。

 痛みを我慢して美月は立ち上がった。

 この辺りは遠浅で、美月の小さな身体でも足が付くくらいの深さ。

 海水でずぶ濡れになった美月の目は、小さくなりつつあるデータの姿を見据えていた。

「くそっ」

〈大丈夫か? 動けるか?〉

「……正直痛みはあるけど、そんなの構ってはいられない。追うぞ」

〈了解した。だが、その前に痛みを鎮静しておこう〉

 モゲタンの言葉が終わらないうちに、美月の背中の痛みが引いていくような気が。

「サンキュー。こんな手があるなら、もっと前から使ってくれよ」

〈一時的なものだ。君の脳内のエンドルフィンとアドレナリンを活性化させて痛みを中和させているだけだ。損傷した部分が回復したわけではない〉

 よくは分からないが、痛くない事実だけは確かなことだった。

「行くぞっ」

 活性化しているアドレナリンの影響なのか、いつもよりも乱暴な、粗野な語調で美月はモゲタンに言う。

〈ああ、今度こそ止めるぞ〉

 モゲタンが答え、そして美月の小さな身体は海面からその姿を消した。


 跳躍と同時にモゲタンが気を利かせ、ずぶ濡れになっていた美月の身体を乾かす。

 数度の跳躍を経て、美月はペンギン型のデータの後姿をその視界に捉えた。

 だが、その先にはナガシマスパーランドも。

 このままではほんの数秒もしないうちにデータは園内上空へと侵入してしまう。

 海に面した南側には駐車場、そしてメインゲートがあった。

 まだ夜空には花火が打ち上げられている。しかし、帰りの混雑を嫌い早めの帰宅を選択した人達がもうゲートを出て、車に乗りこもうとしているかもしれない。

 そんな場所に上空とはいえ、かなりの速度で侵入する物体があれば人々は気が付くはず。さらにいえば、衝撃で風が起き人的な被害が出る可能性も。

 止めないと。

「もう一回跳ぶぞ」

 今度の跳躍で美月はペンギン型データの前方、さらに上へと姿を現した。

 正面にではなく、上に。これはミスではなく美月に考えがあっての行動だった。

 跳ぶ能力はあっても、飛ぶ能力は有していない。

 落下しながら美月はもう一つのプランをモゲタンに脳内で出した。

「さあ、こい」

 両手両足を大きく伸ばし、そう背後に無数の円盤状の盾が十重二十重と美月の身体を中心に広く大きく、そして厚く展開された。

 美月がモゲタンに出した指示はこれだった。

 壁となり行く手を塞ぐ。

 このまま相手が突っ込んできて正面から撃退できれば良し。向うが避けようとしても、これだけの盾を展開していれば、何処かに必ず引っかかるはず。そうなれば速度は落ちるはずだし、さらには進路を変えることも可能なはず。

 今度こそ終わり、そう思った瞬間、ペンギン型データは美月の、さらにはモゲタンの予想を超えた動きをした。

 突如として姿勢が変わる。進行方向に腹を見せ、速度が急速に落ちる。

 機首を持ち上げるのがまるで鎌首をもたげたコブラのようだということでつけられた、ブガチョフコブラと呼ばれるアクロバット飛行に酷似したものだった。

 酷似したと表現したのには最後に違いがあったからだった。ブガチョフコブラの場合はそのまま進行方向は変わらないが、ペンギン型データはそのまま上昇を。

 それとは反対に落下していく美月。

 意図は見事に外れてしまった。

 だが、全てが失敗に終わったわけではない。進行方向を変えることに一応成功した。


 周囲に展開していた円盤状の盾を一か所に集中させる。

 その場所は落下していく美月の足元だった。

 幾層に重ねられた円盤状の盾に美月の足が設置した瞬間、両膝を屈伸し足の裏にすべての力を集約した。

 足裏を通して重ねられた円盤状の盾へと力が伝わる。その反動で美月に小さく軽い身体はペンギン型データを追って上昇した。

 しかし、追いつかない。

 美月は再び盾を足元に展開して、それを足場にして蹴り上がる。

 速度が増した。

 あと少しの距離まで迫った。

 が、次の瞬間上昇を続けていてペンギン型データは180°ループし、今度は180°ロールする。インメルマンと呼ばれる航空機動。

 高度を上げ、進行方向が北から南へと。

 速度を上げていた美月はその変化に対応できなかった。上へと追い越してしまう。

 勢いを増したことが仇になってしまった。

 美月は上昇を続け、その間にペンギン型データは水平に飛行する。縮まった両者の距離が開いていく。

 どうやって自らの速度を抑えようか、つまるところどうブレーキをかけようか思案しながらも、美月の目はペンギン型データの後姿を追っていていた。

 視線の先には花火とは異なる灯りと、立ち上る煙。

〈まずいぞ〉

 脳内にモゲタンの声が。

 まずいことは十分の承知している。まだ被害こそ出ていないが、それがいつまでもつのか。それに追いついても逃げられてしまうことも。

〈そうではない。データの進行方向には火力発電所があるぞ〉

 まずい理由が全然違った。

 見えていた灯りは高層の構築物に設置が義務付けられている航空障害灯。これは夜間飛行する航空機に存在を示すために灯り。

 そして煙は火力発電所の煙突から出ているものだった。

 科学的な知識がない美月でも、火力発電所でデータが暴れ、大惨事にでもなればどんな被害になるのか想像ができた。

 そしてこれは美月が想像できなかったことだが、たとえわずかな被害であったとしてもそれにより送電がストップしてしまうと経済的損失は計り知れないものになってしまう。

 追わなくては。

 どうする?

 ずっとこの速度を維持して上昇するわけではない。何れかは空気抵抗と重力によって速度は自然と落ちてくる。

 それまで待つべきなのか。

 その間に何が起きるか。

 強制的に速度を抑える方法が頭に浮かぶ。進行方向である頭上に円盤状盾を展開して、自らの身体をそこにぶつけ強引に速度を落とす。

〈その方法では君の身体に大きなダメージを与える可能性がある〉

 モゲタンが危惧する。美月の出したアイデアを実行するには数多くの盾を展開して、そこに身を投じる必要がある。一応、自らの身体も防御するつもりだが無事では済まないだろう。

 止まることができたとして、その後行動不能に陥ってしまう可能性もある。

 ならば、

「跳ぶぞ」

〈この速度で跳ぶと出現地点の細かい修正がきかないぞ。加えて、この速度も維持されたままだ。どうなるか予測がつかない。ワタシとしてはあまりお勧めはしないが〉

「構わない、アイツの前に出られればいい」

 モゲタンの助言と美月は却下した。

 このままで距離がどんどん開いていく。

〈了解した〉

 上昇を続けていた美月の身体が花火の上がる夜空から消えた。


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