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里帰り、かんこう


 本当に久し振りに先祖代々の、といっても高祖父からだが、墓のあるお寺の境内へと美月みつきは足を踏み入れる。

 かつらとは別行動だった。

 寸前になってやっぱり行きたくない、離れ離れで行動したくない、と桂がちょっと駄々をこね、それをなだめすかして予定の電車に乗り込み、なんとか指定席を確保していた新幹線へと飛び乗る。

 新幹線での桂は家を出る寸前までのことなんかすっかりと忘れたかのようにはテンションが高めだった。

 それが名古屋駅に到着し、近鉄の急行へと乗り換えると徐々に変化していく。

 木曽川を越え、長嶋の輪中を過ぎ、揖斐長良川の橋に差し掛かると、

「実家へ行きたくない」「稲葉くんと一緒にいたい」と言い出す。

 そんな桂を桑名駅で一人降ろし、美月はそのまま乗り続ける。

 一人電車に揺られること約四十五分、津駅で下車。そこから三重交通のバスに乗った。そして実家にも、寺にも一番近い停留所で降りた。

 古い門を潜り抜けると、新しい本堂の前を通る。この寺は数年前放火にあって本堂が燃えていた。

 そういえば新しくなってから来るのは初めてだなと美月は思いながら墓地へと。

 その前に手桶に水を入れ、柄杓を中に。

 稲葉家代々の墓の前へ。

 見慣れた墓石に刻まれたばかりの稲葉志郎の名前。

 事前に購入しておいた線香を取り出し、これまた持ってきたマッチで火を点け、墓前へと。

 静かに目を閉じて両手を合わせる。

 不思議な感じだった。自分の墓参りをするのは。

 以前、秋葉原でも同じようなことをしたが、その時は感じなかった奇妙な感覚が美月の中にあった。

 この墓石に下には稲葉志郎は納骨されていない、埋められているのはかつて使用していた眼鏡だった。

 それでも両手を合わせ続ける。

 ずっと遠い先、いつか来る未来にはこの墓で眠ると漠然と思っていた。それというのも、とっくの昔にこの墓で眠りについている祖父母が志郎の幼い頃からそう言い続けて教えていたからだった。

 それはもう永久に叶わない。

 伊庭美月のままでは絶対に不可能だし、稲葉志郎の姿へと戻ることができたとしても、戸籍上はとうに死亡しており別人として生きていかなくてはならない。

〈スマナイ。このようなことになってしまって〉

 手を合わせ続けている美月に、左のクロノグラフ、モゲタンが話しかける。

「……いいよ」

〈……だが、ワタシの判断が招いた結果であるのは間違いない〉

「お前の判断は間違いなかった。俺があの時のあの電車に乗っていたのが運のつき。……いや悪くはないか。本当に悪かったら、こんな風にお前と会話できないしな。それに桂と一緒に暮らすこともできなかったし。新しい友達もできなかったし」

〈そう言ってもらえると助かる〉

「けどまあ、稲葉志郎としての復活はできなくても、元の姿には戻れるんだ。戻った後は戸籍とか諸々のことを上手くやってくれればなんとなるだろ」

〈その辺りのことはワタシが母船に帰る前にキチンと対処しよう。約束する〉

「頼むぜ、元に戻って後はほったらかしなんてないようにな」

〈ああ〉


 墓参りをすませた後、近くのある神社二社に参拝し願掛けをする。

 この神社は子供の頃よく訪れた場所だった。

 それは神道に傾倒し、信心深かったという理由ではなく、神社脇に小さなグラウンドが設置されていて、そこでよく野球やサッカーをしていたからだった。

 自分が氏子の神社に先に参り、それからもう一つある大きな神社へ。

 ここには大きな狛犬があった。長崎の平和記念像で有名な北村西望が造った作品。よくある石製のものとは違う。それもそのはず銅製だった。それにフォルムも筋肉隆々で前脚をピンと張っている様は威風堂々といった感があった。

 この狛犬は子供の頃と全然変わらない。そう、思いながら間を通り社殿へ。

 願掛けする内容はもちろん『一刻も早く、元の姿に戻れますように』。

 祈るが、祈っただけでは元に戻れないことは重々に承知している。そしてそのための方法も分かっている。

 そして、それは自分一人の力ではどうにもならないことも。

「改めて、よろしく頼むな」

 左手の相棒にそっと言う。

〈それはコチラの台詞だ。コチラこそよろしく頼む。君の力がワタシには必要だ〉


〈バス停を通り過ぎたがいいのか?〉

 参拝を終えて鳥居を抜け、行きに降りたバス停のあるバイパスを横断し通り越えた美月にモゲタンが。

「いいんだよ。桂との待ち合わせの時間まではまだまだあるから、時間をつぶさないとな。けどさ、とくに行きたいような場所もないし、それにここに帰ってきたのも久し振りだからちょっと歩いてみようかなと思って」

 二人の本日の予定はそれぞれ地元に帰り、そして夕方に桑名駅で合流する。その後は真っ直ぐに帰宅してもいいし、何か面白そうな場所があったら名古屋で一泊してから帰る予定になっていた。

 まだまだ時間があった。しかし、他にすることを思いつかなかった。

 旧伊勢街道へと出る。すぐそこには先程墓参りをした寺があった。

 南を一度見た。そこからほんのわずか進んだ場所に高校生まで過ごした実家があった。

 だが、そちらへと美月の脚は向かわなかった。

 いや、向かえなかった。

 背を向けて北へと歩みだす。このまま進めば閻魔堂へと出る。

 そこまで進む間に、時間つぶしの場所を考えようと美月は思った。閻魔堂の前の道は五叉路になっているから。

 かつての伊勢路へとの街道であるこの道は、所々に往時の面影を残していた。住んでいた頃にはそれには全然気も留めなかったが、離れてみると分かるようなこともある。

 右手の奥まった場所に中華料理屋が見えた。幼い頃祖父母がよくこの店から出前を取っていたのを思い出す。

 少し早いけど昼食をここで食べようかと美月は思った。

 が、すぐに思い止まった。

 この店よりももっと馴染みがあり、そして好きな味で、その上安価な店を思い出したから。

 ならば久し振りに行こうかと思うが、問題点が美月の頭の中に。

 その店はここから距離にして約2㎞弱。体力面での心配はいらない、時間も問題ない、夏の暑さも平気、だが日焼けはどうなのだろうか? この真っ白な肌を小麦色にしたら桂になんと言われるか。日焼け止めなんか塗っていないし。

〈それなら問題ない。ワタシの力でどうにかできる範疇だ〉

 頭の中に浮かんだ問題点に素早くモゲタンが答えてくれる。

 ならば憂いはなし。美月は件の店、かつてよく通ったうどん屋へと歩き出した。

 歩きながら考える、何を食べようか?

 夏だから、やはり冷たい麵だろうか。いやでも、長い間食べていないから好きだったものを。美月が、稲葉志郎が好んで食べていたのは鳥南蛮うどんだった。この季節に食すには熱いと思いつつも、徐々にそれ以外のメニューが考えられなくなっていく。

 道中半ばにして心が決まった。脚が自然と速くなってく。

 速足での歩行は脳内を活性化させる。美月は別のことを考え始めた。それは今後のこと、桂との待ち合わせまでの時間の過ごし方。

 せっかくだから天むすを買っていこう。以前、天むすは名古屋飯ではなく津が発祥だということを桂に信じてもらえなかった。だからこそ、元祖の天むすを買っていって食べてもらいたい。天むす自体も美味しいが、付け合わせの伽羅香きゃらこうも美味しい。

 その後は大門まで来ているから蜂蜜饅頭を。

 後は朝日屋で、松阪牛を。

 夏場だから買った肉を炎天下で持ち歩くのは危険だが、大きな店だ。配送のサービスがあるはず。何点か購入し、送ってもらい、冷凍しておけばしばらくの間松阪牛を楽しめるだろう。きっと桂も喜ぶはず。ついでに久し振りにチューリップも買っていこうか。

 美月は頭の中で今後の予定を算段する。

 それを打ち消すかのように携帯電話の呼び出し音が鳴る。

 画面を見ると着信相手は桂だった。

 通話ボタンを押すと同時に桂の悲痛な助けを求める叫び声が。

「お願い、助けてー。今すぐに来て」

受話器の向こうからは桂以外の声もする。只ならぬ事態の様相だった。

「どうした? 何があった?」

 美月が声を発した時にはもう電話は切れていた。

 行かなくては。けど、何処に向かえば?

「さっきの電話がどこからかかってきたか分かるか?」

 モゲタンに逆探知できないかと問うた。しかしながら、エキストラ時代に仕入れた知識ではあんな短い時間ではそんなこと不可能だと知っている。

 それでも聞かずにはいられなかった。何が起きているのか分からないが、一刻も早く桂のところに行かないと、助けないと。美月は焦っていた。

〈問題ない。以前に仕込んだナノマシンを利用すれば桂の位置を特定するのは容易だ。特定した位置情報を送るぞ〉

 脳内に地図が広がり、位置情報が示される。

 人目のつかない位置へと移動して美月は跳んだ。

 一度の空間移動では届かない場所に桂はいるのだから、何度も繰り返した。

 桂の体内のナノマシンの信号は桑名市にある住宅街からだった。つまり、桂の実家から。

 百回以上の跳躍を経て美月は桂の実家と思われる民家の前へと到着した。その間要した時間は電話が切れて一分も経過していない。

 家の外にも聞こえるような諍いの声が。

「ここで間違いないのか?」

〈間違いない。桂はここにいる〉

 モゲタンの返事を聞くやいなや美月は、桂の実家と思われる民家の扉を開けて中へと入る。急いではいるがキチンと靴は脱いで。

「桂無事か」

 言い争う声のする部屋へと。

「稲葉くん来てくれんだ」

 その部屋の中には美月の姿を見て嬉しそうな表情を浮かべる桂と、その桂の腕をつかんでいる中老の男性と、携帯電話を取り上げている眼鏡の青年、さらにはあたふたしている中年女性。

 桂以外の三人も美月は知っていた。つまり、桂の両親と兄。

 だが、この状況を理解できないでいた。

 心配して勇んで飛び込んだものの訳がわかず、美月はその場に立ち尽くす。

 父親につかまれていた腕を強引に振りほどき、美月の傍へと駆け寄り、その小さな頭を愛おしそうに大きな胸で抱きかかえた桂は、

「私はこの子と一緒になるの。だから、お見合いなんか絶対にしません」

 と、力強く宣言した。

「お前何を言っているのか自分で分かっているのか? 彼を失ったからと言って、そんな小さい子に手を出したのか?」

「手なんか出していません。……まだ」

「それよりもその子どこの子なの?」

「まさか誘拐とかじゃないだろうな」

「そんなことしていません。この子は、美月ちゃんは私の天使なの」

「何を分からないこと言っているんだ?」

「志郎を失った悲しみでおかしくなったか?」

「おかしくなんかなってない。私は正常だから」

「だったらなおさらだ。その子をどこから連れてきた?」

 家族間の怒号が飛びかう中で、美月はここまで必死に駆け付けた代償と一応桂が無事なことに安堵して倒れてしまいそうになったが、ここで気を失ってしまったら絶対に事態はよりややこしいことになると思い、気合で踏みとどまった。

 が、心の声がポロリと漏れてしまう。

「どうして、こうなった」


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