桂 4
「桂ちゃん、最近また元気がないね。なにかあったの?」
顔なじみの生徒に話しかけられる。不安に苛まれていたのは事実だが、それをなるべく表に出さないようにしていたのに。気付かぬうちに暗い顔をしていたのだろうか。
「……そう。気のせいじゃないかな」
わざとらしいくらいに明るく言う。
「駄目だよ、桂ちゃん。だって演技ものすごく下手だもん」
この女生徒はかつて子役だった。その相手には下手な芝居は通用しなかった。
「別に大した理由は無いんだけど最近夢見が悪くて。それで時折理由も無く不安になったりするのよね」
絶頂の幸せとまでは言わないが、不安になる要素なんて無いはずなのに。どうしてこんな気分になるのだろう。
「幸せの素のお守りの効果が効きにくくなったのかな」
「幸せの素のお守り?」
「ほらっ、これだよ」
女生徒は自分の携帯電話の待ち受け画面を見せる。そこにはゴスロリの衣装を着た髪の長い頃の美月が写っていた。
「ああ、それね」
「そうだよ。桂ちゃんが落ち込んでた時期にこの子が家に来てくれたから元気になれたって言ってたじゃないの」
そう、美月と同居するようになって悲しみの底から救われた。
この幼い従妹は桂にとって短期間で大切な人間になっていた。
それなのに頭の中にふとした瞬間、疑問が浮かんでくる。
美月が来てから、子供の頃から憧れだったお姉さん気分を味わっている。従兄姉にずいぶんと可愛がられた。甘えていた。だから、その時の経験を美月に還元したかった。
でも、自分が一番年下の存在だったはずなのに、どうしてさらに年の離れた美月が存在しているのか。
この春までに一緒に過ごした記憶が桂の中にはまったく無かった。
考え始めると疑念がどんどんと膨らんでいく。もしかしたら、赤の他人。そんな馬鹿な思考に行き着いてしまう。
「桂ちゃん、どうしたの? 難しい顔して」
深みにはまりそうになっていく桂を女生徒の一言が止めた。
「……ううん、なんでもないから。それじゃ私職員室に戻るから」
慌てて頭の中に浮かんだおかしな考えを振り払った。不安で記憶が混濁しているだけだ。美月は大切な、そして可愛い家族だ。それは間違いない事実だった。




