稲穂対ごぢら 5 R
Rは十八禁という意味ではありません。そういうシーンは出てきません。
正確にはback sideもしくはbehind the scenesとなるのでしょうが、裏という意味合いでreverseの頭文字を。
離れた場所からの撮影でありかつ主な被写体はごぢらであったから、稲穂がどのようにごぢらを破壊したのかその詳細は読者諸兄には分かりにくいと思う。
だから、テレビ撮影であったことになぞらえて、映像を少し巻き戻し、という表現は年寄り臭いらしいので早戻りで、稲穂がヘリの危機を救った場面、稲穂の綺麗な魅惑的な桃のほうなお尻がお茶の間に大写しになったあたりから再生したいと思う。
一時離れて戻ってくると、報道ヘリの窮地が目に飛び込んできた。
自己責任論で、危険な空域を飛行しているのは万が一の覚悟があるとみなして、助けにはいらなくてもいいのではと稲穂は一瞬考えるが、
〈いいのか。あのままでは確実にあのヘリは海の藻屑と化すぞ、まず助からないだろう。あまり好ましくない職種の人間とはいえ見捨ててしまうのは後味が悪いことになるぞ〉
というモゲタンの言葉に、それもそうだと稲穂は思い直して、空間を跳躍し、ヘリの前に出現し、円盤状の盾を前面と、それからヘリを囲むように展開。大きな水の塊を防ぐ。
ちなみにだが水という物質は通常では柔らかいものであるが、ある条件下では途端に硬いものへと変貌する。ある程度の高さから飛び込んだ場合、その時受ける衝撃はコンクリートに匹敵するという。閑話休題。
結果、稲穂の魅惑的な桃のようなお尻が大映しになる、見ようによっては恩を仇で返されたとも受け取れるのだが、そのことを稲穂はあまり気にしなかった。
ごぢらへと集中。
ヘリの無事、及び後方へ、安全な空域にまで移動したことを確認すると稲穂はごぢらに再接近。
接近はしたが接触はしなかった。
稲穂はごぢらの前に陣取り、円盤状の盾を数枚幾重にも周囲に展開し、それを足場にして跳び回り、時には盾をごぢら目掛けて投げつけたり、大きく何枚にも広げて展開しごぢらの行く手を防いだりしながら、進行を食い止めていた。
その姿はまるで、源義経の八艘跳びを観ているものに、といっても小さく映っている程度だが、彷彿させるものであった。なお余談ではあるが、これよりも少し前にリポーターがごぢらの巨体の上で跳び回っている稲穂の姿を、「ノミ」のようなと表現したことが後々、ネットを中心に大問題へと発展していくのだが、それは本筋には関係ないこと。
原発へとごぢらが近付くことは防いではいるものの、稲穂の攻撃はどれもごぢらを倒すに至るような強力なものではなかった。
全てが有効打にはならなかった。
しかし稲穂としてはそれで十分であった。
ごぢらが上陸することを、原発に近付くことを邪魔することができれば十分。
「そろそろか?」
〈ああ、良い頃合いだな〉
「じゃあ、せっかくテレビ中継しているんだから、いっちょ派手に決めてみせるとしますか」
現在自分たちの行動がテレビ放送されていることを把握していた。
〈だが、生中継ではないぞ〉
「そうなのか?」
〈ああ、キミのお尻がアップで映ったことによってほんの数秒程度だが遅れて放送している〉
「……もしかしたら映っちゃいけないものが映っちゃったか?」
きわどい格好であるから、もしかしたらテレビの地上波はもちろんのこと、年齢規制のあるDVDでもそれをそのままありのままに映すことが禁じられている箇所が映像になって流れてしまったのかとおもい訊く。
〈それについての心配はないぞ。ワタシがガードしているからキミの局部は隠されている。下の毛の一本もテレビには映ってはいないぞ。だから、恥ずかしがることもない〉
「いや、そういうのは別にいいけど……」
大勢の衆目の目に晒されてしまうのは少しは恥ずかしいかもしれないが、元男としてはそこまでの羞恥はない。
「まあいいや、行くぞ」
〈ああ、了解だ〉
モゲタンの返事を聞くと同時に稲穂はごぢらの頭を蹴り宙へと、そして円盤状の盾を幾層にも重ね、それを踏み台にして大きく空へと跳び上がった。
〈スピードの出し過ぎだ。カメラがキミの姿を追い切れていないぞ」
「そっか。じゃあ、速度を落としてカメラが追いつくのを待つか?」
〈いや、その必要はないだろう。さっき立案した計画通りに実行すれば自然とカメラに映ることになるだろう〉
「それもそうだな。じゃあ、行くぞ……と、その前にこんなことできるか? できるなら目立ってカメラも追いやすくなるだろ」
〈可能だ〉
「そんじゃエフェクトよろしく」
そう言いながら、稲穂は空中で自らの姿勢を反転させ、跳び上がった時同様に円盤状の盾を足裏に何枚も展開し、今度は一気に下降。
モゲタンのエフェクト効果で稲穂の身体は光っていた。
〈このままの速度でごぢらに衝突すると身体を貫いてしまう可能性がある。速度を落とせ〉
「了解」
モゲタンの指示を聞き、稲穂は姿勢をまた変える。先ほどまでは頭からの落下であったが、今度は右脚を伸ばして、左脚を曲げた状態。
特撮ヒーローやパロディアニメの必殺技のようなポーズを。
そして速度を抑えるために自分とごぢらの間に円盤状の盾を何枚か展開。
その盾を突き破りながら、速度を落としながら稲穂の足はごぢらへと急接近。
「サービス、サービス」
気合の入った声ではなく、軽い口調で。
普段なら絶対にこんなことはしないのだが、せっかくテレビに映っているのだから、なるべく映りやすいようにサービスを。
稲穂のブーツのヒールがごぢらの大きな身体、皮膚に軽く触れた瞬間、空間を転移しこの場から一時離脱。
その後ごぢらの巨体は瓦解を始め、海の藻屑に。
触れる程度の攻撃でごぢらを葬り去ることができたのであれば、こんなに時間をかけずにもっと短時間で倒せたはずではと読者諸兄の方々は皆一様にそんな疑問を持たれると思うのでここでネタバラシを。
最後のド派手なキックでごぢらを倒したわけではない。あれはどんな動きでもよかった、ごぢらの身体の一部に触れて、トリガーを発動させるための動作であった。
原発に近い海域での戦闘。戦いの影響で原発施設に、炉に被害が出てしまうとごぢらという脅威を取り除いたとしても、放射能汚染という被害が出てしまう。この手の施設はミサイル攻撃に耐えることができるほど頑丈な造りになってはいるが、それでもなるべく建築物に被害が出ることは避けたい。そこで稲穂とモゲタンが考えたのは、ごぢらを内部から崩壊させることであった。
そこで用いたのがロケット弾であった。
ロケット弾の中にはモゲタンのコピーを付与したナノマシンを仕込ませてあった。ごぢらの口を通り体内へと侵入したナノマシンはごぢらの中を侵食していき、内側からごぢらの巨体を崩壊させる。毒薬のようなもの。
しかしながら、これは一般的に考える薬よりは即効性はあるものの、即座に効果を発揮するという代物ではなかった。ごぢらが巨体ゆえにナノマシンが身体の隅々にまで行き届き、仕込んでおいたプログラムを発動するまでには多少の時間を有した。
薬が効くまでの間に原発施設を破壊され放射能を吸収されたのでは意味がない。
そのために稲穂は時間稼ぎを行っていた。
積極的の攻撃を行わなかったのは、けん制をするような動きを行っていたのはこのためであった。
ごぢらの全身にナノマシンが行き届いた頃合いに、稲穂は空中に高く跳び上がった。
プログラムを発動させるための最後の一押し。
それが例のキックであったが、実はこれはここまで大業にする必要は皆無だった。稲穂とモゲタンが再度接触した時点、つまりナノマシンに侵されているごぢらの巨体の何処か一部に触れれば起動するように設定されており、あんな派手な動きは全くもって無駄なのだが、せっかくテレビに映っているわけで大サービスを実施。
こうして原発施設を全く傷付けることなく、上陸させることもなく、そして周辺に大きな被害を出すこともなく、ごぢらの巨体を破壊することに稲穂は成功。
後は、データを回収するだけであった。
崩壊するごぢらの肉片に巻き込まれないように一時空間を転移して離脱。
再び海上へと姿を。
「これで終わりだな」
〈ああ〉
「またこういうのが出てくると思うか?」
〈それについての判断は現段階ではできない。まだ回収していないデータはおそらくあるだろうが、それが今回のように暴れ出すかどうかはワタシには分からない〉
「……まあ、とりあえず終了ということで」
ごぢらの肉片の中からデータを稲穂は取り出し、回収、自分の中へと取り込む。
その瞬間モゲタンが稲穂の脳内で、
〈やられた。罠にかけたつもりが、反対に罠にかけられた〉
「……罠?」
〈それは後で説明する。とにかくすぐにここから離脱するぞ。予定外だがRと合流するぞ〉
「……ああ」
稲穂はモゲタンに促され、訳が分からないままに使用済みのライフルと、使い捨てにせず砲身を人目につかない場所に隠していたロケットランチャーを回収しているRと合流した。
稲穂がごぢらを倒した同時刻。
北極海で第二のごぢらが誕生した。




