稲穂対ごぢら 9
BGMは「吉志舞」で。
稲穂とモゲタンが実里に筑波の実験施設から運んできてもらったのは、これは少し表現に語弊があるのだが、三門の高出力光線砲、SF作品によくあるレーザー兵器であった。
理論自体はかなり以前からあったのだが、大電力と冷却問題でなかなか実用化することができなかった。しかし、実里の発明、をこれに流用することにより送電時のロスがほぼなくこ使用でき、さらには最大の懸案であった熱問題を解決できた。
この運ばれてきた高出力光線砲はまだ実用テストを行っていない試作機ではあったがシミュレーションでは十分にテストを重ねていた。
今回ぶっつけ本番ということになるのだが、この状況下ではある意味仕方がなく、携わっている研究員はようやく実働実験ができるという喜びと、ちゃんと作動するのだろうかという不安が半々。
この手のことの了承、認可を出すのが遅いということで定評のある官庁であったが、米軍からの一報に驚愕し、普段ならば考えられない速さで使用の許可がおりた。
試作機なのに三門もある、ということに少々疑問を持つ方もおられるだろうから簡単な説明を。この手の試作機はワンオフ、一点物ということはない。何台かまとめて製造を。その方が手間もコストも削減できる。
この高出力光線砲は都合八門製造できるだけの部品と予算があったが、今回の作戦に間に合いそうなのは三門だけだった。
これを東京湾近辺に分散して展開。
一門は航空自衛隊基地のある千葉県館山。自衛隊の基地ということで搬入に適しているからこの場所が選ばれたのはもちろんだが、それ以外にも基地という施設であるから大きな電力の接続をするのに適しており、そして一番の理由はこの地が東京湾の入り口、浦賀水道に面しているからである。ごぢらは太平洋から浦賀水道を通り東京湾に侵入してくるはずと予測。となると、ここは迎え打つには絶好ともいえる場所であった。
二門目は東京湾内に。横須賀の米軍基地内に。これも館山基地と同じような理由で。
そして最後三門目はお台場に。
都内二十三区内にも自衛隊施設は存在したが、そこに設置をしなかったのは安全上の理由であった。高出力のレーザーを発射した際、プラズマやイオンが空気中に発生し、その射線上に悪影響を及ぼす危険性が。多くの建築物のある内陸部での運用は避けたい。そこで海に近い位置、お台場が選ばれた。もともとお台場というのは黒船の来航に備えて急ピッチで造られたものであるから、時代を超えて本来の役割を果たすともいえる。
三門の設置の他にも東京湾内の全ての船舶の航行の禁止。アクアラインの通行止め。関東一円の節電要請。そして最後に第二のごぢらの東京接近を日本国民に伝えた。
この報受けても国民の大半はパニックに陥ることなく冷静であった。というのも、つい数日前の映像が多くの人の中に残っており、今度も大丈夫であろうという楽観論が。
これでごぢらを迎え撃つ準備が全て完了したわけではなかった。
最後の、そして最重要なピースが。
それはこの作戦の立案者である稲穂とモゲタン。
この二人がいなければ、本作戦は機能しない。
光線、レーザーというものは直線で進むものである。それを曲げることは将来的にはもしかしたら可能になるかもしれないが、現代の技術では夢のまた夢。
直線的な攻撃というのは相手に読まれやすいものであり、また射線が限られてしまう。
そこで稲穂とモゲタンの能力が。
円盤状の盾を何枚も高出力光線砲の射線上に展開し、放たれた光線を盾を使い反射させて軌道を変えてごぢらに攻撃。
何枚も東京湾の上に展開し、複雑な軌道をさせてごぢらに命中させる。
これが本作戦の一番重要な、肝というべきものである。
その為に東京湾全体を見渡せる場所としてモゲタンが選んだのは、東京湾に浮かぶ人工島、戦前に東京防衛のために造られた第二海堡。
ここに稲穂はスリットの入ったタイトスカートのスーツ姿にヒールで上陸した。
戦闘行為を今から行うというのに全くそぐわない格好をしているのは、出かける前に例によって桂と麻実の、といっても麻実はその場にはいなかったから電話での参加、コーディネートがあり、稲穂本人としてはまあどんな服であれ直前に変身すれば問題ないだろうと気軽に考えていたのだが、自衛隊のヘリで第二海堡に移動中にモゲタンに〈変身はできないぞ。それを使用するだけの力は回復してない。仮に、回復していたとしてもそれに使うリソースは総て盾の展開に回したほうが有効だ〉という言葉を脳内で受け、それはそうかもとは思ったものの、さりとて替えの服の用意なんか当然していないわけであり、仕方がなく、この場違いの服装で上陸し、そしてごぢらとの戦いに入ったのであった。
ごぢらを迎え撃つ準備が完了したことを、稲穂はモゲタンを通して桂、麻実、実里に連絡。
民間人の三人が本作戦に参加しているのはとある理由があったからであった。
桂は会社の代表という立場で、実里は高出力光線砲の制作に携わっていたから一応現場にいてもおかしくはないのだが、社会的な身分が学生である麻実までが直接の戦闘地域ではないといえ高出力光線砲を設置している基地にまで足を運んでいるのは、それは重要な役割があったからであった。
円盤状の盾を常時東京湾の上に展開しておけるわけではない。そんなことをしたら稲穂の体内のエネルギーはすぐに枯渇してしまう、あっという間にガス欠を起こしてしまう。然るべきタイミングで展開するのが好ましい、無駄な力を使用しなくて済む。効率よく力を使うのには三門の高出力光線砲との連絡連携が不可欠である。従って、三人はそれぞれの高出力光線砲の近くで、モゲタンがかつて構築したネットワークシステムを使用して、これによって遅延もないしジャミングも寄せ付けない、常に稲穂と連絡を密に。
館山の基地には白衣を着た実里が。
横須賀には女性士官のコスプレをした麻実が、
そしてお台場には稲穂と同じようなスーツを着た、但しこちらはパンツ、桂が。
午後、まだ太陽が高い時間。
高高度からの哨戒、さらにもっと上からの偵察衛星からの観測、そして陸上からの目視で、ごぢら、実験艦が予想通りに浦賀水道へと侵入してきたことを確認。
そしてこれもまた予想通りに、かつて古東京川が作り出した澪筋、現在の大型船の航路になっている水深の深いところを、三浦半島の鼻先を進行中。
そこに館山にある高出力光線砲が。
稲穂との連携を取らずに単独で発射。
しかしこの攻撃は外れてしまう。
一部自衛官及び技術者が功を焦ったとか恐怖に駆られて思わずは発射してしまったとかいうわけではなく、これは作戦の一部、というも開幕を告げる一射であった。
まずはごぢらの注意を館山方面に引きつける。これによって進行方向が変われば、地元住民の方にとっては迷惑千万かも知れないが、日本の中枢である東京に侵入され破壊活動をされるよりも被害が少なく済み、復興に伴う費用も時間も少なく済むという計算が。そんな判断もあるが、それは後付け的なもので、主目的は囮、残りの二門に向けてごぢらの背を向けさせるというもの。
この目論見通りにごぢら、実験艦は館山方面へと舵を切った。
少し時間をおいて館山から再び発射。
今度は稲穂から位置と距離、そして予測進行ポイントの情報を実里が受けて、それを正確に伝達し、砲の方角、仰角を微調整して発射。
見事に命中。
艦に大きな穴を穿つ。
命中した瞬間、館山基地内に歓声が沸いた。
もしかしたらこの攻撃はごぢらに何らダメージを与えない、無駄に人員と電力と予算を使うだけかもしれないという危惧が、本当に少しだけど隊員の心の奥底に巣食っていたのだが、効果があることが実証されて士気が一気に上がる。
もしかしたら他の二門を使用しなくともこの一門だけで、そして稲穂の能力を使用せずに、ごぢらを屠ることが可能かもしれない、と。
実里がそんなことを思った矢先にごぢらからの反撃が。
実験艦からミサイルが発射される。
その標的は館山の高出力光線砲。
高出力光線は威力は高いが連発することには向かなかった。大電力のチャージはもちろんのこと、一回撃つごとに冷却が必要であった。
その間隙を縫うように攻撃される。が、そのことは織り込み済みであった。
習志野から展開している陸自の精鋭部隊がミサイルの撃墜を。
その間に再チャージと冷却が完了。いつでも撃てる状態に。稲穂からの情報を受け、二射目よりも正確に、この一撃で終わらせるつもりで実験艦の中心に狙いを定める。
それを察知したのか、それとも偶然なのか、実験艦から今度はドローンが一機射出される。大型のドローンは戦闘機ほどの巨大さはないものの、それでもアメリカ車並み。それが人の操作ではできないような軌道で飛行。
だが、今ドローンは海の上、高出力光線砲の発射を妨害できるような位置ではない。
ドローンが陸へとたどり着く前に、発射を完了させ、実験艦を沈めるとまでいかなくとも大きなダメージを与えることができるはずと、誰しもが思った。
ドローンはその機体を突如海面と自ら叩きつけた。
大きな水柱が、いや水の壁がそそり立つ。
そこに放たれた光線が。
水の壁を通り抜けた途端、光線は霧散してしまう。
この兵器の特性上大気の濃い場所などでは威力が減退させられてしまう。まして水の壁で密度の濃さは大気の比ではない。
実験艦に届くはるか前に光線は消滅してしまった。
「しまった。なんで今まで気が付かなかったんだ。馬鹿か私は」
専門ではないがそれくらいの知識は有していた。
そのことに起きてから気が付き、後悔の声を。
小さな実里の声であったが、その声は他の三人に耳、桂と麻実とそして稲穂とモゲタン、にも届いた。
「大丈夫。こういう時のために俺とモゲタンがいるんだから」
「それに、まだ私達が控えているから」
「シロ、行くよ」
「了解、麻実さん。発射していいよ」
麻実のいる横須賀基地の高出力光線砲が火を、比喩、吹いた。
その射線は実験艦、ごぢらのいる位置とは全然関係のない方角であった。
しかし、これで全く問題はなかった。
放たれた光線の先には稲穂の展開した盾が。光線は盾に当たり、そのベクトルを変えた。が、その先にも標的は存在しない、そこにも盾を展開し、角度と方角を調整。
無防備であった実験艦、ごぢらの後部に見事命中した。
通常、通信機器を使用した場合は、「『、で表現していましたが、今回はわざと行っていません。
地理関係が少々無理やりなのもわざとです。
後、科学描写が曖昧なのはいつもののことです。




