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稲穂対ごぢら 11


「はあああー」

 三人の声が同時に。

「そんなものを何処で手に入れたんだ?」

「米軍関係の原子力潜水艦がごぢらに襲われたなんていう情報は上がってきてないわよ」

「米軍のじゃない」

 米軍所有のものではないことを稲穂は断言。

「じゃあ、何処? フランス? それともイギリス?」

 先の世界大戦の戦勝国であるこの二国は核兵器、そして原子力潜水艦を保有していた。

「桂、その二国なら情報は秘密裏にだけど回ってくるはず」

「だったら……」

 桂は少し黙考し、それから徐にアジアの大国二つの名を挙げた。

「それも違う」

 これも稲穂は否定。

「じゃあ、残っているのは……アソコか。そういえば第二のごぢらは北極海で誕生したんだから普通に考えたら一番可能性が高いか」

 思い当たる節の国があった。

「……それが微妙に違うんだ」

「どういうことなの稲葉くん?」

「麻実さんの言うようにアソコの国といえばそうかもしれないけど、厳密に言うと違うんだ」

「うん? 合っているのに違うのか」

 実里が首を小さく傾げ、そしてそれと同じくらいの、独り言ともとれるような音で。

「……あ、もしかしたら……」

 桂にはピンとくるものがあった。

「そういうこと」

 長年連れ添ってきた恋人同士、夫婦関係、ツーといえばカーの間柄と言いたいところだけど、同年代故の共通認識。

「どういうことなのよー」

 こっちも長いこと一緒に暮らしてきてはいるが、稲穂と桂の領域にまで達しておらず、また年も違うので分からずに訊く。

「かつてあった北の強大な社会主義国家。そこが製造し、運用していたもの」

 かつて世界が二分されている時代があった。冷戦時代。二つの超巨大国家が、主義と威信と覇権をかけ、軍事技術の鎬を削っていた時代。 

 その時の負の遺産。

 それがごぢらによって現代に蘇った。

「どうしてそんなもにごぢらが取り付いたのよ」

「北極海の底に捨ててあった。しかもご丁寧に原子炉をそのままにして」

 重大なことなのに稲穂は淡々と説明を。

「はあああー」

 稲穂の答えにまたも三人同時に驚きとも呆れとも、両方の意味を内包するような音を。

「八〇年代末に国の体制が変わって維持できなくなってそれで秘密裏に破棄したのか、それともそれ以前に老朽化したか、故障か何かで運用できなくなり捨てたのか、それともその力を持て余してしまったのか、理由は分からないけど、北極海の底に原子力潜水艦が沈んでいて、そしてその中に原子炉があって、さらに人類にとって不幸なことに燃料のウランも残されたままだった」

「……それをごぢらが吸収したと」

「うん、モゲタンはそう推測している。多分この見立てで間違いないだろうって」

「どういうことだ」

「ごぢらの動きが止まり、そして実験艦から放射能を検知した段階で、モゲタンがあの実験艦がごぢらに乗っ取られてしまう前の行動を解析したんだ。そしたらそこで古いタイプの潜水艦のスクリュー音を検知して、そこで一瞬昔の原子力潜水艦と判断した記録が残っていた」

 そこで実験艦はごぢらに乗っ取られてしまうので、そこまでの情報しか入手できなかったが、ごぢらの正体が前世紀の秘密裡に破棄された負の遺産であるとモゲタンが断定できるには十分であった。

「……それじゃさ、さっきシロが止めを刺すのを止めたのは……あのまま攻撃を続けていたら絶対ヤバイことになっていたから」

「……うん。……幸い……といっていいのかな、ごぢらの本体である原子力潜水艦であったものは、実験艦の底にくっ付いて航行していたから高出力光線砲の直撃を受けるようなことはなかったけど、あのままもう一撃当ててしまったら原子炉が壊れてしまう可能性が大だったらしい」

「だが、それはあくまで可能性だろ。もしかしたら原子炉を全く傷つけることなく破壊することもできたのでは」

「そうなる可能性はかなり低いとモゲタンは判断したんだ」

 運良く高出力光線砲の射線は原子炉を避けていた。

「……それでさっき東京湾が死の海になるて言ったんだ」

「そうだ。そんなことになったら東京という街自体は無事だったとしても、東京という都市は死んだも同然になってしまう」

 内蔵されているウランの量がどれくらいなのか現段階では把握できていないが、東京湾が汚染されてしまうことだけは確かなことであった。そして港湾都市でもある東京という街は、海からの物資が遮断されてしまうと、あっという間ではないが、それでも徐々に干上がってしまうのは確実であった。それだけではなく東京に次ぐ規模の横浜という都市も機能不全に陥り、日本の流通の大半が機能しなくなってしまう。

「じゃあ、どうするの?」

 この麻実の声に誰も答えなかった。

 沈黙が。

 この沈黙を破ったのは稲穂の声であった。

「まだ手はある」

「そうなのか、稲穂?」

「どんな手なの?」

「……もしかして……稲葉くん……」

 何かを察したのかのように桂は言い、その言葉に実里、麻実、二人も稲穂が何をしようとしているのか悟った。

「シロ……力は戻ったの?」

 現在、稲穂の力はデータによって制限をかけられ、本来の能力の40%も出せない状況。それに加えて先程まで攻防でかなり消耗している状態。

「まだ……」

 嘘をつくことも可能であったが、稲穂は自身の状況を素直に告げる。

 嘘をついても好きな人にはすぐに露見してしまう。

「そんな状態でごぢらに勝てるのか? ここからだと分かりにくいが、ごぢらの身体が再生しているようにみえるのだが」

「こっちからもそう見える」

「再生しているよ」

 高出力光線砲で破壊された船体という古い衣を脱ぎ去り、ごぢらは原子力潜水艦、原子炉を中心として新しい身体へと生まれ変わろうとしていた。

「だったら……シロ、そんな状態で戦えるの」

「……けど、今まで通りの攻撃はできないから」

 これは通じないという意味ではない。高出力光線砲の威力はまだまだごぢらを攻撃するのに十分な破壊力があるのだが、その威力故に原子炉を破壊してしまう危険性が。

 そうなったら、守るべき場所を自分達の手で汚してしまうことに。

「だから稲穂がごぢらの中に乗り込むのか?」

「うん、そういうこと。中から破壊すれば原子炉を傷つけることなく倒すことができるかから」

「でもさ、まだ力は戻っていないんでしょ。それで勝てる見込みはあるの、シロ?」

「現状で三分(さんぷん)位なら全開で動ける」

 それ以上は稲穂は語らなかった。

「三分で倒せなかったら稲穂はどうなるんだ?」

 実里が懸念を。

 ごぢらの身体は見る見る間に再構築していっている。それを遠くからとはいえ目の当たりにしていると、三分という短い時間内に倒せるとは到底思えなかった。

「シロ……」

「桂、稲穂を止めてくれ」

 自分の言葉では稲穂の意思を変えることはできないと実里は判断し、翻意するように促してくれと桂に懇願を。

 桂は黙ったままであった。

 全員委が桂の言葉を待った。

「……いってらっしゃい」

「桂?」

「何を言っているんだ?」

「私が愛した人は、こういう時自分がどんな目にあっても絶対に行って皆を助ける人だから。……だから、私も好きになったの」

「……桂……」

「それにね、稲葉くんはこれまでどんなことがあっても絶対に私の所に帰ってきてくれたから」

 これまで二度その姿が変わろうとも桂のもとへと帰ってきた。

「そうだよね、シロはごぢらを倒して帰ってくる」

「ああ、稲穂が負けるなんていうことはないな」

「だから、いってらっしゃい」

「うん」

「でもね、一つだけ約束して欲しいな」

「何?」

「ただいまという言葉を直接私達に伝えてね」

 桂は自身のお腹を優しくさすりながら言う。

「分かった……絶体に言う」

「うん、じゃあ改めて、いってらっしゃい」

「いってきます」


「という話を考えてみたんだけど、どうかなシロ?」

「何、それ?」

 


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