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ハラハラ、二人の関係

 

「そう、残念ね。せっかく友達になれたのに」

 昼間の件、美人みとが転校することを夕食時に美月みつきかつらに話した。

「……うん」

 美月は力なく返事した。美人は成長をしていた。教える側としては、それは喜ばしいことだった。このまま指導をして彼女の夢を叶える手助けをしたい。それが潰えた。その原因の一部に自分に責任がある。防げなかった忸怩たる、情けない気持ちが胸に広がる。

「そう気を落とさないでね。引っ越すのは名古屋でしょ。それだったら私の実家に近いから夏休みになったら遊びに行けばいいのよ」

 桂の実家は名古屋市のある愛知県から川を越えてすぐの市にあった。名古屋のどこに転居するのかは分からないが、電車で三十分ほどの距離。わりかし近かった。

「あっ、そうだ。桂さんにお願いしたいことがあるんだ」

 美月は話題を代えるように言った。

「なに?」

「あの、髪を切りたいんだけど」

 長い髪を鬱陶しそうに指でいじりながら言う。

「ええー、駄目よ」

 桂の返答は美月が予想していたものだった。この黒く長い髪を桂はことのほか愛している。自分ではできない髪型を美月に施して楽しんでいた。

「でも暑いし」

 長い髪になって初めての夏。こんなにも首筋が熱がこもって暑くなるなんて思わなかった。

「そうね。たしかに首筋に熱がこもってしまうもんね。でも、それなら括れば大丈夫じゃないかな。こうすれば、ほら、暑くないし」

 美月の背後に周り髪を一本に束ねて持ち上げて桂が言う。これならば首元は多少は涼やかになる。

「うん。でも、それでも切りたいんだ」

 桂の説得には流されずに美月は再び自分の思いを告げた。

 髪を切るのには暑い以外の理由があった。一つは反省の意味をこめてだった。判断の遅さが多くの人の迷惑になった。それを忘れない戒めとして。もう一つは、モゲタンのサポートが切れた今この髪を維持するのが難しいと考えたからであった。これまでは大した手入れをしなくてもきれいに保てていた。それがこれからは不可能になる。

「うーん、そんだけ言うのなら。……それでどれくらいカットするつもりなの。まさか、前みたいに短くなんて言うんじゃ」

 春に散髪を希望した時の美月の言葉を思い出して桂は止めた。切るのはかまわないが、ショートカットは絶対に駄目。それが桂の条件だった。

「大丈夫だから。こないだみたいなことは言わないから」

「それじゃ、明日行こうか。それで月曜日には新しい美月ちゃんで久しぶりの学校に登校」

 

 土曜日の午後に美容院の予約が取れた。桂と二人で出かける。

「あれ、いつもの時計は?」

 美月の左手にいつも着けている大きなクロノグラフ。入院していた時も、真っ先に行方を気にしていた大事な時計が無いことに桂が気がついた。

「……電池が切れたから。今、交換してもらってる」

 嘘の理由を咄嗟にでっち上げる。本当の理由は周りに迷惑をかけないため。あの少年に発見されないためだった。

「そうなんだ。早く返ってくるといいね。大事な宝物なんでしょ」

 事情を知らない笑いながら桂が言う。美月の大切な物だと思い込んでいた。

「……うん」

 力なく返事をした。本当はもう二度と身につけない、左手には巻かないと決めたのに。

 桂に噓をついた。


「それで、今日はどんなふうにする?」

 春以降担当してくれた美容師が美月に聞く。

 反省の意をこめるのだから丸坊主でもよかった。けれど、それだと桂との約束を守ることにはならない。

「……桂さんと同じくらいの長さで」

 桂の髪は肩までの長さだった。自分がしたい髪型があるわけではない。どれが良くて、どれが悪いのか判別できない。だから、身近な存在を参考にした。

「本当に仲が良いね。君達従姉妹は」

 美容師は美月の言葉を、憧れのお姉さんに近付くためととった。それは桂もそうだった。後ろの席で一人照れている。

 鏡越しに切られて落ちていく髪が見えた。重たく感じていた肩と頭が軽くなっていく。

 普通の少女ならば、この状況で一喜一憂するのだろう。けれど美月にはそんな感情は無かった。何の感想も無かった。ただ短くなったという事実を受け入れただけだった。 

 髪を切って軽くなったはずなのに、心はちっとも軽くはならなかった。

「ロングも可愛かったけど。こっちも良く似合ってるわよ」

 鏡に映る美月の顔がどことなく沈んでいるように感じ、桂が言う。

「……うん。……ありがとう」

 

「美月ちゃん。その髪どうしたの?」

 月曜日の朝、登校してきた靖子が教室で美月を見て驚きの声を上げた。

 可愛い顔に良く似合っていた長い髪がバッサリと切り落とされている。驚かずにはいられなかった。思わず大声で叫んでしまう。登校してきている生徒が一斉に振り向いた。

「……切った」

 美月の応えは素っ気のないものだった。靖子はますます理由が気になった。

「どうして? いえ、いいです。言いたくないのでしたら」

 美月のいつもとは違う雰囲気を感じ取り、靖子は質問を撤回した。

「なんや一体? 廊下にまで声が聞こえたで」

 遅れて登校してきた知恵が教室に入るなり言う。その後ろにはあや美人みともいた。

「どうしたの? その髪?」

 美月の変化に三人の中で一番に気付いたのは文だった。

「ほんまや。どうしたんえらい切ったな?」

 それぞれ自分の席に鞄を置き、それから美月の机の周りに集まる。日常の光景だった。

「久しぶりに登校してきた思ったら、えらいイメチェンやな」

「うん、暑かったから」

 いくつかある理由の中で一番当たり障りのない答えを言う。他のは語らない。

「そやな、今年も異常気象やし。長いと鬱陶しいもんな」

 暗くなりそうな場を察して知恵がわざとらしいぐらいに明るく言う。

「……でも、これも似合ってる。可愛いと思う」

 それに美人が同調する。

「うん。長いの良かったけど、これも良いよね」

「ああ。前の長いのは正統派美少女という感じやったけど、今回のは爽やかな夏の少女って感じやな。よう似合っとるで」

「そうですわ、新しい魅力を出していますわ。これも有りですわね」

 長い髪を気に入っていた靖子も他の意見に同意するように言う。

「……うん、可愛いと思う」

「よし、これで美月ちゃんも無事に復帰したし。短い期間やけど、仲良し四人組の復活や」

 美人は一学期でこの学校を離れる。それまではいつも通りに過ごす。それは知恵の優しさだった。

「ちょっと、私を除け者にしないでよ。私も美月ちゃんと一緒にいるんだから」

 そう言って靖子が美月に抱きつく、これも、いつもの光景。日常だった。

 彼女達と二度目の中学生活を、伊庭美月という仮初(かりそめ)の少女として生きることを改めて心に誓った。


 桂は不安だった。

 春に彼が行方不明になり心身ともに最悪の状況だった。死を望んでいた。そんな時に救いの存在になってくれたのが美月だった。

 幼い従妹との生活は桂に再び生きる力を与えてくれた。

 ありきたりの表現になるが、楽しかった。毎日の生活に張りがあった。

 最愛の彼がいないのは寂しいが、いつか自分の元に笑顔で帰ってくるような気がした。

 そんな希望を抱くようになったのは夢を見たからだった。毎日彼が夢に現れて落ち込みそうな桂を励ましてくれていた。必ず戻ると約束してくれた。

 この夢を見るようになったのも美月と一緒に暮らすようになってから。

 それで元気になれた。

 もちろん、それだけが幸せの源ではない。同居する美月は積極的に家事をしてくれている。これは本当にありがたいことだった。

 仕事も順調だった。家での心配事もあまり無い。少し前まで美月が入院していたが、その心配はもう解消された。

 それなのに言い知れぬ不安が時折桂に襲いかかってくる。

 原因はなんだろう。

 考えた末に出た結論は夢だった。最近彼が夢に出て来てくれない。そんな些細なことなのに不安になってくる。

 もしかしたら彼は二度と帰ってこないのではないかと考えてしまう。現実的な思考をすれば、笑顔を見せて再び目の前に現れる可能性は無いに等しい。それでも、心の奥で、絶対に帰って来てくれると信じていた。そんな淡い希望が常に胸の中にあった。それが急に消えてなくなってしまったかのようだった。不安が桂の中で時折暴れた。

 それを救ってくれるのは、いつも美月だった。泣きそうな顔をすると、いつもすぐに声をかけてくれる。まるで昔の彼のようだ。

 顔はまったく違う。自分の従妹なのに、この少女は彼にそっくりの部分が多々あった。それを一つ一つ上げたらきりがないが、最近感じたのは散髪の件だった。

 暑いから切りたい、希望の理由はそうだったが桂にはもっと別の理由があるように思えた。なにかを決心したような顔に見えた。そう思ったのは彼と同じだったからである。彼もなにかを決めると気合を入れるために髪を短くしていた。美月の行動が重なって見えた。

 自分の従妹のはずなのに、彼の親類のように桂は感じた。



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― 新着の感想 ―
[気になる点] 変身前の姿を見られてるのにモゲタン封印して手放すのは迂闊すぎない? 外道相手なんだし万一見つかったら詰むぞ [一言] >髪を切るのには暑い以外の理由があった。一つは反省の意味をこめてだ…
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