稲穂対ごぢら 2
いつものようにガバガバ知識です。
「やっぱり、あのゴジラは名前の通りに偽物ね」
「そやな麻実さん、マグロを食うやつにはゴジラの名前はふさわしくないわ」
とある日曜日の昼下がり、成瀬家に遊びに来た女子高生組を相手に麻実は歓談を。話題は最近巷を騒がせている未確認生物ごぢらについて。
目撃された後で日本政府に命名された後でしばしその巨体を太平洋上に潜めていたのだが、ここ数日で二度ほど焼津港所属のマグロ遠洋漁業の船を襲うという事件が。
幸いにして船体と冷凍したマグロに被害が出たものの、船員は全員無事。
深刻な事態にならなかったからこそ麻実と知恵は軽口を。
「どういうことなの?」
二人の会話の意味が解らずに文が訊く。
「ハリウッド版よ」
文の言葉が終わるか終わらないうちに麻実が。
「えっと……多分ですけどゴジラ映画のことですよね?」
今度は靖子が質問を。
「うん、そうや」
今回は知恵が。
「ゴジラって日本の映画じゃないの?」
「ああ、それはね。昔、アメリカでも作ったのよ」
「麻実さん、昔だけちゃうで。最近も作ったやんか」
「あっちは良い出来だったわね。渡辺謙も謎博士で出ていたし」
「謎博士?」
靖子が訊く。
「対怪獣用の超兵器を発明したり、一目見ただけでどんな生き物なのか即座に同定できる優秀なというか便利な博士よ」
「ちょ……麻実さん、童貞っていきなり」
「そやでビックリするわ」
経験のない女子高生二人が突如現れた単語に驚き。そしてもう一人の女子高生靖子は、彼女もそんな経験を行っていないが、さほど驚いた様子も見せず、
「同定というのはさっき麻実さんが言ったようにどんな種類かを見極めることなのよ。二人が想像したようなこととは……」
最後のほうは想像を、妄想をしてしまい声が小さくなっていく。
「一枚の写真でそれが何であるかを特定なんてできないから。色んなデータを集めてそれでようやく特定するのが科学の世界だから」
と、稲穂が補足を。
「なるほどな、そういうことか」
「ビックリしたもんね、いきなりそっち方面に話が飛んだかと思って」
「それでハリウッド版のゴジラの話は」
「ああ、説明がまだやったな。まあ、簡単に説明するとやな。こないだ公開したのよりも前に作ったエメリッヒ監督のハリウッド版のゴジラというのがあってやな、それがまあそれなりにヒットはしたんやが、世界中のゴジラファンからものすごい不評でな。そんでその理由はマグロを食っているからなんや」
と、知恵が説明をするがそれでも文と靖子二人ともに分かったような分からないような感じに。
二人と読者諸兄にもう少し詳しく補足しておくと、1998年に公開されたエメリッヒ監督のゴジラは、日本の着ぐるみとは異なりCGを用いており、ゴジラのシルエットも逆三角形の直立というフォルムではなく現在の爬虫類をモチーフにしており巨大なトカゲといったようなものであった。姿形が異なるという不満の声が公開前から世界中で噴出しており、そして公開後着ぐるみでは不可能な、CGならではの素早い動きに、ゴジラっぽくない、只の巨大なトカゲという不満が続出。それ故に、このゴジラは「マグロを食っている奴は駄目」という悪口が生まれることに。
「でも、生物なんだからマグロを食べていても別におかしくないのでは」
「まあ、そやけど」
「でもさ、やっぱりゴジラには放射性物質を食べるというか、エネルギー源にしてほしいのよね」
「だから、名前をごぢらにしたんでしょ」
同じリビングにいながら、会話にこれまで参加していなかった桂が声を。
ちなみにこの空間にはあと実里もいる。
大人三人組は仕事の簡単な打ち合わせをしていた。
「けどまあ、靖子の言うようにマグロを食っててもおかしくないらしいからな」
「何、どういうこと?」
「これはオトンから教えてもらったんやけど、ゴジラ、もといごぢらの歯は魚食性の生き物の歯らしい」
何度かの目撃情報の中で映像に撮られていた。
「知恵ちゃんのお父さんってエンジニアだったんじゃ」
「そやで。そやけど稲穂さんよう覚えてるな」
「うん……まあ……」
稲穂になってからは数回しか会っていないが、それ以前、美月時代にはそれこそ何度も会話をしたことがあった。だが、これは秘密。
「ねえ実里、歯で食べているものが分かるの?」
「生物は専門じゃないが、それくらいならば知識はあるぞ。といよりも桂も中学生の時習わなかったか」
「えっと……」
理科は得意ではなかったことに加えて、もう十年以上も前のことなのでその時学習したことは記憶の彼方へと。
「私も化学以外のことなのでうる覚えだが、肉食動物のは肉をかみ切るための鋭く、草食動物は植物をすり潰してたべるから臼みたいな形状になっている」
最初うろ覚えを、うる覚えと言ったことに対して元国語教師として訂正をしておこうかとも考えたが、発言を遮ってしまうと話が進まないような気がして、桂は実里の説明を黙って聞いていた。
「ああ、たしかビオゴジもそうだよね」
麻実が。
ビオゴジとは、平成最初のゴジラ映画『ゴジvsビオランテ』。この時のゴジラは特撮監督の川北氏の発案により肉食の鮫のように二重に歯が並んでいた。
「ビオゴジは知らないが、歯で食べているものが大体予想できる」
「ふーん。でさ、稲穂さんの質問に戻るけど知恵のお父さんって転職したの?」
「してへん。例によってオタク知識や」
「オタク知識?」
「ああ。麻実さんなら知っとると思うけど岡崎二郎さんの漫画から得た知識らしいわ」
「ゴメン、知恵。聞いたことあるような気もするけど分かんない」
「作品なら分かるかな。オリジナルで連載しとったアフター0の作者」
オリジナルというのはビッグコミックオリジナルのこと。有名な作品としては水島新司の『あぶさん』。ジョージ秋山の『浮浪雲』。西岸良平の『三丁目の夕日』など他沢山。
「ああ、その漫画なら読んだことある」
これに反応したのは意外にも稲穂一人であった。いつもならば麻実が呼応するようにし、そこから二人での濃いトークが開始されるのが常であったのだが、一般的におじさん向けの雑誌として刊行されている漫画誌にまで麻実の興味は伸びておらず分からなかったというもあるのだが、それ以前にオリジナルという単語だけではそれがビッグコミックオリジナルであると理解できなかったからであった。
しかしながら何故稲穂は反応できたのか? それは子供の時分時折父が買って持ち帰っていたのを読んでいたからというのもあるが、高校時代に姉妹紙のビッグコミックスピリッツを教室内で回し読みしており、その流れで下の名称で呼ぶのが定番になっていたからであった。
「それにしても意外やな。麻実さんが知らんと稲穂さんが知っとるとは。……あれ、前になんかこれに近いようなことを経験したような気が……」
「それでその岡崎二郎さんの漫画にどんなことが描いてあったの?」
昔の記憶を何とか思い出そうとしている知恵に桂は説明を求める。
「あっ、えっとですね、その岡崎さんの漫画に『国立博物館物語』というのがあって、そん中の一つに凶暴な顔で針みたいな歯を持ってる恐竜が出てきて、出まわっとるごぢらの写真のようなもんで、それが草食恐竜の子供を食べるんやなくて魚を食べる、それを見て主人公がさっき実里さんが言ったようなことに気が付く、と。それを見せてくれながらオトンが説明してくれたんです」
「でもさ、それだけじゃまだマグロを食べているという証拠にならなんじゃないの。その可能性があるってだけで」
「そうよ、放射線物質がエネルギー源ということもあるかも」
「あ、それがね、さっき稲穂さんに教えてもらいながら一次ソース、内閣官房のホームページを見てみたんだけど、歯の形状からマグロというか魚類を主食にしている可能性が高いって発表が公示されていた」
専門家の意見を聞きながら内閣府が発表したもの。
これよりも遅れてマスコミで流されるニュースとして多くの国民の目や耳に届くのだが、それよりも先に記者会見とホームページ事情で公示されていた。
以前から時折、敬愛し、尊敬している稲穂から教えを乞うていた靖子は、情報はなるだけ一次ソースに近いものをあたれという指導を実践。
「ほな、やっぱマグロが主食か」
「ああでもさ、それじゃ夢というかロマンがないよね。ゴジラの名前に類似しているんだから放射性物質をエネルギー源にしていてほしかったな」
「まあ、でもそれでいいのよ。只でさえ船舶に被害が出ているんだから、そのうえ厄介なもので動くとなったら対処に困ってしまうでしょ」
「まあ、それはそうかも……」
「しかしな、麻実」
「何?」
「ロマンも大事だが、ごぢらは今のところ未知の生き物として認識されている。私の専門外だから中学レベルの生物の知識で話すのもなんだが、生物が放射線物質で生きていくというのはかなり無理があるぞ。もし仮にそれが可能だったとしても自然界にある放射性物質だけであの巨体を維持し、行動するのは難しい。何よりもクジラよりも大きいあの巨体だ。微々たるものをエネルギーにするよりも海中に大量にいる魚を主食にしたほうがはるかに効率が良くないか」
「確かにそのほうが理に適っているような気が」
「うん」
と、高校生二人が実里の意見に賛同を。
「まあそう言われるとそうやなとしか言えんな」
「そうね。ロマンしょせんロマンなのか」
嘆息を尽きながら麻実がこぼし、ここでこの話題は終了を迎える。
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