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人魚の想い


 名古屋上空、異常なし。

 あ、異常はあたしか。

 今日も夜の風は冷たくて気持ち良いし、夜景もきれいだ。

 こんな風に自由に空を飛び回れるようになったのは今年の春。それまでずっとあたしの人生はベッドの上だけだった。

 物心がついたころにはもうこんな身体、というか生まれつき心臓が他の子よりも弱かった。それだけならまだしも他の部分も正常に機能していない部分が多々ある。

 それでもまだ幸運なのかもしれない。

 幸い両親は裕福で優れた治療を受けられた。現にこうしてまだ生きているし。

 けれど、このまま外の世界を知らないで死んでいくのは嫌だった。

 窓の向こうには雄大な世界が広がっているはずなのに、あたしはずっとベッドの上。

 おそらくそう長くない人生、この先もずっとここから動けないのだろう。

 そんな諦めのような気持で生きていた。

 それがこの春、変わった。

 祈っても無駄と十二分に知っているのに。この世界には神様なんか存在しないと分かっているのに。だけど、何かに願わずにはいられない。

 流星群が降るという日の夜、私は流れ星に願いをかけた。

 願いは叶った。

 まるで宙に浮いてしまいそうになるくらいに身体が軽く感じた。

 感じただけじゃない、本当にあたしの痩せたみすぼらしい、所々にみにくい傷跡のある大嫌いな身体が宙に浮く。

 そのまま窓から外へと抜けだす。

 まるで子供の頃に読んだピーターパンのお話のウェンディになったみたいだ。ああ、でもあれは男の子が外の世界へと連れ出してくれるお話。

あたしにはそんな男の子なんていない。だけど、そんな存在がいなくても平気。

 そりゃ少しくらいは恋愛には憧れてみたりもするけど、あたしの一生には絶対に縁のないことだと思っていたから。こんな何の役に立たないような、おそらく子供も産めないような欠陥生物に恋愛なんていう感情を抱く奇特な人間なんかいないはず。

 それよりも、外の世界を楽しまないと。

 真夜中がこんなも楽しいなんて。

 こんな時間でもけっこう車が走っているんだ。

 いくら暗くてもこんな風に宙に浮いていたら他の人に見つかっちゃう。高度を上げようと意識する。すると身体は思ったように上昇する。

 街の灯りがすごく綺麗だった。

 テレビのニュースでイルミネーションを見に行く人達のことが流れていたが、その時はそんなものを見て何が楽しいのかと疑問だったけど、今なら理解できる。

 本当にすごく綺麗。 

 もしかしたらこれは夢なんじゃ。

 人間が空を飛べるわけないし。それにあたしの身体がこん何も軽いわけないし。

 あの日はそう思っていた。

 でも、夢じゃなかった。現実だった。

 あたしは空を飛べるんだ、それだけじゃなく身体も健康になったんだ。

 飛び上がるくらいに嬉しかった。というか、文字通りに一人空の上で喜びを爆発させたけど。あんな大きな声で叫んだのは人生初。 

 自由に飛び回るようになって一週間くらいかな、ネットを騒がす動画に遭遇。

 ちょっと前に人気だった、今度新作があるらしいけど、魔法少女のコスプレをした子が暴走トラックを停めたもの。

 一目で分かった。この子はあたしと同類だ。同じ様に不思議な力を手に入れたんだ。

 その時の思ったのは、他の人を助けて偉いなというのではなく、あんな風に変身すれば万が一他人に飛んでいる姿を目撃されても正体がバレることはない。それに少しだけかっこいいような気がしたし。

 考えた。

 どんなコスチュームに、というか姿になろうかと。

 自分の望んだ姿に変身できる、自分でもよく分からないけどそんな確証があたしの中に。

 どうしようか、色々と考えた結果。

決めた、これだ。

選んだモチーフは人魚。

飛ぶのだからいっそのこと翼でも背中から生やしてみようかとも思ったけど、あたしの産まれる前に書かれたこの地域を舞台にしたジュブナイル小説を思い出して、それじゃありきたりすぎないかとも考え、一晩悩んだ末に出た結論がこれ。

 これは実感なのだが、実際には飛んでいるだが、感じとしては夜空の中を泳いでいるような気が。

 それに幼い頃、人魚姫のお話が理由はよく覚えていないけど好きだったし。

 後は細部を詰めないと、イメージしないと。既存のものを使うのは芸がないような気もするし、それに考える時間もたっぷりあるし。

 ベッドの上で色々と資料を参考に考えた。

 飛ぶのも面白いけど、考えるのも楽しい時間だ。

 尾鰭は地域色を生かして、といっても住んでいるところから少し離れているけどまあ県内ということで、後はヒラヒラしていて優美ですごく綺麗だし、金魚のように。

 脚は魚そのものにしちゃうと鱗が気持ち悪いから衣装のような感じでデフォルメして。

 次は上半身。人魚の定番はビキニだけど、それを採用するのは恥ずかしいような。それにあたしの貧相なおっぱいにはビキニは似合わないし、胸の傷跡も外に出るし。

 ……でも、変身することでみにくい傷跡はきれいに消せるし、ちっとも成長しなかった胸も人並みに、いやそれ以上に盛ることも可能だ。

 ならば、ここは大胆に。今までできなかったことを楽しんでみようと思った。

 せっかくだからこの際髪も染めてみた。夜空に映えるような色が良いなと考えていたら頭に浮かんだのは銀色。プラス、ヘアアクセサリーも

 うん、これしよう。けど、銀色の髪で金魚のような鮮やかな赤色は合わないような。それなら、赤を黒に変更しよう。黒もまた金魚には多い色だし。

 頭の中のイメージを絵におこす。

 ベッドの上から動けない生活だったから絵を描くのは割かし好きだ。自分ではそれほど上手いとは思わないけど、それでも人に見せて恥ずかしくないようなものは描ける。

 その姿になって鏡に映してみる。悪くない、というか想像以上だった。

 それ以来のこの格好で。

 ああ、ちょっとだけ語弊があった。本当を言うと何回か手直ししているけど、基本のコンセプトに変更はなし。

 自分で決めたことだけど、最初は少し気恥ずかしように感じていた。でも、飛んでいるうちにそんなことは気にならなくなっていく。

 気持ち良い。

 この気持ち良さに任せてもっと上にまで上昇してみようかと思ったけど止めた。

 あまり高く飛ぶと近くにあるセントレア空港に離発着する飛行機と接近してしまう。

 運航の邪魔をして迷惑をかけてしまうのもなんだし、それに万が一にでも大勢の乗客に見られてあの魔法少女の子みたいに世間のさらし者になるのも嫌だし。

 こんな風に飛べるだけでも十分だ。本音を言えばもっと自由に、阻害されることなく思うままに遊びたいけど。

 けど、まあこれまでの境遇を鑑みれば贅沢を言っても仕方がない。

 楽しめる範囲で楽しもう。

 そう思うようにするけど、やっぱり内心ちょっとだけムカムカとしてきた。

 そんなあたしの目の前に変な物体が突然出現した。

 何かと疑問に思う前に正体が頭の中に浮かんでくる。

 ああ、アイツを倒すんだ。回収するんだ。

 そうだ。さっきのちょっとだけムカムカとしたというか、むかついた感情をアイツにぶつけよう。

 丁度いい憂さ晴らしの格好の的だ。

 全速力で飛んで、そいつの目前で急停止アンド反転。

 綺麗で優雅な尾鰭で強烈な一撃をお見舞いしてあげた。



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