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里帰り、かんこう 2


 モゲタンの力を借りて、どうにか混乱した事態を解決、というか切り抜けたというか、有耶無耶にすることができた。

 かつらの時と同じようにナノマシンを使い、架空の設定をでっち上げそれぞれの脳内へと。

 基本設定は、伊庭美月は成瀬家の遠縁にあたる親戚で、現在は都内で桂と一緒に暮らしている女子中学生。そして今は、桂の帰省について来たということに。

 さらに追加の設定で、これはナノマシンを介してではなく桂が口頭で家族に告げたことだが、今回の帰省は日帰り。

 それを聞き、桂の家族、とりわけ母親が怒る。せっかく帰ってきたのに泊まらずに帰るなんて、ということではなく、「こんな可愛い子を桂が独り占めしてズルい」。その意見に、桂の父と兄も同意した。

 成瀬家の家族会議が始まる。

 その間、当事者である美月はどうしていたかというと、成瀬家四人が喧喧囂囂やり合っている様をただ見ているだけだった。これは自分の意見が全然ないというのとは違い、単純にここに来る時に体内のエネルギーをほとんど使い切り空腹で倒れそうなのを必死に我慢し、口を挟む余裕なんか全くなかったからだった。

 この家族会議に終止符を打ったのは美月のお腹が大きく鳴ったからだった。

 話し合いはひとまず休止で、昼食をとることに。

 久し振りの成瀬家の団欒の中に美月も加わる。

 美月、稲葉志郎にとって桂の家族とは初対面ではなかった。母親と何度も、父親とは一二度、兄文尚には何度か劇団の公演を観てもらい色々と耳が痛くなるような感想と指摘を受けたことも。

 昼食中にも話し合いが。

 その結果、一週間滞在することが決まった。

 その決定に異論はなかった。桂が同意するならばそれに従う。それが美月の考えだった。

 空っぽに近かった美月の体内エネルギーがチャージされていく。

 再び元気に。

 しかし、この元気もすぐに枯渇するはめになった。

 というもの、美月と桂それぞれ一泊分の着替えしか持参していなかった。そのため桂の母の音頭で急遽服を買いに行くことに。

 母娘、二人の着せ替え人形と美月は化してしまう。

 時には協力し、時には対立し、桂とその母は美月に色んな服を着せ楽しんでいた。

 着られれば何でもいい、この身になって数か月。未だそれに変化はないが、それを面と向かって楽しんでいる二人に告げる勇気はなかった。

 その結果がなすがままに。

 身体はそうでもないが、精神がけっこう疲れた美月だった。

 だが、その一方で楽しそうに母親と服を選んでいる桂を見ているのは幸せに思えた。


「ごめんね、こんな事になっちゃって」

 買い物を終え桂の実家へと帰宅し、その後熱く照り付けていた太陽が西の鈴鹿山脈に沈み始め、青一色だった空が茜色に変わり始めた時間に散歩へと出かけた桂が、一緒に歩いている美月に突然謝罪のような言葉を。

 言われた意味がよく理解できず、美月は桂の真相を解明しようと試みた。

 思いついたのが、今の服装のこと。

 朝出るとき、津にいた頃は、あの時購入したノースリーブの白ワンピースだった。それが今はさっきの買い物で成瀬家の母娘の着せ替え人形になり、あれこれと試着を重ねた結果買ったもの。

 デニムのショートパンツ。短いとは思うけど、まあこれはいい。靴というかクロックスのサンダル、これも問題なし。しかし、フリルとリボンのついたガーリーなシャツおまけに肩が露出している。これにはスカートに履きなれてしまった美月であっても些かの抵抗をおぼえてしまう。さりとて、二人の「可愛い」という声と楽しそうな表情を見ていると拒否することもできずに着てしまった。

「この服のこと?」

 答え合わせをする。

「……それもだけど、私があの時電話で助けを求めたりなんかしなかったら稲葉くんが来ることなんかなかったのに」

 済まなさそうに桂が言う。

「別に構わないよ、そんなこと気にするなよ。いつかはさ、この街に来たいと思っていたんだ。桂が育った街を見てみたかったから」

「……稲葉くん」

 その言葉を聞き少しだけ嬉しそうに頬を染めた桂。

「でもさ、まさかこんな格好で来るとは夢にも思わなかったけどな」

 この言葉には二つの意味がかかっていた。一つは稲葉志郎ではなく伊庭美月という姿になって、つまり女子の姿で。もう一つは、今着ている服へ小さな皮肉だった。

「だから、本当にごめんなさい。ちょっと調子に乗りすぎました」

 長年の恋人関係から桂は美月の意図をちゃんと理解してくれた。

「まあいいや。それにしてもさ、ここって坂多いよな」

「うん、山を造成してできた住宅地だから」

 桑名という土地は時代が進むにつれて内陸へと発展していった。かつては東海道五十三次の宿場町の一つで、名古屋の熱田から渡し船があった。明治になり、鉄道が牽かれると宿場町から一キロほど離れた場所が発達し、さらにはモータリゼーションの進化と共にさらに西側に人が集まりだした。

 桂の実家のある団地は、東名阪の西側にあった。桂の言うように山を切り崩し、造成した土地だった。

「だから、自転車に乗るのはちょっと大変だったんだ」

「それでそんなに脚が太くなったんだ」

 わざとちょっと太めの下半身に視線を向けて、美月は少しだけ意地悪そうに言う。

「太くないもん、普通だよ。稲葉くん、というか美月ちゃんの脚が細すぎるだけだから。だから相対的に私の脚がそう見えるの」

「まあ、そういうことにしておこうか」

「本当だよ。信じてよ」

「でもさ、ほらあの人の脚。桂と違って細くて長いよ」

 前方から大きな犬を横に連れて散歩をしている女性が見えた。桂よりも五歳くらい若いだろうか。

「だって年齢が違うし。……ねえねえ、あの犬かっこいいよね。なんていう種類なのかな?」

 垂れた耳と頬、ちょっと小さな目の愛嬌のある顔立ちに、狩猟犬のようなスリムで引きしまった体。ブラウンに白の斑模様。

 よく訓練されているようで飼い主の女性の横にくっつき、同じ速度で歩行していた。

 よほど飼い主との散歩は嬉しいのだろうか、短くカットされた尻尾がちぎれるんじゃないかと心配してしまうくらい左右に大きく揺れていた。

「何だろう? 分からないな」

 美月も犬種に詳しいわけではない。皆目見当もつかない。

〈あれはジャーマン・ショートヘアード・ポインターという犬種だ〉

 モゲタンが教えてくれた情報を早速桂にも伝えた。

「大変なのかな、あんな大きな犬を飼うのは?」

「どうだろう?」

 桂に動物の飼育の経験はなく、美月は幼い頃に猫を飼っていたが勝手気ままな猫だったために飼う苦労をした記憶がなかった。

「でもね、大きな犬を飼うのってなんか憧れない」

「そうかな、苦労すると思うけどな。言葉が通じるのを相手にするのも大変なのに」

「それって私のこと?」

「うん」

「ひどーい。そりゃ普段からすごくお世話になっているけどさ。……稲葉くんがいなくちゃもう暮らしていけないくらいに依存しているけど、今の言葉はちょっと傷付いたな」

「ゴメンゴメン、冗談だから。俺も桂がいないと生きていけないから」

 二人の言葉を文字にすると一見険悪そうな雰囲気だが、全くそんなことはなく。楽しそうに会話をしながら散歩を続けた。


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