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家族会議 2


「だってこんなアラサーの女よりもさ、若い子と一緒の方が嬉しいのかっていう気がして。私このまま稲葉くんに捨てられちゃうのかな」

 涙交じりの声でかつらは自らの心情を一気に吐き出した。

「そんなことない」

 間髪入れずに美月みつきは否定した。

 桂を捨てるなんて、そんなことをする気なんか全然ない。第一捨てられる運命にあるのはこちら側だと思っていたのに。そんなことを考えているなんて。それは単なる被害妄想に過ぎない。

「一回り以上離れているのにすごく仲が良いから」

 たしかにそれは紛れもない事実だ。この姿になって中学に通うはめになった。友達なんか作るつもりなんかサラサラなかったのにひょんなことから友人関係になってしまった。

 が、それだけだ。そこには親愛の感情はあっても恋愛の感情なんて一切ない。

「それは友人としてだ」

「でも、保科さんとは話が盛り上がっていたじゃない」

 ここに遊びに来ていた時のことを思い出し、桂が言う。

「話が合うからだ。それ以上の理由はないから」

 そう、保科知恵とは話がよく合う。稲葉志郎が学生時代に見てきたもの、体験してきたものを、彼女は好んでいる。

 それで話が合うだけ。

 桂が勘繰るようなことは一切ない。

「じゃあ、田沼さんは?」

「あの子のことは年の離れた妹を見ているようなもんだ」

 見た目同様に中身も幼いからそんな気持ちになったことはまったくない。弟はいたが、妹という存在はこれまでの人生ではいなかったので、もしいたとしたらこんな感じだろうかと思いながら接しているだけ。

「新井さんは? あの子のことをすごく気にかけていたし」

 美人みとに関しては完全なる誤解だ。たしかに美月は美人のことを指摘されるように気にかけていた。しかしそれは、役者の後輩として。

 将来声優になりたいと言った美人は美月に声の出し方の指導を仰いだ。その想いに美月は応えた。

 これまで劇団の後輩を指導することはたまにはあったけが、マンツーマンで指導するのは初めての経験。

 言うなれば一番弟子といったところか。

 最初は声も小さく自信もない。これで大丈夫なのだろうかと心配しながら指導した。

 成果もすぐには現れない。

 それでも教え続けていると美人の声が少しずつであるが変化していく。

 一足飛びというようなことはないが、それでもわずかながらでも成長をしていく。

 そんな姿を見るのは意外と楽しいものだった。

 とある事情でつい強く厳しく当たったこともあるが、それでも美人は折れることがなかった。喜ばしさを覚えたものだった。

「あの子は役者の後輩として」

「けど、役者の世界ってそういうのよくあるんでしょ? 気が付いたらそういう関係になっていたって」

 たしかに劇団内でくっ付くのはよくある話だ。桂一筋だったから、そんなことは無縁だったけど、そういう話をした記憶はあった。

「ないない。それにあの子のことをそういう目で見たことなんか全然ないし」

 そういう目というのは、性的な目。

「本当に?」

「うん、本当に」

 そんな目で美人を見たことは一度もない。それは胸を張って宣言できる。

「ああ、そういえば稲葉くん着替えはどうしていたの?」

 突然何かを思い出したかのように素っ頓狂な声を桂が出す。

「着替え?」

 桂の言葉の意味がよく理解できずに美月聞き返した。

「体育の時とか着替え。……まさか若い子達の下着姿を邪な気持ちでジロジロといやらしい目で見ていたとか」

「してない。目を瞑りながらサッサと着替えて更衣室から退散したから」

 見た目は可憐な美少女だけど、中身はもうすぐ三十路のおじさん。そんなことは絶対に分からないだろうが、もし万が一にでも知られたら彼女たちは絶対に気分を害するだろう。中にはトラウマになる子もいるかもしれない。そんなことを考えて極力見ないように努力した。

「でもちょっとは興味があったんじゃ?」

 追及されてしまう。

 そんなことは絶対にないと、断言できない。指摘されたように、ほんの少しだけ興味があった。美月の初めての相手は目の前にいる桂、女子中学生の姿態をまじまじとその目に焼き付けたような体験はない。心の片隅でほんのちょっとだけ邪な気持ちを抱いたのは紛れもない事実。

「ああ、黙っている。やっぱり若い子のほうが良いんだ」

「だから、そうじゃなくて」

「思い出した。そういえば蓬莱さんオッパイ大きかったよね。……それにライバル宣言されたし」

 酔っぱらいの言動はどう飛ぶのか予想もつかない。

 桂はこの部屋でした勉強会でのことを思い出し美月へと言及した。

「たしかに蓬莱さんの胸は大きいけど」

 中学二年生の平均胸囲をはるかに超えるサイズ。

「蓬莱さんの若い張りのあるオッパイが良いんだ」

「……違うって」

「そういえば出会った頃から巨乳好きだったもんね。私のことも胸で好きになって、それでおばさんになったからもう用済みで捨てるんだ」

「ぼ、……俺が好きなのは桂の胸だ」

 まだ硬い果実よりも、熟しかけた方が美味しい。それに美月というか稲葉志郎のここ数年の性的な思考をいえば胸部よりも臀部へと移行しつつあった。

「……嬉しいけど、信じられないよ。……若くてキラキラと輝いているような子達に囲まれているのに私を選ぶなんて」

 若いけど、恋愛の対象にはならない。

 美月の中身はあくまで三十路間近の成人男性。

「いいか、もう一度言うけど……俺が好きなのは……」

 ここまで言って急に照れが出てしまう。その後の言葉が上手く出てこない。自分でも分かるくらいに顔が紅くなっていく。

 そんな美月を見て、桂は両手を合わせ口元に持って行く。

 声に出さなくてもちゃんと伝わった。美月はそう思った。

 が、事態は思わぬ方向へと展開していく。

「もしかして身体だけじゃなくて心も女の子になってしまったの。男の子の方がいいの」

 酔っぱらいの思考はおかしな方向へと飛躍してしまった。

「……は?」

「だから、身も心も女子化しちゃったの?」

「………違う」

 虚を突かれて返事を返すのが遅れた。

「やっぱりそうなんだ。……そういえば春にクラスの男の子に告白されたって嬉しそうに言ってたよね。……私のことに飽きてその子と付き合っているんだ」

 告白されたのも、そのことを報告したのも事実だが、嬉しそうにしていたのは完全なる捏造。そんな素振りを微塵も見せていないはずなのに。酔っているせいで記憶が見事なまでに混乱している。

 こんな状態の桂にどう対処をしたいいのか分からない。美月は助けを求めるようにこっそりと左のクロノグラフ、モゲタンを見た。

〈…………〉

 いつもは的確なアドバイスを即座にくれるのに何も答えてくれない。

「黙っているということは本当に男の子の方が良くなったの?」

「だから違う。俺が好きなのには桂だけだ」

 ついさっき照れが生じて言えなかった言葉、今度は勢いで飛び出す。

「じゃあ、証拠を見せてよ」

「……証拠って」

「だって口だけだったらいくらでも言えるじゃない。昔、台本に書かれている台詞ならどんなことでも言えるって言っていたし」

 何でそんな昔のことを、本人も忘れているようなことを思い出すんだ。理不尽さを感じながらも、どうすれば証拠を見せることができるのか美月は脳内をフル回転して必死に考えていた。

「……分かった。……それじゃ、……お、俺の初めてを桂にあげるから」

 考えた末に出た言葉。

「初めてって?」

「昔桂が俺に処女をささげてくれたように、俺も桂に処女をやるから」

「……えっ? ……いいの? ……だって女の子同士だよ?」

 突然の告白に戸惑う桂。酔いが一気に吹き飛んでしまう。素面に戻る。

「いいんだ」

 言うやいなや立ち上がった美月は肩らの横へと移動する。そしてそこに腰を下ろし、小さな顔を近づけ、静かに桂の唇を奪った。

 初めは離れようとした桂ではあったが、徐々に自らの口を美月の可憐な口へと押し付けていくようになる。

「……久しぶりだね、こうしてキスをするの。……あれでも、これって稲葉くんというか美月ちゃんにとってはファーストキスだよね」

 少女に身体になってからは初めての行為。

「よかったの? だって中学生から見たらもうおばさんのような年齢だよ」

「桂がおばさんなら、俺はおじさんだよ」

〈待ってほしい。この場合は一概におじさんと断言してしまうのはどうだろう。そもそも肉体は少女であり……〉

 美月はモゲタンを左腕から外した。

 さっきはアドバイスをくれなかったのに、こんなどうでもいいようなことで長い講釈を聞くような義理はない。それにこれから二人でする秘め事を見られたくないし。

「じゃ、ベッドの上で」

 小さな身体で桂をお姫様抱っこし、美月はベッドへと歩み始めた。

「……待って」

「何?」

「……この身体って本当は小学生くらいなんよね。その年齢でエッチなことをするのは」

「桂は嫌なの?」

「嫌なことなんかないよ。嬉しいよ。……でも倫理的な問題というか、背徳感が強すぎるというか、何かいけないことするような気分になるというか。……だから、稲葉くんの……というか美月ちゃんの身体がもっと成長してそれでも私のことが好きなら、……その時はそういうことしようよ。……それに女の子同士でのエッチはどうしたらいいか分からないし」

「分かった。……はあー緊張したー」

 美月が大きく深呼吸をする。

「緊張?」

「だってさ勢いであんなこと言ったけど、いざとなったら少し怖くてさ。俺達の初めの時ってなかなか上手くいかずに、それに桂はいたがって泣いていたし」

「そうだったよね」

「痛いのかなって思ったんだ。それに、もし反対にすごく気持ち良かったら男に戻るの躊躇してしまうんじゃないかという心配もあったし」

「どんなエッチな想像したか分からないけど、そんなに気持ち良くないよ」

「そうなのか? ゴメン、セックスが下手で」

「そうじゃないから。稲葉くんに抱かれている時は気持ち良いとかそんなんじゃなくて、すごく幸せな気持ちになるんだから」

 桂の言葉が終わると互いに顔を見合わせる。

 目が合うと同時に、どちらかとなく口を近づけ再びキスをしようとした瞬間、

「ゴメン、ちょっとトイレに行ってくる。……も、漏れそう」

「はあー」

 良い雰囲気だったのが桂の言葉で水が差された。

「だって、呑みすぎたんだもん」

 そう言い残し、桂はトイレへと駆け込んだ。


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