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里帰り、かんこう 11


 伊勢参りから二日後、美月みつきかつらは長島に来ていた。

 そもそも来る予定なんかなかった、なのに訪れたのにはそれなりの理由があったから。

 それはあの日の帰り道、車内の重たく暗い雰囲気が事の発端だった。

 その原因はもちろん桂が不機嫌なこと。自らの不満をそのまま外へと吐き出すような子供じみたことはしなかったが、それでも長年付き合っている美月には手に取るように分かってしまう。そして、美月以上に長い時間一緒に生活していた実の兄も妹のことはよく理解している。

 しかし、よくよく考えれば温泉に行かなくて正解だったかもと美月は思った。

 その意見を帰って二人きりになった部屋で進言してみると、

「稲葉くんは私と一緒に温泉に行くのが嫌なの」

 と、憤慨されてしまう。

「そうじゃない。桂と一緒にいるのは楽しいよ。けどさ、温泉は二人きりになれるわけじゃないだろ。俺が他の女の人の裸を見ても桂は平気なのか」

「それは嫌」

 自分が好きな人が、他の女の裸に見惚れてしまう、または他の人の身体と比較する。それだけでも十分嫌なことなのに、もっと若くてきれいな身体に欲情して、その結果捨てられてしまうという、最悪な想像を桂はしてしまう。

「だったら、行かなくて正解だったんだよ」

「……うん」

 美月の言葉に桂は一応納得した。

 これで桂の機嫌は直った。

 しかし、まだ長島の行く理由の説明はついていない。

 この先がまだあった。

 翌日、文尚がどこかから長島温泉の特別優待券を二枚手に入れてきた。昨日怒らせてしまった詫びといって桂に渡す。

 これがきっかけになったが、決定的な要因になったわけではない。

「せっかく温泉行くのを諦めたのに」

 そう言って桂は憤慨してしまう。

 悪いことをしたわけではない。間が少し悪かっただけだが、美月には文尚に彼女がいないのはこういうのが大きな要因じゃないかと推察してしまう。もっとも、見かけは少女だが中身は大人なので、思ったことは全部口には出さないけど。

 ちょっとした兄妹ゲンカがあった後、美月の口添えもあり、せっかくだからということで行くことに。

 それに好意を無下にするのも申し訳ないし。さらにいえば、もったいないし。

 というわけで、美月と桂の二人は長島へと足を踏み入れた。

 その際、少しだけズルをして。

 輪中の南先端にある長島温泉までは自家用車かバスが交通手段。車で行くのはちょっと都合がつかず、さらにバスは運賃が高いうえに夏休みということ込み合うことは必至。というわけで、美月の能力をしようして。

 長島温泉へと着いた二人はさっそく園内へと、とはいかずにまずは隣接されたアウトレットモールへ。

 見るだけで買い物はしなかった。

 というのも、この先長島温泉に。ということはすなわち、ナガシマスパーランドという遊園地に入園することになる。

 買い物の荷物をもって遊園地を楽しむというのは野暮なものだと、美月が。それならば、園内に設置されているコインロッカーを使用すればと桂が反論し、そこまでして買う必要があるものなのかと美月が諭して、結局ウインドウショッピングに。

 それでもたっぷり二時間以上はアウトレットモールを二人で散策。

 入園したのは昼過ぎだった。

 園内は夏休みということもあって混雑していた。

 遊園地には向かわずに温泉施設だけを利用するという手もあったが、二人はそれを選択しなかった。

 温泉には不特定多数、老若男女、いや男は含まれないが、の人と一緒に入ることになる。それは美月が多数の女性の裸体を目にするということ。そんなことはしないし、させないという二人の決意が。

 さらに言えば、この施設には世界最大級の屋外海水プールがあった。そこには巨大な波の出るプール以外にも幾種類のウォータースライダーがあり楽しめるようになっていたのだが、同じような理由で却下に。

 暑い中、二人は園内を。

 しかし、二人とも暑さを苦にはしなかった。美月はモゲタンのサポートのおかげで快適に過ごせたし、桂は美月と一緒にいることが幸せでそんなことを気にすることもなかった。

 人気のあるアトラクションは長蛇の列ができていた。

 その列を形成する一部になってまで絶対に乗りたいとは思わない二人だったので、比較的簡単に入れるアトラクションを。

 そこで選ばれたのはお化け屋敷。

 怖いものが苦手な桂は尻込みしたが、

「大丈夫だって。ほら、小さい子も入っているだろ」

 そう美月に促されて、渋々入ることに。

 暗い中を小さな美月の背中にしがみつき、身を屈めて恐る恐る、そして絶対に離れないように進む桂。この光景を他人が見たら、なかなか滑稽に映ったであろうが、そもそも当の本人はそれどころでない心理状況だった。

 一方美月はといえば、モゲタンによって再構成されたこの少女の身体は、稲葉志郎であって頃よりもはるかに高性能で、この暗い空間の中でも十分に夜目がきく、お化け屋敷のギミックを観察し、感心し、本来のとは全然異なる楽しみ方をしていた。

「変な汗かいちゃった」

 お化け屋敷から出た後の桂のこの一言で、今度はシュート・ザ・シュートへ。

 ただし乗り物には乗らない。見学だけ。

 このアトラクションは急流を一気に滑り下りるもの。豪快な水しぶきが起きる。

 二人の狙いはこれだった、多少濡れても平気なラフな格好をしている。こんな暑い日には、涼を求めたい。

 しかし、想定以上の水しぶきが二人へと。

 予定以上に濡れてしまったが、それを不快には思わず楽しめた。

 この気温ならばすぐに乾くだろうという計算も働いているが。

 服を乾かす間、当初は予定になかったことを。

 それは行列に並ぶこと。

 二人が列に加わったアトラクションは、高さ、速度共にそれほどのものでないが、ある一点において有名なジェットコースター。その名も、ホワイトサイクロン。木製でできており、その規模は国内だけではとどまらずに世界最大級の規模。

 並んでいる間も思いのほか楽しかった。

 そのままの勢いで、今度はスチールドラゴン2000。完成当初はギネスに四つの項目で記載されたジェットコースター。

 これも面白かったが、

「……ちょっとお手洗いに行ってくる」

 降りるやいなや桂が言う。

「荷物もっていようか」

「ううん、いい」

 そう言って桂はトイレのある方向へと小走りで。

 そんなに慌てる理由に美月はある程度見当がついたが黙っておくことに。

「じゃあ、今度は大人しめの乗り物にしようか」

 帰ってきた桂にそう提案する。

 ゴーカートで競争をして、次はコーヒーカップに。

 自分の目が回らないから加減が上手くできずに美月はコーヒーカップを回し過ぎてしまう。その際桂に泣き叫ばれ、降りてから非難され、美月は反省しきりだったのだが、ここでは割愛することにする。

 目が回り、三半規管の機能が回復するまでゲームコーナーに。

 ある程度回復したところで再びアトラクションへと。

 しかし、まだまだ乗っていない絶叫系のアトラクションはあるが、二人はその選択をせずにいた。

 夕方まではのんびりと過ごす。

 西の鈴鹿山脈に日が沈み、マジックアワーと呼ばれる時間帯に二人は大観覧車へ。

 ここは桂が昔から恋人と二人で来たい、乗りたいと望んでいたもの。

 積年の想いがようやく報われたのだった。

 二人を乗せたゴンドラが回りながら静かに上昇していく。

 頂上付近にまで来た時、それまで水平を保っていたゴンドラが片方へとわずかに傾く。

 傾いたままで、今度は下へと。

 二人だけの、モゲタンもいるが、傾いたゴンドラの中で何があったのか、それをここでは子細には表現しないが、降りた時には桂はもちろんのこと美月もとても幸せな気分であったことは書き記しておきたい。

 降りた頃にはもう暗くなっていた。

 これで夢の時間も終わりだろうか?

 いや、まだまだ楽しい時間は続く。


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