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家族会議 3


 美月みつきは躊躇った。

 事故により宇宙で採集したデータが流星となって地球上へと落下した。それを回収する手助けをしていた。いや、手助けというよりも元の姿、稲葉志郎に戻るために必要な行為ともいえた。

 見た目はローティーンにも満たない可憐な美少女。それも今はとある魔法少女そっくりの格好。しかし、中身は三十路前の売れない役者。

 こんな境遇を脱するためには一刻も早いデータの回収が必要。

 それはまあ遠い目標であったとしても、今はかつらとの団欒の時間を一時的に切り上げてきたのだから、さっさと用件を済ませて帰宅したい、続きを楽しみたい。

 にもかかわらず、躊躇していた。

 データがこれまでにないほど強大なものではない、圧倒的な力を誇示しているわけでもない。活動を始めてからまださほどの時間も経っていない。今なら、赤子の手をひねるくらいに簡単に事態を収拾できる。

 それなのに美月の身体は動かなかった。

 動けないのにはいくつもの理由が美月に中にあったが、その中で一番の大きいのは気持ち悪いと感じたからだった。

 頭から角のように生えた二本の触覚、そして軟体の肉体に斑模様。その姿はナメクジだった。

 これが普通のナメクジならば、簡単に駆除できるはずだった。子供の頃はよく学校帰りに蝸牛を捕まえたものだし、その時にナメクジにも触っていた。大人になっても平気だった。

 が、今回の相手はナメクジとしてはすごく巨大。それも人ほどの大きさ。

 おまけに、粘膜なのか粘液なのかよく分からないがヌメヌメと表面についていて気持ち悪さをより一層に引き立てていた。

「……なあ、このまま放置しても実害がなさそうだし帰らないか」

 人気のない廃ビルの屋上に出現していた。このままにしておいても害はないような気がして美月は左のクロノグラフ、モゲタンへと話しかけた。

〈それはダメだ。確かにキミの言う通り、今のところは実害はないかもしれない。しかし、よく見てみろ。徐々にではあるが大きくなっている。おそらくこのビルを食べ巨大化するのだろう〉

 気持ち悪いという感情が強すぎてよく観察していなかったが、指摘されたように少しずつ大きくなっていた。

 どのくらい巨大な姿になるのか想定できない。ならば、この段階で駆除するのは間違いではない。

 だが、以前躊躇ったままであった。なんとなくではあるが触りたくなかった。

〈以前のように盾を腕に巻いて攻撃するのはどうだ〉

 美月の脳内を読み取りモゲタンがアドバイスを。少し前に対峙したオルトロスにはこの方法で対処した。

「……うーん」

 たしかに直接触れないが乗り気になれない。

〈腕が嫌ならば、脚ではどうだ〉

 高いヒールを履いている。それに加えて盾で保護する。おまけに脚の感覚は、手や腕よりも鋭敏ではない。

 方法としては十分にありである。

 が、動かない。いや、動けない。

 一刻も早く事態を収拾したいという気持ちには嘘偽りないはずなのに、その場に立ち尽くしたままだった。

 データの身体がまた大きくなっていく。

〈それならば、これはドウだろうか?〉

 モゲタンのアイデアが美月の頭の中に流れてくる。

 美月は両腕に盾を展開させた。そしてその盾を手で持ち、円盤のように投射した。

 高速で回転した円盤が巨大なナメクジの身体を切り裂いていく。瞬く間に三つに分断され活動を停止した。

 データを無事回収した。元の姿に戻るのに、これでまた一歩近づいた。

「……ふう。……これで終わり。帰るぞ」

 大きく息を吐き出し、帰宅する旨を告げる。

〈気にする必要なんかない。全てはワタシの責任だ〉

「何の話だ?」

〈気にするな、今のはワタシの独り言のようなものだ〉

「へえー、お前も独り言なんか言うんだ」

 その言葉を廃ビルの屋上へと残して、美月は桂のもとへと跳んだ。

 

「ただいまー」

 変身したままの姿で美月は桂の待つ部屋へと帰宅した。

「おかえりなさい。大丈夫だった? 怪我はしてない?」

 心配そうな表情と声で桂は出迎えてくれた。その中には無事に帰ってきてくれたという、安堵も少しだけ浮かべていた。

「そんなに心配しなくても平気だ。……あんなことは滅多にないし」

 そう、あんなことは二度と起きないはず。

「でも、……それ以外の時にも傷を負ったりしたんでしょ。……今から思い返してみれば多分そうだろうなと思うことも幾度かあったし」

 これまでの出来事全てを桂に伝えたわけではなかった。

 しかし、その時は気が付かなくても今にして思えば、もしかしたらそうじゃないのかと思う事柄がいくつか桂の脳裏に浮かんだ。

 だからこその心配だった。

「平気だよ。今日だって、簡単に片づけて帰ってきたんだし」

 この部屋を出て戻ってくるまでの時間は実際に十分も経っていない。

 だが、躊躇ったことは内緒にしておいた。

「……うん、分かった」

 少しだけ心中の複雑さを見せながらも、桂は一応納得してくれた。

「それじゃ続きを観ようぜ」

 レンタルDVDの鑑賞の途中で美月は出撃した。つまり、待ってもらっていた。

「うん。と、その前にさ、その変身した姿もっとよく見せて」

「これ?」

「そう、その恰好。……だってあの時はちゃんと見る余裕なんかなかったから」

 指摘されたように桂の前でこの姿になったのはほんの一瞬。しかも後姿で、さらにいえば別れを告げた後。そんな状況ではちゃんと見る余裕なんか皆無。

 四方八方、上下左右前後、360°、桂の目が美月をジックリと観察する。

 この姿にもうすでに何回もなった。当初は恥ずかしかったけど慣れたつもりだった。

 が、それが思い違いであったことを思い知らされる。

 妙に恥ずかしくなってくる。一刻も早くこの姿から元に戻りたくなってくる。

「……あの、桂さん。……そろそろ変身を解いてもいいかな」

「もうちょっと待って。あ、写メ撮ってもいいかな」

「えっとそれは……」

〈この姿を写真に収めるのはお奨めできない。君の秘密が世間に漏洩する危険がある。さらにいえばその危険がまた桂に及ぶ可能性も否定できない〉

「駄目だ。また桂を巻き込んでしまうかもしれないから」

「……でも、誰にも見せないようにするけど」

「それでも駄目だ」

 真剣な目をして訴える。

「うん、分かった。稲葉くんの言う通りにする。……それにあんな目に合うのはもうコリゴリだし」

「……ゴメン」

「そんな謝らなくても大丈夫だから。それにさ、万が一またあんなことがあっても助けてくれるでしょ」

「それはもちろんだ」

「それよりさ、ちょっと話がそれるけど、稲葉くんの趣味って変わったの?」

「変わったって?」

「だって、この手のアニメってあまり観なかったじゃない」

「別にそういうわけじゃないけど。これは偶々こうなっただけの話で」

 そう、望んでこの姿を選んだわけじゃない。偶然の産物だった。

「そうなんだ」

「ああ、そうなんだ。……あっ」

「何? どうかしたの?」

「思い出した。この姿から変更できるんだったんだ」

 すっかりと忘れてきたことを美月は思い出した。あの時は他になりたいような姿を思い浮かべることができずに保留にしていた。

「じゃあさ、あのアニメの格好にしたら」

「あのアニメって?」

「ほら、昔私に見せてくれたことがあるやつ。演劇に興味が出始めた頃に観た作品だから影響を受けたって言っていたの。……題名は何だったかな?」

「……ああ、ウテナのこと」

「そうそれ。えっとネットで検索すれば主人公の画像がどんなのか分かるはずだから」

 そう言いながら桂はパソコンの電源を入れた。

「あ、その前に桂さんちょっといいいかな」

「うん、なーに?」

「あのさ、もう変身を解いてもいいかな。いいかげん楽な恰好なりたいんだけど」

 これまでとくに記載はしてこなかったが、変身すると常時より力が出る代わりにエネルギーの消費も大きかった。

「もうちょっとその姿を堪能したかったんだけどな。……いいよ」

 変身解除のお許しを得て、美月は元の姿へと。肩までの綺麗な黒髪にTシャツと短パンというラフな格好に。

「ああ、出た」

 パソコンのモニター上には『少女革命ウテナ』の主人公、天上ウテナの画像が映っていた。

 先程桂が言ったように、この作品に美月は、というか稲葉志郎は多少なりとも影響を受けていた。アングラ演劇というものを知り、寺山修司に少しだけはまり、更には土方巽に傾倒し暗黒舞踏にまで足を踏み入れようとしたが、自分には舞踏の才能が全然ないことを悟り、さらに言えば自分のしたい演劇とはちょっと志向がずれているようにも思えたので、結局そっち方面、つまりアングラへとは進まなかった。

 ともかく、美月はパソコンのモニターを見た。そこには懐かしい画が。ピンクの長い髪に上は学ラン、下はスパッツ。

 有りといえば、有りかもしれない。少なくとも今の魔法少女の格好よりは恥ずかしくないように美月は思えた。

 だが、この姿に変身したいかと問われれば迷いが生じる。

「あれ、この監督さんの新作が放送しているんだって」

「本当か?」

「うん、これ」

 そう言って、桂はそのアニメの公式サイトへと移動した。『輪るピングドラム』。それがこのアニメの題名。

 面白そうだ。

 娯楽をチェックする余裕がなかったとはいえ、知ってしまえば後悔してしまう。どうして一話からちゃんと観なかったんだと。

 美月は頭の中で考えた。もしかしたら知恵辺が録画をしているんじゃ。もしそうだったら、後でダビングして貰おう。

「稲葉くん、この作品を参考にするのはダメです」

 突然桂が言いだした。

「なんで?」

 モニター上にはおそらく主人公が変身した不思議な少女の画が映っていた。ペンギンをモチーフにしたような帽子に、黒を基調とした上半身、下半身は後ろだけがある変なスカートのようなもの。ダメという理由が分からない。

「……だってこれ、下がレオタードみたいだし。……それに素肌だし」

 言われてみれば確かにその通りかもしれないが、美月自身は全然かまわないと思えた。

「問題ないよ。それよりもこの前がないスカートのほうが動きにくそうだけど」

「だって出ちゃうかもしれないだよ」

 桂が危惧する理由がようやく分かったような気がした。要するに激しく動いたときなんかに具が見えてしまうことを心配しているのだ。

「そんな心配必要ないからさ。さっきモゲタンに確認をとったけど、こういう姿に変身してもモザイクが必要な部分が露出することはないってさ」

 アニメ同様にぴったりと股間部分に密着するらしい。

「そうじゃなくて。……今はまだ大丈夫かもしれないけど将来的に成長したら、……生えてきたらはみ出てしまうかもしれないでしょ」

 今度こそ桂がダメといった理由が分かった。

 ようするにまだ美月の身体にはないものが今後の成長とともに芽生え、その時に起こりうるかもしれない可能性を憂慮しているのだ。

「多分気にしすぎだと思う。それに、そうなったとしてもはみ出るようなほどにはならないと思う。桂みたいなことにはならないよ」

「酷い。私のだってそんなに濃くなんかないよ」

「でも昔、処理が甘くて水着から飛び出していたじゃないか」

「あれは偶々で。普段はちゃんとお手入れしているし」

 当初の話題は何処へやら、二人は痴話喧嘩へと移行していった。


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