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里帰り、かんこう 4


 次の日、かつら美月みつきと一緒に二人だけで行きたかった場所は名古屋港水族館だった。

 中学生頃、仲の良いクラスメイト数人とここに訪れ、いつの日か大好きになった人とまた来たいと幼心に望んだ施設。

 美月、というか稲葉志郎との出会いは都内。二人で東海地方に来るなんていうことが付き合って以来ずっとなかったので、ようやくその願望が成就されることに。

 名古屋港水族館までは車で。

 美月は電車で行こうと提案したのだが、桂は帰省のたびに家の車を運転しており、実家周辺を走ってみて問題なく走れるという自信が生まれ、そしてドライブデートというこれまた長年の夢を叶えるために、自らの運転で行くことを熱望した。

 桂のしたいことの一部にドライブデートが含まれているのだから強く否定できない。それに昨日の運転でも最初は多少のぎこちなさはあったが、まあ問題なく走れたから大丈夫だろうと判断した。

 搭乗したのは母親所有の軽自動車、ピンクのダイハツミラだった。

 国道一号線をゆっくりと走行。

 助手席に座る美月、正確にはモゲタンの、ナビゲーションで問題なく水族館へと到着。

 入場してすぐベルーガの大きな水槽と優雅に泳ぐ姿に驚かされ、さまざまな魚、ウミガメ、さらにはクジラの骨格標本、そして極めつけはイルカのショー。

 そんな中で二人の心を一番奪った、というか癒したのが数種類のペンギン達だった。

 立っているだけでも可愛いのに、歩く姿はもっと可愛い。そして泳いでいるのを見ているのも楽しい。

 他のお客さん同様にペンギンの水槽の前で手を繋ぎ、いつまでも眺めていた。

 ずっとこのまま二人での時間を楽しみたいと思うのが桂の偽りのない本心であったが、そうはいかない事情が。

 夕方までに家に帰らなくては。

 これはお世話になっているうえに据え膳で食事まで出してもらうのを申し訳なく思ってしまった美月が夕ご飯の支度を手伝うと桂の母に言ったため。

 行きは国道一号線を使用したが、帰りは国道二十三号線を選択。

 入ってすぐに渋滞につかまってしまった。二人の乗る、プラス後部座席にはお土産で買ったペンギンのヌイグルミ、軽自動車はなかなか前へと進まない。ゆっくりとした速度。

 急いで帰るために選択したのに、それが仇になるような恰好だった。

 だが、二人とも焦りはなかった。

 美月は事前に予定よりも少し帰宅が遅くなりそうだという旨を桂の母へと連絡した。少しくらい遅くても大丈夫という、免罪符をいただいている。桂にしても、もう少し二人だけの時間を過ごしたかったので、この渋滞はありがたいとさえ思っていた。

 車内での二人の話題はさっきまでいた水族館のこと。

「ねえねえ、ちょっと話は変わるけどさ、稲葉くんペンギンの格好をしたらどうかな?」

 桂の言葉を、美月は上手く理解できなかった。

「それはペンギンのキグルミ着ろってこと?」

 可愛い服だけでは満足せずに、今度は着ぐるみの着用を要求してくるのか。

「違うよ、そうじゃなくて。……えっと、……前に魔法少女じゃなくて別のものに変更するって話題があったじゃない」

「ああ、あったな」

 あの時は、話が変な方向に脱線してしまったが。

「それでね、さっき話しながら思ったんだけど別にアニメやマンガのキャラを参考にするんじゃなくてペンギンみたいな実在の可愛いものに変身したらどうかなって」

 なるほど、それは一理あるかもしれない。

 しかし、想像してみると巨大なペンギンが得体のしれない物体相手に戦闘を行う。なかなかシュールな光景が美月の脳内に浮かんだ。

 だが、昔のバイトでキグルミを着てアクションをしたこともある。意外と、脳内の変な画像よりもかっこいいことになるかも。

「モゲタン可能なのか?」

 左腕のクロノグラフ、モゲタンに問いかける。

〈結論から言えば、可能だ。しかし、現状の君とは違う姿になるためにはそれなりのエネルギーと労力を必要とする〉

「……だって」

 脳内でのモゲタンとの会話を桂へと伝える。

「そうか。……じゃあさ、モチーフにしてデザインすればいいんだ」

「誰が?」

「えっと、……誰かが」

 美月も桂もお世辞を言っても絵は上手くなかった。さらに、デザインのセンスも互いに皆無だった。

「まあ、焦って変更する必要なんかないんだし。現状はこのままでもいいよ」

 他に案があるわけでもない。それに、愛着を持ったとは少し違うが、魔法少女の姿もそんなに嫌じゃなかった。

「そうだ、お兄ちゃんに相談してみようかな」

「文尚さんに?」

「お兄ちゃん、マンガとかゲームけっこう好きだし」

 相談してみるのは別に構わないけど、どうやって正体を知られることなく話題を切り出そうかと考えてしまう美月の脳内に警告音が。

「おい」

〈ああ、近くに出現している〉

「どうしたの稲葉くん?」

 一人事態が分からない桂が問うように。

 美月は悩んだ。データを退治、そして回収に向かうべきなのか。このまま車内に残って帰るべきなのか。

 ここは普段生活している場所とは違う土地。他の誰かが回収するかもしれない。……けど、しないかもしれない。

 その時は周囲に大きな被害が出る可能性も。

〈出現場所はここから少し離れた上空だ〉

 空の上ならば被害は出ないかも。

「ねえ、稲葉くんどうしたの?」

〈現状では空の上かもしれないが、降りてくる可能性もある。その場合人口密集地だから相当の被害が出ると思われる〉

 いるかいないのか分からない存在を当てにすることができない。

「……桂ゴメン。ちょっと行ってくる。すぐに戻ってくるから」

 早口で。

「え?」

 桂の言葉を聞くか聞かないかのうちに、美月の小さな身体は車内から消えていた。


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