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家族会議 4


「……ということがあったんだけど、長島温泉ってこっちじゃマイナースポットなのかな。思い起こしてみれば劇団内でも知ってる人間少なかったし」

 いつものように帰宅したかつらと一緒にお風呂に入り、美月みつきはパジャマ替わりのTシャツに短パン、桂はパジャマに着替え、用意しておいた晩御飯を一緒に食べ、そしてこれはいつもとは違う、十数年ぶりに貰った成績表を現役の私立高校の国語教師に見せ、今後の課題点と小言を少しばかり頂戴した後、昼間のことを思い出し話題に上げた。

「そうかもね。絶叫マシンといえば富士急ハイランドが出てくるし」

「やっぱ、そうか」

「ねえねえ、今年の夏はさ一緒に遊園地に行ってみない」

 稲葉志郎であった頃は年中暇なしの貧乏生活だったため、そういう場所には全然縁がなかった。

「うーん」

 桂の提案に美月は考えた。

 金銭的には問題ない。モゲタンの資金運用が上手くいっているようで、多少、いやかなりの余裕があった。

 しかし、そもそも絶叫マシンに全く興味が無い。自由落下にしろ、回転系にしろ、しようと思えば自らの有する能力で似たような体験を行うことができる。それを、お金を払って、あまつさえ長蛇の列を形成する一部になり、時間の無駄遣いをするのはどうかと思ってしまう。

 思ってしまうが、それを口には出さない。長年の付き合いで分かっている、絶叫マシンで遊ぶのが目的ではなく、二人で一緒に特別な時間を過ごすのが桂にとって大事なこと。

「遊園地は嫌?」

 美月の表情を読み取ったのか桂が言う。

「別に嫌なわけじゃないよ。桂が行きたいなら、何処へでもお供しますよ」

「本当?」

「ああ、本当だ」

「だったらさ、今年の夏は何処かに旅行に行こうよ」

「旅行か。いいかもな」

 二人で旅行も前述の理由で行ったことがなかった。

「それじゃ決定。明日仕事帰りに旅行会社に行って何枚かパンフレット貰ってくるね」

 ウキウキした桂の声。よっぽど嬉しいのだろう。

「あっ、……でも休みは大丈夫なのか?」

 学生である美月は明日から一月以上の長い休みに入るが、教師という職に就いている桂はそうはいかない。

「えっと、……お盆休みに」

「お盆は実家に帰るのが約束じゃなかったのか」

 こちらでの就職を決めた際に、桂は両親、特に父親、との約束で盆暮れ正月には絶対に帰省することになっていた。

「今年は止めにしようかなと思って。だって、稲葉くん一人を残して行けないし」

 たしかに女子中学生一人を残して長い時間家を空けるのは不安だ。しかし、美月の中身は三十路前の男。

 不安になる必要性なんかどこにないはず。

 なのに、桂は心配する。

「……それじゃさ、一緒に帰るか」

「へっ? 一緒って? 稲葉くんも私の実家に来るの?」

「そうじゃない。この際だからさ、俺の墓参りに行こうと思うんだ。もうずっと帰っていないし、それに自分の墓を参るなんて貴重な体験だろ」

 東京に出てきてから、数えるほどしか帰っていなかった。そしてこの夏、遺骨の入った骨壺の代わりに自らの使用していた眼鏡が、先祖代々の墓の下に埋葬された。

「……稲葉くん」

「それじゃ今年の夏は一緒に帰省で決まり。モゲタン、俺の空間移動ってどのくらいの距離跳ぶことが可能だ」

 左腕のクロノグラフ、こんな姿にした張本人、モゲタンに訊く。

〈最大距離はおおよそ400m〉

「じゃ、何回か連続して跳べば交通費が浮かせるな」

〈しかし、体内に蓄積したエネルギーだけでは目的地には到着できないぞ〉

 おおよそ400㎞の距離、単純計算で千回の跳躍が必要。一回一回はさほどの疲労は感じないが、それだけ連続して使用した経験はない。

 モゲタンの助言を聞きながら、美月は頭の中で算段した。桂を連れて跳びながら観光地を巡り、名物で必要なエネルギーを補充しようかと。

「行くなら新幹線か、バスがいい」

 桂の声が美月の思考にストップをかけた。

「……何で?」

「どうしても。……そっちのほうがいいから」

 少しだけすねたような口調で桂は自分の意見を曲げない。 

 合理的な考えが正解じゃないことは、よく知っている。時間と費用の無駄になるが、それで桂が満足してくれるならば、喜んでくれるならば、従おう。

「分かった。桂の意見に従うよ。……その代わりに、俺も桂にしてほしいことがあるから」

「……変なことはダメだよ」

「大丈夫。今すぐにできることだから」

 そう言うと美月は立ち上がり、さらには桂も立たせ、最近購入したばかりのリクライニング機能付きの座椅子に少しだけ股を開かせて座らせた。

「これでいいの?」

 戸惑いながら桂は立ったままの美月に確認する。

「それでいいよ。それじゃちょっと失礼して」

 そう言いながら、美月は桂の空いている股の間に小さなお尻をねじ込み、桂の大きな胸に頭を預けた。


 同じシャンプーを使用しているはずなのに自分のよりもはるかに甘い香りが桂の鼻腔をくすぐった。胸にかかる美月の頭の重さも心地好い、密着している若くすべすべした柔らかな肌からはほのかな体温が伝わってくる。思わずギュッと抱きしめたくなる衝動にかられたが、抱きついたら暑いと言われそうだから自粛する。

 自分の意思を無視して今にも動き出しそうな腕にストップをかけ、落ち着くために大きく息を吐き、また吸い込む。

 甘い香りが再び。頭の中がクラクラしそうになりながら、あることを想起した。最近こんな場面を観た記憶が。今後の勉強のためにという名目で購入した百合マンガ、その中にこれと似たようなシチュエーションが。

 これはもしかして誘われているのでないだろうか、と桂は思った。

 あの夜以来、何もしていないし、何もされていない。そのことに業を煮やしてこんなモーションをかけてきたのではと桂は勘ぐってしまう。

 けど、これまで求めてくる時はちゃんと伝えてきた彼だった。こんな回りくどいような行為はしないはず。でも、以前の姿とは違う。女の子になってしまったんだ。だとしたら、自分も経験があるから分かるけど初めてをささげると決意はしてもなかなか思い切れない。だけど、これは考え過ぎだろうか。

 ……でも……もしかしたら。

 桂の頭がグルグルと回る。混乱していく。

 目の端に薄い布越しに上下する微かなふくらみが。

 桂は、ブラを着けていないんだ、と思いつつも無防備で可憐な小さな胸に少しだけ欲情を覚えてしまう。そこに触れたい、いじりたい、弄んでみたい、大人の気持ち良さを感じてもらいたいと思ってしまう。

 肌を通して伝わってくる美月の温かさが桂の中の欲情をより熱くしていく。

 再び腕が意思とは関係なく動き出そうとした。

 強い気持ちで自重する。

 性欲は薄かったはずなのに、どうしてこんな気持ちになるんだろう。女は年齢を重ねると強くなっていくという話を聞いたことがあるけど、それが自らの身に起きるなんて。

 どうしようこのままこの気分に流されてしまってもいいのだろうか? 嫌、ダメダメ。稲葉くん自身は成人かもしれないけど、美月という身体は未成年。教職の身にあるのに、青少年育成条約に違反するような行いをするのは。けど、同意であれば。ああ、でも中学二年生として学校に通っているけど、肉体の設定年齢はそれよりも下だったはず。そんな子に手をだすのは完全な犯罪だ。だけど、バレなきゃ平気だよね。一線を越えたなんて周囲に言いふらすような性格でないことはよく知っているし。それなら世間にバレない、バレなきゃ犯罪じゃないはず。じゃあここは、勇気を出して触れてみようか、禁断の、かつて少しだけ憧れた世界へと一緒に飛び込んでみようか。

 そこまでほんのわずかな時間で桂は思考した。

 強い意志で制御していた腕を解放しようとした瞬間、また一人脳内会議が。

 でも、女の子同士のエッチはどうすればいいんだろ? 調べようとは思っていたけど、いざ検索する段階になると妙な照れが生じてしまい結局調べていない。ならば本能に任せて、欲情の赴くままに小さな身体をむさぼろうか。ああダメだ、そんなことをしたら幼い可憐な肉体に傷をつけてしまうかもしれない。それに理想を言うならば、綺麗で美しく一生思い出に残るようなものをしたい。あの初体験の時は、互いにぎこちなく、なかなか上手くいかずにいた。それもまあ良い思い出だけど、今度はスムーズでスマートに。やっぱりそのためには、ここは泣く泣く苦渋の選択をすべきなのだろうか。でも、身体の中で沸き起こってきたムラムラとした感情も抑えきれないし。

 桂の脳内でせめぎあいが続く。

「サンキュー。前からちょっとだけ気になっていたオッパイ枕を試してみたけど、思ったよりも気持ち良くなかった。桂位の胸なら絶対にフカフカして寝心地が良さそうだと思ったんだけどな。うーん残念だな」

 そう言いながら、美月は桂の大きな胸に預けてあった頭を上げ、伸ばしていた脚を屈伸し、また伸ばす。そしてその反動で立ち上がった。

「そんじゃさ、さっきの続きを話し合おう。バスにするか、新幹線にするか」

 と、言われてもそんなことを考える余裕なんか桂にはなかった。

 自身の中に生じた悶々した欲求をどう解消しようか、そのことで頭が一杯だった。

「あの、お風呂に入ってくる」

「晩飯前に一緒に入っただろ」

「い……稲葉くんがくっ付いたから、また汗かいちゃったから」

 早口で言い残し、脱衣所へと桂は駆け込み、素早くパジャマを脱ぎ捨てて浴室へ。

 夏の気候のせいなのか、それとも中から沸き上がってくるもののせいなのか、いくら冷水シャワーを身体にかけても火照りは一向にひいてくれない。

 それでも浴び続ける。

 身体と心の火照りが治まったのは、いつまで経っても浴室から出てこない桂を心配し、美月が声をかけた頃だった。


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