稲穂対ごぢら 10
今回もBGMは「吉志舞」で。
圧倒的な戦力差であった。
一門の高出力光線砲でもその破壊力だけをみれば十分に実験艦、ごぢらに対抗できた。
それが三門になった。
これによって懸案であった電力チャージと冷却時間の問題が解決されることに。光線を放った後の電気を貯める間と砲が冷めるのを待つ間、ごぢらに対しての攻撃はできない。が、残りの二門がその間を埋めてくれる。長篠の合戦の三段撃ち、これは現在の研究ではやや否定的な見解が出ているが、ならぬ東京湾の三段撃ちであった。
これに加えて稲穂とモゲタンの力で、直線で放たれた光線は複雑な、時には幾何学的に、上下移動を何度も繰り返すような立体的な、平易な表現をすれば上下にジグザグな、軌道を描きながら、ごぢら、実験艦に襲い掛かる。
だが、実験艦を沈めるまでには至らなかった。
というのも、円盤状の盾での反射を何度も繰り返しているうちに、光線の威力が減退されてしまうというデメリットがあったからであった。
しかし、確実にダメージを与えていることだけは間違いなかった。
何度か光線を水の壁で防がれてしまうということもあったのだが、立体的な攻撃を仕掛けることで、具体的には盾の反射を幾度となく繰り返し、直上からの攻撃を。ごぢら、実験艦の兵装を無効化しつつ、その大きな船体の横はもちろんのこと、甲板、艦橋にも大きな穴を穿った。
それでもまだ沈まない。
そして事態が長引くというのは日本にとって不利な状況を作り出すことに。
現状では、かなり有利、いや一方的な展開に一見すると映るのだが、内情は薄氷を踏むような、紙一重、ほんの少しの変化であっという間に立場が逆転してしまうような、状況であった。
優勢な状況が変化する。
館山に設置した高出力光線砲が音を上げた。これは比喩であるが、状態としてはまさにその通りで、最初に三発、他の砲に比べて放ったことが要因なのか、それとも他の原因があってのことなのか、現場レベルでは即座に判別がつかなかったが、それでも設計理論上よりも早くオーバーヒート気味に、下手すると爆発してしまう兆候が発生。試作機であるから、限界値を知るためにあえて壊れるまで使用するという選択もあるにはあるのだが、日本人の性というか、事なかれ主義の役人根性というのか、運用を一時停止、安全が確認できるまでの発射をひかえることに。
これで一気に形勢が逆転ということはなかったが、三門の攻撃から二門のなったことで、ごぢらに少し余裕のようなものが生まれ、防戦一方の展開から反撃の兆候のようなものが。
ごぢらが狙いを第二海保にいる稲穂一人に定めた。
これはデータの本能のようなものがそうさせているのか、それともこれまでの戦闘で稲穂を倒せば活路を見出せると判断したのか、その理由は人類には推し量ることは不可能であるが、それでもごぢらが稲穂一人にターゲットに絞ったことだけは間違いなかった。
三門から二門、数のうえではたったの一つしか違わないのだが、それが存外大きかった、形勢の変化が。
一門が放っている間に他の二門が電力チャージと冷却をし、ごぢらを攻撃するというバランスが崩れてしまう。
そして崩れてしまったバランスというものは簡単には元に戻らないものである。
乾坤一擲、反撃の一手で稲穂一人にターゲットを絞った実験艦、ごぢらが形振り構わず、他の二門のこと眼中にないかのように、全ての攻撃を第二海保に集中。
まだ残っている艦載のドローンを全機発進、突進させる。
それを稲穂は円盤状の盾を第二海保とごぢらの間に展開し、防ぐ。
これまで稲穂の盾は攻撃をするために用いられていた。それが防戦のために使用される。
それによって高出力光線砲での攻撃ができないことに。放つこと事態はお台場のも横須賀のも全く問題はないのだが、光線という特性上真直ぐにしか放てない、稲穂の存在、稲穂が展開する盾で光線を反射させないと実験艦、ごぢらに当てることができないことに。
ドローンの攻撃を盾で無効化することができたが、広範囲に盾を展開したことによって、肉体的なダメージはなかったものの、体内のエネルギーを枯渇させてしまう。
そんな稲穂に今度は艦載ミサイルと銃弾の雨が。
これも同じように、いや先程よりも厚く、さらに前面だけではなく上方にも、後方にも、そしてもっと広い範囲に展開。
何とか全て防ぐことに成功したが、これによって稲穂の中のエネルギーはほぼ底をついたような状態に。
荒い呼吸でその場に稲穂はへたり込む。
短いタイトスカートが盛大に捲れあがっているのもお構いなしに、無理やり穿かれたストッキングが伝線していることも気にせずに。
それほどの疲労困憊状態。
そんな稲穂の耳元に、
「やったねシロ。これでもごぢらの攻撃は全部防いだはず」
横須賀基地にいるということで麻実は米軍関係者からこの実験艦に搭載されている兵器のデータを教えてもらっていた。
「ということは……」
「稲穂の勝ちというわけだな」
「それはまだだけど、後はシロがデータを回収したら終わり。東京は無事守られたー」
と、モゲタンを通して繋がっている三人が歓声を。
そんな中で稲穂は黙っていた。これはもう体力の限界を迎え、声を出すだけの力も残っていないとはいうわけではない。
「……まだ……」
「どういうことなの稲葉くん?」
「終わりじゃないのか?」
稲穂は答えずに一点をただ見据えていた。
そこには武装の全てを失ってもまだなお突進してくる巨大な実験艦の影が。
稲穂は黙ったままで立ち上がり、前面に円盤状の盾を残る力を総動員して振り絞り、ありったけの枚数を展開。
そこにごぢら、実験艦が衝突。
互いの力が均衡した。
が、すぐにこの均衡を崩れるだろうと稲穂とモゲタンは想起。
というのも、自分達の力は後少しの時間しか継続できない、それだけしか体内に力は残されていない。対して、ごぢらはといえば実験艦という鉄の塊、それだけでも十分巨大な質量なのに、そこに突進のエネルギーまで加わっている。
円盤状の盾を展開できなくなった瞬間に、この均衡はもろくも崩れ去り、後は巨大な鉄の塊に第二海保という人工島ごと圧し潰されてしまうであろう。
そして、ここを突破されてしまったら東京という大都市が灰燼と化してしまう。
自分のこの身がどうなろうと、絶対に都内にいる一千万人以上の暮らしを守らなくては。
そうは思うが、この事態を乗り切る力も知恵も沸いてはこなかった。
そんな稲穂の耳に実里の声にならないような叫び声が、
「えっ?」
思わぬ音に困惑している稲穂の視界に、実験艦が大きく傾く、そしてその向こうに立ち上る黒煙。
瞬時に稲穂は何が起きたのか悟った。
「実里さん、大丈夫、返事をして」
「ああ、何とか無事だ」
「無理をして」
「好きな人間の危機に無理をしないでどうする」
実里は周囲を説得して、高出力光線砲をこれまで以上の出力で発射した、稲穂の窮地を救うために。
その結果、高出力光線砲は爆発を。
「ナイス実里。コッチも準備できたから」
「えっ? どういうこと麻実さん?」
「こういうことよ、シロ」
今度は横須賀の高出力光線砲から攻撃。
実験艦の船体の大半を破壊。進行を阻止。
最初に設置した地点では、直線で実験艦を捉えることが無理であったが、稲穂とのごぢらとの鍔迫り合い、実際には盾と船なのだが、の間に米軍、自衛隊の協力を得て、実験艦、ごぢらを高出力光線砲単独で攻撃できる位置にまで移動させていた。
土俵際、徳俵一枚の残して再逆転。
「桂―」
「うん、稲葉くん。こっちは何時でも撃てるから」
お台場の高出力光線砲から東京湾上空に向けて射出される。
それを稲穂の盾で反射させ 実験艦の残っている部分を狙い撃つ。
命中、ごぢら、実験艦の動きが止まる。
だが、完全に完全に沈めるまでには至らなかった。
「シロ、再チャージ完了したよ。止めを刺すわよ」
了解、という返事を麻実に返そうとした矢先に稲穂の脳内でモゲタンが、待て〉、と制止を促す。
予想もしてない言葉に稲穂は思わず「どうしてだ?」、という疑問の声を。
この声は三人も届いた。
「どうしたの稲葉くん?」
「何か起きたのか?」
「早く撃って止めを刺さないと。ごぢらが再起動するよ」
三人の声が稲穂の耳に届いている間も、脳内でモゲタンとやり取りを、理由を問い質す。
〈船体、いやごぢら本体というべきか、そこから放射線物質が出ていることを確認した〉
(ごぢらが放射能をエネルギーにしているんだから当たり前じゃないのか)
〈そうだ。しかし、疑問に思わないか。ごぢらは何処で放射線物質を得たのか〉
(……そういえば……)
当初の予測では北極海に近い北海道の原子力施設を襲い、そこで放射能物質を取り込むのではと考えていたが、それが外れ、警戒していた場所は見事に素通りされてしまった。
〈襲う必要がなかったのだ。必要なものはもうすでに北極海で手にしていた〉
(あんな場所のそんなものがあるのか?)
〈ああ、在った。在ってはいけないもがあの海の底に沈んでいた〉
(一体に何が?)
〈ごぢらが取り込んだものは……〉
モゲタンがそれを言おうとした瞬間、耳元に麻実の声が。
「ごぢらがまた動き出しそうだから、もうココから直接止めを刺すから」
「駄目だー、東京湾が死に海になってしまう」
「えっ?」
「どういうことだ稲穂?」
「何言ってるの、シロ」
「……原子炉が中にある」
「そんなことはアメリカ軍は一言も言ってなかったわよ」
「ああ」
「あたしが教えてもらった実験艦の情報にはそんなこと全然書いてなかった」
「実験艦にじゃない、ごぢらの中に原子炉があるんだ」
「どういうことなの稲葉くん?」
「データ、ごぢらは原子力潜水艦をその身体に取り込んで東京に来たんだ」
今回の出鱈目もわざとです。




