家族会議
桂をお姫抱っこして帰還した後、美月は三日間眠り続けた。
モゲタンのサポートを自らの意思で絶ち、小さな身体は崩壊への片道をひた走っていた。
そう遠くない未来に死を迎えるはずだった。
死を恐怖しながらも、その運命を受け入れるつもりだった。
が、その心配はなくなった。
モゲタンとの接触を切る必要性もなくなった。
しかしながら、崩壊し始めていた身体が以前のように完璧に戻るには時間を要する。
そのために必要だったのが、この睡眠。
寝ている間に美月の左腕に巻かれているクロノグラフ、モゲタンが美月の身体を再構築していた。
言うなればパソコンのOSのリカバリーといったところか。
だが、文字通りに四六時中眠っていたわけではない。
回復のためにエネルギーが不可欠。
人間にとっての、美月を人間とカテゴライズしていいのかという議論は別として、エネルギーとはもちろん食事。
仙人のように雲や霞を食べて生きているわけではない。
それで事が済むのなら、桂を巻き込むはめにはならなかったはず。
ともかく、美月は眠り続けてはいたが、それは四六時中ではなく、寝て食べの三日間を過ごしていたわけになる。
この部屋では美月が料理を作る係。同居の桂はほとんどできない。
結果、三日間ほぼコンビニの弁当に。
美月自身はそれで問題はなかった。回復のために普段よりも多くの食事を摂取したものの、不要なものは全てモゲタンによって美月の身体から排除、というか排泄される。サポートを受けている限り健康でいられる。しかしながら、桂は違う。美月と同じような食事を続けていては健康を害してしまう。
ここ数か月の美月のご飯のおかげでサイズダウンを果たしたのに、これでは元の木阿弥に。それで済めば御の字と事態にもなりかねない。
一刻も早く以前のような生活をと美月は望むが身体がまだ思うように動かない。
〈無理は禁物だ。ワタシとの接触を断ち続け、再び接触してすぐにあの戦闘だ。身体に負担が大きかった。今は回復することだけに専念しろ〉
なんとか動いて桂の食事の準備をしようとした美月にモゲタンがストップをかける。
桂も、
「私のことは大丈夫だから回復することに努めて。早く元のように、……は難しいかもしれないけど元気になってね。傍に、一緒にいるだけで私は幸せだから。それから今回は食べられなかったハンバーグをまた作ってね」
と、声をかけられる。
食事以外の面では心配ないはず。元々は一人でしていたから。
この言葉に従い、美月は眠り続けた。
そんな美月の眠りを妨げたのは桂の声だった。
眠っている美月には最初その声は夢の中での音のように聞こえていた。
「…………」
何かを言っているのは分かるが、その言葉の意味を認識できない。
音が、声が次第に大きくなっていく。
「……起きてよ、稲葉くん」
美月は目を覚ました。が、まだ完全に起きたわけではなく、寝ぼけた状態だった。
「………何、桂?」
ずっと寝たままだったから少しばかり硬直した口をなんとか動かす。
「………大事な話があるの」
思いつめたような低い音。
それに様子もおかしい。
まだ寝ぼけたままだった脳の一部が動き出す。
いつもの桂と違う。その理由はすぐに判別した。
桂は珍しくお酒を吞んでいた。アルコールには強いが、それほど好きではないはず。職場の飲み会や懇親会に出席しても最初の乾杯で口をつけるだけで、それ以降は呑まない。
そんな桂が酔っている。只事ではない。まだ半分以上眠っていた脳内が一気に覚醒する。
覚醒すると同時に高速で思考を始めた。
大事な話とは一体なんなのか? もしかしたら今後のことだろうか? 「おかえりなさい」と受け入れてくれた。しかし、あれから気が変わったのかもしれない。中身は恋人かもしれないが、宇宙人のよって改造された得体のしれない存在。冷静になればそんなおかしな存在と同居生活をするのは怖いかもしれない。それでなくても、危険な目に巻き込んでしまったし。重荷になっているのかも。やはり出て行ってほしいと思っているのかも。だが、それは自然な思考なのかもしれない。そうだとして桂を責めることなんかできない。そう言われれば素直に出ていくつもりだ。機能はほぼ回復したし、これからはモゲタンのサポートを再び受けられる。身体の心配はなくなった。ここから先は一人でもなんとか生きていけるはず。こうしてしばらくの間休ませてもらっただけでも御の字だ。それに当初の予定では桂のもとを離れるつもりでいたし。別れるのは辛いし、寂しい、そして悲しい。だけど、桂の幸せには代えられない。愛する人が平穏に暮らしていくのならそれでいい。トラブルを呼ぶような人間は傍にいないほうがいい。
目覚めたばかりの脳で美月はそこまで思考した。
大事な話があるとは言ったが桂の口は一向に開こうとはしない。
ならば、コチラから切り出した方がいいのか。そうすれば桂も自分から追い出したという引け目を感じないで済むのではないか。
そんな風に考えるけど、なかなか言えない。
二人の間に気まずい沈黙が。
〈どうだろ。君の体調も回復したとはいえ万全ではない。それに桂もあんな状態だ。しばし時間をおき、明日再び話し合うのは〉
モゲタンが美月の脳内に助言を送る。
美月はそのアドバイスに従うことにした。
桂の幸せを願うから、彼女の望むようにしたい。しかし本音を言えば、このまま一緒に生活したい、生きていきたい。
「……明日、ちゃんと話そう」
「……いや、……こんなの素面じゃ言えないから」
酔いだけでなく、涙が混じった声で桂が即座に否定する。
「……分かった。……それじゃ向うで話そう」
「……うん、……ごめんね」
リビングへと移動する。かつては二人の団欒の場じゃ今や重たい空気に支配されていた。
テーブルの上には桂が呑んだ後、ビールのロング缶三本が空になって置かれている。それ以外に飲食の痕跡はない。つまり、つまみもなしに呑んだわけである。胃は大丈夫だろうか? こんな時でも美月は桂の身体の心配をした。
一度座ったものの再び立った桂が右手に発泡酒のロング缶を一本右手に戻ってくる。
美月と対面し腰を下ろすやいなやふたを開け一気に煽る。
「何も食べずに呑むのは。……ちょっと待ってて今何か作るから」
そう言って美月はかいていた胡坐を崩し立ち上がり、キッチンへ向かおうとした。頭の中で冷蔵庫中の食材を確認し、作れるものを考えながら桂の横を通り抜けようとした。
そんな美月の手を桂が掴む。
「いいから、座っていて。……私の話を聞いてほしいの」
酔っているからなのか、それとも思いつめているからなのか、暗く澱んだ目で美月を見据える。
「……分かった」
そう答え、さっきまでいた場所に。
美月は座るのを確認して桂は残っている発泡酒を再び口に含む。
喉を鳴らし飲み干し、大きく息を吐いてから、おもむろに口を開いた。
「……美月ちゃん、……じゃなくて稲葉くんは………」
次の言葉がなかなか出てこない。
美月は固唾をのんで桂の言葉を待つ。
「……私のこともう飽きちゃったの? やっぱり若い子のほうが良いの?」
「……はあー」
間の抜けた美月の声がリビングにこだました。
前回で終わりでもきれいにまとまっていたと思いますが、まだ書きたいことがあるので続きます。
が、今後の更新頻度は遅くなると思います。なるべく週一のペースでは投稿したいと思いますので今後も楽しんで読んでいただければ幸いです。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。