ハラハラ、二人の関係 6
見つかるのは時間の問題と考えていた。事実その通りだった。
「見つけましたよ。例の少女」
「どこだ?」
「それにしても意外な趣味ですね。もっとナイスボディーの女が好みだと思ってたんですけど。こんなガキを探せなんて」
「いいから、さっさと言え」
「ああ、はいはい。あのですね、この少女の正体までは分からなかったんですけど。待ち受け画面の出元は私立高校の若い女教師です」
それだけ分かれば十分だった。後はその女性教師を餌にして、大魚を吊り上げることだけを思い描いた。
いずれ近いうちに桂の元を離れるつもりではいたが、喧嘩別れのような形で彼女の元を去るのは嫌だった。
落ち込んでいた教室で幼い友人達に教えられる。
今の自分にできることをしようと考えた。素直に、あの発言の謝罪をして、それから美味しい晩御飯を振舞う。
美月は学校から帰るとスーパーへと直行した。いつもならばタイムセールを狙うのだが今日は特別だった。時間と手間をかけて美味しいものを、喜んでくれる品を作りたかった。
美人の父から教えてもらって、家で作ったら大絶賛だったけんちん汁。それから、昔から桂の好きなハンバーグ、それを牛100%で。それだけは足りないので副菜も何点か作る。レトルトなんかは一切使用しない全部手作り。
作っている最中に何度か身体が悲鳴を上げそうになったが気力で押さえ込む。美月は桂の笑顔を想像して調理した。
あらかたの準備が終了する。美月は着替えをした。桂が一番気に入ってくれている、あのゴスロリの服で出迎えようとした。一人で着替えるのは苦労したが、それでも着る。喜んでもらいたい、その一心だった。後は桂の帰りを待つだけだった。
いつもならば学校を出る時間に桂から帰るコールがある。
今日もかけてくれるだろうか。昨日の喧嘩が尾を引いていて、かけてこない可能性もある。自分のことばかり考えていて、相手の都合をまったく考えていなかった。
真っ直ぐに帰ってこない可能性だってある。美月は電話がかかってくることを祈った。
祈りが通じたのか電話が鳴る。ディスプレイには桂の携帯電話の文字。
嬉しさはあったがすぐには取らなかった。大きく深呼吸してから電話に出る。願いが通じた喜びから声が少し高くなる。
「はい、成瀬ですが」
『よう、久しぶりだな。顔は見えないのは残念だけど、その声は忘れてないから』
電話の向うの声はあきらかに桂のものとは違っていた。少し曇った男の声だった。
「誰だ?」
先程の高さから声のトーンが急降下する。どうして桂の携帯電話から男の声がするのか。
『おいおい、俺のことを忘れてしまったのかよ。あんなに切りあった仲なのに。俺はお前のことを一時も忘れたことはないぜ』
この言葉で美月は電話の向うにいる人物の正体が分かった。あの時の暴走した少年だ。
「憶えている。……どうして? なんで桂さんの携帯からかけてるんだ?」
あの少年の狙いは自分のはず、それなのに、どうして桂と接触しているのか。美月はそう思って聞いた。
『あれからずっとお前のこと探してたんだよ。せっかく良いところだったのに逃げちまうんだもんな。それで方々に手を尽くしたら、この先生がお前の知り合いみたいだから、ちょっと協力してもらったんだよ』
協力とは言っているものの、言葉とは程遠いような喋り方をする。まっとうなやり方で桂に協力を要請したわけではない。非道なことをして近付いたに違いない。美月はそう直感した。
「桂さんは? 桂は無事なのか?」
迷惑をかけないようにしていたのに、結局桂を巻き込んでしまった。どんな状況になっているのか分からず、心配の声を上げる。
『ああ、その先生なら今の所は無事だよ。大事な人らしいから丁寧に扱ってるよ。でもさ、こんなおいしそうな身体してるんだから、いつまで無事でいられか保障はしないけどな』
下卑た笑いをしながら少年が言う。
「……桂には手を出すな。……俺はどうなってもいいから」
桂が無事ならそれでいい。一度犯されそうになった身体。それにもうすぐ朽ちるはずの身体。どうなってもいいと思った。
『いいよ、その返事を待っていたんだ。それじゃ、この先生の勤めてる高校で待ってるからな』
「……分かった」
『ああ、そうそう。最近俺は我慢をするのが嫌になったから十五分以内に来いよ。じゃないと、この先生の身体がどうなるか保障しないから』
家から桂の勤める高校までは交通機関を使用しても最短でも三十分以上はかかる。
「……無理だ」
物理的に不可能だった。
『そんなことないだろ。お前のあの力を使えば簡単に来れる距離だろ。ふざけてんのかお前。いいか、来ないと本当にこの女がどうなるか知らないからな』
語気が荒くなっていく。最後は電話が壊れたかのような切れかただった。
相手はそうとう苛立っているようだ。急がなくては桂の身に何が起きるか分からない。最悪のケースも考えられる。それだけが気がかりだった。
普通の方法では間に合わない。このいつ朽ち果ててもおかしくない身体では以前のように走ることはできない。跳ぶこともできない。
美月は間に合うための唯一の方法を知っている。それを実行するために自分の部屋に入る。そして机の中に封印しておいた箱を取り出した。この中のものを使えば可能になる。でも一度はその使用を封印したものだった。
また周囲に被害を出し、不幸な人を量産してしまうのか。
美月の中で使用することへの葛藤があった。
でも、それ以上に桂を助けたかった。傷付けずに無事に守りたい。
意を決した。
厳重に巻き付けてあったガムテープを破り、箱の蓋を開ける。愛用のクロノグラフを取り出した。
〈久しぶりだな〉
「……ああ」
頭の中で二度と聞かないと決めた声が響いた。
「力を貸してほしい。……頼む」
振り絞るような声で言った。今の美月の力では絶対に間に合わない、助けられない。それを知っている。だからこその決断だった。
〈状況は把握した。ワタシとしてもこの状況は好ましくない。データを回収して一つになるのはワレワレの目的ではあるが、これほど他の存在に固執するのはおかしい。コピーを繰り返したせいで欠陥が生じたのか、それともあの少年の願望が強すぎるのか。どちらにせよ、このまま放置しておくのは問題がある。君の望む通りに力を貸そう〉
美月と接触したことによりモゲタンは脳内から現状を読み取った。説明する手間が省けた。
モゲタンを左腕に巻く。金属のベルトの冷やりとした感触は久しぶりのものだった。
あれだけ重たかった身体が急激に軽くなっていくように感じる。
〈現在の君の身体はワタシの管理下を離れて長時間を経過している。すぐに元の状態に戻すのは不可能だ。時間が足りない〉
変色をしている箇所を確認した。言われた通りに依然黒く変色したままであった。
「いいよ、別に。それより跳べるのか」
自分の身体がどうなろうと構わなかった。今は一刻を争う時だった。
〈ああ、それは問題は無い。修復する力をソチらに当てれば十分に可能だ〉
文字盤を見ると約束の時間まで残り十分を過ぎていた。
「跳ぶぞ」
〈ああ〉
空間が微かに歪み、美月の姿は部屋の中から痕跡を消した。空間を跳躍して桂のもとへと跳び立った。