里帰り、かんこう 8
郵便局を右手に見ながら南へと走ると、国道23号線からは見難いが藤堂藩三十二万石の居城津城の櫓が少しだけ視界に入る。その西側には市役所とリージョンプラザと呼ばれるホールがあり、そこの舞台にかつて志郎は立ったことがあった。
津ボート競艇場を過ぎた所で再び運転者交替。
高茶屋を経て三雲へ。
伊勢までの距離はもう半分以上過ぎた。思ったよりも順調だった。
休みだから渋滞に引っかかるのではと三人は危惧したけど、車は思いのほか順調に進んでいく。
松阪牛で有名な松阪市へ。
かつては戦国武将で名をはせた蒲生家の治めた土地、江戸の世では紀州藩の飛び地になっていた。
松阪市内に入るには42号線へと道を変えなければいけないが、今回の目的地は伊勢神宮内宮参拝。
ということで、そのまま国道23号線をひた走る。
そして伊勢市へ。
伊勢に入ったところで美月の脳内に警告を告げる信号が。
近くのデータが出現した合図。
(おい、これ)
車内が桂と二人だけならば、声に出して確認をとるが文尚がいる。いくら注意して小声で話しても聞かれてしまう、という可能性もあった。
〈ああ、近く反応がある。行くぞ〉
左手のクロノグラフ、モゲタンの声が美月の脳内に。
しかし、ここから出ることはできない。
車窓の向こうにヘリコプターの音がした。
美月は嫌なことを思い出してし、そして悪い想像をしてしまう。
この近辺には陸上自衛隊の駐屯地、そして航空学校があった。
万が一にでも、データが自衛隊の装備にとりついたら、それこそ大きな被害を周辺に与えてしまうだろう。
急がなくては。
そうは思うが、美月の秘密を知らない者がいる車中から出ることはできない。ましてや走行中だ。
「どうしたの? もしかして出たの? お兄ちゃん車を停めて」
苦悩する美月の表情から察したのか、桂が運転席の文尚に指示を出す。
文尚は路肩に車を停め、後ろを、美月の方へと振り返り声をかける。
「大丈夫なのか? 酔ったとか?」
「女の子には女の子の事情があるの」
車を停めてもらった。さ、さっさと回収に向かわないと。
「ごめんなさい、すぐに戻りますから」
そう言い残すと、美月は車から飛び降りた。
「どこにいる?」
〈上だ〉
悪い予感が当たってしまったのだろうか。陸自の攻撃ヘリにとりついてしまったのだろうか。航空学校のヘリだからさすがに実弾やミサイルは搭載していないだろうが、もしそうならば厄介な相手であることに変わりない。
しかし、ヘリのロータ音は聞こえない。
美月は空を見上げた。そこには滑空している白い物体が。
「グライダーか」
どうやら最悪の展開は避けられたみたいだった。
〈おそらく、そうだろう。しかし形はグライダーだが、データがどのような能力を有しているか分からない。気を付けろ〉
「了解」
そう言いながらも、美月は急いでいた。待たせている相手がいるのから。
「跳ぶぞ」
人目のつかない場所へと移動してモゲタンに言う。
美月の小さな身体は上空へと一瞬で移動する。
常時は横への移動で跳ぶ距離を高さにした。
グライダーの上をとる。
そして、変身をする。魔法なんていう便利なものは使えないけど、魔法少女の姿に。
重力に身を任せてグライダーへと飛び乗ろうとしたが、寸でのところでそのプランを破棄する。
焦りで気が回らなかった。冷静に考えれば分かるようなことを。
グライダーのコックピットには人影が。
つまり人間が、パイロットが搭乗している。
あのままグライダーの上に飛び移っていたら、重力と速度、それから美月の体重を加味した衝撃が機体にのしかかる。パイロットを乗せたままで空中分解という可能性もあった。
「さあ、どうする」
考える。中の人間を無事に救助しつつ、グライダーをなるべく傷付けずに、データを回収する手段を。
幸いなことにグライダーはモゲタンが危惧したような性能を有してはいなかった。
普通のグライダーと同じように空中を滑空しているだけ。
ならば、
「あのグライダーの飛行ルートを予想できるか?」
〈可能だ〉
モゲタンが予想した経路が美月の脳内に展開される。
「跳ぶぞ」
〈了解だ〉
美月は跳んだ。その行先はグライダーの誰も座っていない後部座席だった。
成功する。
突然空中で人が、それも魔法少女の格好をした人間が機体に搭乗したのだから大抵に人間は驚くが、パイロットは何らかの原因で気を失っており美月には気がつかなかった。
「どこにある?」
〈君の股の間だ〉
大きく開いた脚の間に手刀を繰り出す。シートの穴をあけ、その奥にあるデータを回収。
「終わったー。けど、どうする? このまま去ったら絶対に墜落するよな」
〈君が操縦すればいい。操縦方法はレクチャーできる。それに近くに滑走路もある〉
モゲタンが言うのは陸自の駐屯地の滑走路。
しかし、車の運転はできても、これまで空を飛ぶ機体の操縦なんて一度もしたことはない。
が、このまま墜落をさせてしまうのも後味が悪い。
気を失ったままのパイロットが意識を取り戻してくれれば、それで問題はないのだが、どうもそうはいかないようだ。
「ええい、ままよ」
美月はシートの前へと身体を移動し、左右のペダルに両足を乗せ、操縦棹を握りしめた。




