家族会議 5
美月は鏡の写る自身の全身像を見て、思わず涙ぐみそうになった。
が、ぐっと堪えて我慢する。
そして自分はこんなにも涙脆かっただろうかと自問した。
涙脆くなんかなかったはず。こんな風になったのは、この姿になってからのはず。
ついこの前だってそうだ。美人の引っ越しの見送りの日、これが今生の別れになるわけでもなし、最近購入した携帯電話でいつでも自由に連絡を取り合えるのに、それなのに泣きながら話す美人の言葉を聞いた途端、思わずもらい泣きをしてしまった。
結果、涙で見送った。
見た目とは違い、三十年近い人生経験がある。多くの別れの現場に居合わせたはずなのに、これまでそんな状況で一度として泣いたことなんかなかったはずなのに。
それなのに、どうしてこの時は泣いたのだろう?
姿に精神も引っ張られてしまったのだろうか? それとも大切な、まあ人生初と言ってもいいかもしれない演劇の生徒と離れることが、自分で思うよりも悲しかったのだろうか?
分からない。
しかし、泣くことが悪いことだとは思わなかった。喜怒哀楽は役者にとって不可欠なこと。それを表に出すことは大事なこと。
だが、今泣きそうになっているのはそれとは全く関係なく羞恥によるものだった。
ガーリーなシルエットでウエストにくびれのあるノースリーブの白いワンピース。これが美月の纏っている衣装。
少女の姿になってはや数ヶ月。毎日着ているセーラー服のおかげでスカートにも慣れたはずだったのに、こんな女の子然とした服を着ている姿を鏡で見てしまうと恥ずかしくなってしまう。
涙が自然に瞳に溜まっていく。
着たくて着ているわけではない。これは桂の要望だった。
桂の仕事の休みの日に、二人で都心へと赴いた。そこで帰省にあわせて服を買うと言い出し、その際桂が選んだのが今着ているワンピース。
客観的に見て可愛いとは思う。この姿によく似合っているとも思う。しかし、恥ずかしさがぬぐい切れない美月だった。
「準備できたー」
試着室のカーテンの向こう側から桂の声が。
出たくないけど、出ないわけにはいかない。
美月は羞恥で紅くなっている顔で覚悟を決めてカーテンを開けた。
「思った通り、すごく似合っている」
「ええ、よくお似合いですよ」
桂と店員さん、両者が美月を褒める。
「でもね、前にも言ったことあるけど。……スカートで足を大きく開いているのはどうかと思うけどな」
いつかのあの日と同じような指摘をされてしまう。
「いいんだ、これで」
あの時は素直に閉じたけど、可愛い少女の外見だけど、中身は男だということを態度で示すように腕を組み、仁王立ちするかのような姿勢で美月は言った。
美月の次が桂の番。
あれからまた数点試着して熟考、桂が、した結果あの白のワンピースを購入し、今度は桂の服を見に行くことに。
そこで美月は意趣返しをしかけることに。
自分が着たのと同じようなワンピース、それもノースリーブを薦めてみる。
「こういうの着る若さはないわよ」
そう言って拒否する。
「でもさ、着てみるだけ着てみたら」
「いい。着なくても分かるから。だって太って見えるし、それに肩を出すのもちょっと勇気がいるし」
桂がノースリーブの服を着用しないようになったのには理由があった。
それは腕。
お腹周りのお肉も気になっていたけど、それ以上に気になっていたのは二の腕。
いわゆる振袖とか呼ばれる二の腕のお肉。
実を言うと、美月というか稲葉志郎はその部分が好きだった。見るのも好きだが、触るのも好きだった。イチャイチャしている時に何度もタプタプした感触を楽しみ、その度に怒られたことが何度もあった。
だから意地でも着てほしいと思った。
しかし、桂もかたくなに拒否する。
二人の意見は平行線。
「絶対に無理」
「どうして?」
「……だってこんな服で新幹線に乗ったら……」
あの日以降の話し合いで、深夜バスは費用が安いが朝の五時に名古屋へ到着しても何をするのかという問題が表面化し、それなら新幹線の朝出発すれば向うにはちょうどいい位の頃合いに到着できるはずという結論に。
「……肩が上がらなくなっちゃうんだもん」
昔は平気だったけど、冷房がきついと感じる年になっていた。




